第267話『荒胆』
「ノルンちゃん! ヤベーっす! 来るっすよ!」
ラージ級人工種ドラゴン科レイパーがブレスを吐こうとする動作を見て、伊織は切羽詰まった声を上げた。
人工レイパーの顔は自分達の方へと向いている。このままでは、ブレスの餌食になるのは明白だ。
「イオリさん! 私の後ろに! 何とかします!」
赤い宝石の付いた、節くれだった黒い杖型アーツ『無限の明日』を人工レイパーの方へと向けながら、ノルンは歯を喰いしばる。
雨の中でも伝わる、高温の熱気。それが二人に、命の危機を明確に知らせていた。
ノルンは無限の明日を振り、風を集めて巨大な盾を創ると同時に、二人に向かってブレスが放たれる。
「盾……傾け……て……!」
「ノルンちゃん! 頑張るっす!」
シャロンがやった時のように、ブレスを正面から受け止めるのではなく、受け流すように盾を操るノルン。
だがブレスの勢いが想像以上に激しい。辛うじて、僅かにブレスを後ろに逸らしているが、それでもうまくいかない。盾を壊されないようにするので精一杯だ。
伊織がランチャー型アーツ『バースト・エデン』でミサイルを放ち、ブレスの威力を少しでも殺そうと試みるが、焼け石に水。
「も、もう……駄目……」
「ヤベー……ヤベーっす! もう弾、無くなっちまったっす!」
残り僅かな魔力を振り絞るも、未だブレスは衰えず。
伊織のバースト・エデンによる援護も、二十分は使えない。
もはや万事休す。
せめてノルンへのダメージは最小限に抑えねばと、伊織がノルンを自分の背中へと隠した、その時。
「間に合えーっ!」
「手を伸ばしなさい!」
二人の左側から、背中に翼を生やした、紫色のウェーブがかった髪の娘と、全身銀色のプロテクターを纏った少女が飛んでくる。
ファムと四葉だ。
ファムがノルンの手を、四葉が伊織の手を掴む。
四人がその場を離れるのと、ノルンの盾が崩壊するのは同時。
だが、
「駄目! ブレスが――」
ノルンの盾を突き破ったブレスは、勢いそのままに、街を焼き尽くさんと進む。
ノルンが青褪めるが、
「大丈夫よ!」
四葉がそう叫んだ直後、ブレスの進路の先に炎の壁が出現。
完璧な角度で創り出された炎の壁は、爆音と共にブレスを海の方へと逸らした。
それを成したのは……
「師匠っ?」
「優ちゃんもいるっす!」
離れたところに、ミカエルと優がいるのを見て、二人は歓喜の声を上げる。
ラージ級人工種ドラゴン科レイパーへと向かっていた四人。しかし、ノルンと伊織の方へとブレスが吐かれたのを見て、四葉とファムはミカエルと優を降ろし、二人を助けに向かったという訳だ。
「パトリオーラ! 二人を安全なところに!」
「分かってるって! ノルンも良いよねっ?」
「ぅ……ごめん……!」
魔力はほぼ無い。こんな状態で「まだ戦わせて欲しい」とは言えなかった。
「面目ねーっす……。四葉ちゃんはどうするっすか?」
「決まっているでしょう、葛城を叩きのめす……必ずよ!」
そう叫ぶと、四葉は伊織をファムに渡し、怒りの形相で、人工種ドラゴン科レイパーへと飛んで行った。
***
「ノルン達、逃げられたかしら……?」
「ええ。ファムと四葉が連れて逃げるのが見えました。安心してください」
「……良かった」
ホッと息を吐くと、ミカエルは鋭い視線を、巨大な人工レイパーの方へと向ける。
「私の弟子をよくも……。ユウちゃん、ここから援護を。私はあいつに近づいて、何とかやってみせるわ」
弟子が頑張ったのだから、師匠である自分が根性を出さねばならない。
軽く深呼吸して、ミカエルが走り出そうとした、その時。
目の前の巨大な化け物に集中していた二人は、ふと背後から迫る殺気に気が付き、振り向く。
「何っ?」
「こいつ、さっきののっぺらぼうっ?」
物陰から飛び出してきたのは、のっぺらぼうの人工レイパー。
一度撤退したのは、自分達を油断させるためだったのだと、この瞬間でようやく気が付いた優とミカエル。
狙撃手と魔法使いのでは、接近戦は不利。
接近戦が得意な者は、近くにはいない。
敵の奇襲が、完璧に決まった瞬間だった。
「ユウちゃん! 私の後ろに!」
ミカエルが前に出て、無数の火球を繰り出すが、所詮は苦し紛れの抵抗。
火球の合間を縫って人工レイパーが接近し、ミカエルは炎の壁で防御を試みるが、それを人工レイパーが繰り出した蹴りが破壊する。
「きゃっ!」
「この……っ!」
炎の壁が突き破られた衝撃で吹っ飛ばされる二人。
地面に背中を打ち付け、のたくるように苦しむ優とミカエルに、人工レイパーは止めを刺さんと近づいてきた。
「くっ……」
優が痛みを堪え、上体を起こし、スナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』の引き金を引くも、人工レイパーは全て躱し、なおも迫ってくる。
すると、
「――ッ?」
のっぺらぼうの人工レイパーの膝に、ティースプーン程の長さの、炎の針が突き刺さった。
ミカエルが魔力を集中させ、敵に気が付かれないよう、こっそり放っていたのだ。
痛みに怯んだ直後、優の放ったエネルギー弾が人工レイパーの胸元に直撃し、大きく吹っ飛ばす。
「ユウちゃん! 大丈夫っ?」
「は、はいっ!」
ラージ級の人工レイパーと、目の前にいるのっぺらぼうの人工レイパーを交互に見て、二人のアーツを持つ手に力が入る。
こいつをどうにかしなければ、ラージ級の人工レイパーと戦うどころの話ではない。
ここが踏ん張りどころだ。
***
「あいつ、逃げたんじゃなかったのっ?」
優とミカエルの背後に姿を現した、のっぺらぼうの人工レイパーに、四葉も気が付いて目を見開いた。
だがその刹那、ラージ級の人工レイパーが振り回す鉤爪が迫っていることに気が付き、慌てて急上昇。
「邪魔をするなっ!」
鬼のような形相で、ラージ級の人工レイパーの顔面に衝撃波を放つが、大して効きもしない。
寧ろ、却って怒りを買ってしまったかのように吠える人工レイパー。
ビリビリと空気を震わせるその咆哮に、四葉は悟る。
こいつを倒さねば、のっぺらぼうの方には行けない、と。
「この……!」
奥歯をギリっと鳴らす四葉。
自分の役目は、葛城を捕獲である。
だが、のっぺらぼうを逃がしてしまったことは自分にも原因があり、それにより優とミカエルがピンチだ。二人は炎魔法とエネルギー弾で必死に抵抗しているが、ジリジリと追い込まれており、いずれやられるのは目に見えている。
しかし……立ちはだかるラージ級の人工レイパーをすぐに倒すことは不可能。
(こ、このままじゃ……!)
二人がやられれば、そこから戦線が崩壊し、全滅しかねない。
そうなれば、どうなるか。
四葉の脳裏に、ラティアの顔が浮かぶ。
「葛城……葛、城……葛城ぉぉぉおっ!」
拳を握りしめ、瞳に闘志を燃やし、四葉は巨大な人工レイパーの顔面へと飛んでいった。
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