第265話『撃攘』
「よし、これで……!」
人工種コビトカバ科レイパーを倒した後、地面に転がり落ちた注射器を拾い、収納魔法で異空間にしまうミカエル。
これなら、敵に奪われることは無い。葛城を今以上にパワーアップさせてしまうことも、臭いで他のレイパーを呼び寄せてしまうことも無くなっただろう。
ノルンにも作戦が成功した旨は伝えてある。
「さて、この人、どうしようかしら……?」
後は、人工種コビトカバ科レイパーに変身していた男をどうするかだけだが、ミカエルは辺りを見渡しながら、困った顔になった。
男は気絶しており、しばらく起きる様子は無さそうだ。しかしここに残したままにしておけば、現在進行形で暴れているラージ級人工種ドラゴン科レイパーの攻撃に巻き込まれ、死んでしまうかもしれない。
故にどこかに避難させなければならないのだが、辺り一面は瓦礫だらけ。隠せる場所は無く、運ぶにしてもミカエル一人では大変だ。
(とにかく、ファムちゃんに手伝ってもらうのがベスト……あら?)
そんなことを考えていた、その時。
「っ?」
西の空から何かがこちらへと近づいてくる気配を感じ取り、ミカエルはそちらを向いた。
その瞬間、人型の黒い『何か』がミカエルから少し離れた地面に着地したと思ったら、
「はっ!」
「――ッ!」
直後、その『何か』に向けて、衝撃波が空から襲い掛かる。
だが、それが直撃する直前で、その『何か』はその場を跳び退き、衝撃波を回避してしまった。
「ちっ、外したか!」
苛立たし気な言葉と共に地面に舞い降りたのは、バイザーを装着し、銀色のプロテクターを纏った一人の少女――浅見四葉である。
身に着けた銀色のプロテクターは、装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』だ。
ならば……と、衝撃波を躱した『何か』に目を向ければ、そこにいたのは、全身黒いタイツを着たような、顔の無いのっぺらぼう……人工種のっぺらぼう科レイパーだった。
「ヨツバちゃんっ? どうしてここにっ?」
ミカエル達が人工種ドラゴン科レイパーを止めに行く途中、こののっぺらぼうの人工レイパーが現れたため、四葉はその対処をしていたはずだ。
長らく連絡が無かったが、まさかこんなところにいるとは、ミカエルは夢にも思わなかった。
「アストラム……! 事情を説明している時間は無いわ! 協力しなさい!」
声を掛けられ、そこでミカエルが近くにいることに気が付いた四葉。それだけ、この人工レイパーとの戦いに集中していたということだろう。
四葉はずっと、人工種のっぺらぼう科レイパーと戦っていた。最初は海岸沿いで交戦していたのだが、人工種ドラゴン科レイパーがラージ級へと肥大化したことで、のっぺらぼうの人工レイパーがそちらへと向かい、それを四葉が追いかけ、そのまま移動しながら戦っていたという訳である。
無論、四葉に頼まれるまでもない。ミカエルは既に、杖型アーツ『限界無き夢』を、人工レイパーの方へと向けていた。
睨みあう三者。
膠着が場を支配するが――それはすぐに破られた。
ミカエルが杖を振るのと、のっぺらぼうの人工レイパーの顔に、口を窄め、ほっかむりを被った男のお面――火男のお面が出現するのは同時。
杖から放たれた火球と、火炎放射が、ミカエルと人工レイパーの間で激突する。
しかし、それも一瞬。
火炎放射はあっという間に火球を飲み込み、地面の雨水を焼き尽くしながら、ミカエルへと襲い掛かった。
まさかこんなにあっさり撃ち負けると思っていなかったミカエルは、目を見開き、体を硬直させる。
だが火炎放射は止まらない。
思考が一瞬、真っ白に染まるミカエル。
その時、
「アストラムっ!」
四葉が、驚愕するミカエルを横から抱え、火炎放射が当たる寸前でその場を跳び退く。
今までミカエルがいた場所を火炎放射が通過し、二人は顔を青くさせた。
「う、嘘でしょ……?」
同じ雨の中だというのに、ここまで炎技の威力に差があるのかと、戦慄の表情を浮かべるミカエル。
それでも彼女は諦めない。自身のスキル『マナ・イマージェンス』を使って自身の魔力を増やし、杖を振って数多の火球を敵へと放つ。
しかし……人工レイパーは、火球の合間をスルスルと抜けるように移動しながら、素早くミカエルへと近づいてきてしまう。
「くっ……!」
最早火球では止めきれない。
そう思ったミカエルは、自分の目の前に、炎の壁を創り出す。
だが、
「っ?」
人工レイパーは既に、ミカエルの背後へと回り込んでしまっていた。
がら空きのミカエルの背中へと、掌底を叩きこもうとした刹那――四葉がミカエルと人工レイパーの合間に体を割り込ませ、腕で敵の攻撃を弾く。
そして間髪入れずに、人工レイパーの腹部に拳を叩き込んで怯ませると、足払いで相手の体勢を崩し、さかさず前蹴りを放ち、敵を空中に吹っ飛ばした。
この瞬間を、ミカエルは逃さない。
魔力を集中させ、炎の針を創り出すと、それを宙に浮いた敵へと勢いよく放つ。
が、しかし――ミカエルの魔法を、人工レイパーは手の甲で受け、弾き飛ばしてしまった。
雨で弱っているとは言え、貫通力に優れた攻撃だ。それをいとも簡単に弾き飛ばしてしまえるということは、人工種のっぺらぼう科レイパーの体は、見た目以上に頑丈だということである。
だがミカエルの顔に、先程のような驚きの色は無い。元より、今の攻撃で、敵にダメージを与えるつもりは無かった。
本当の目的は――四葉が攻撃を当てる隙を作ること。
人工レイパーの体が陰り、敵が咄嗟に上を見上げれば……そこにいたのは四葉。
今の魔法を受けている合間に、四葉は敵の頭上へと飛び上がっていたのだ。
人工レイパーが何をするより早く、四葉は頭の上で手を組むと、それをそのまま敵の頭部へと振り下ろし、地面に叩き落す。
水を含んだ重い石を巻き上げて出来上がったクレーター。その中心で倒れる人工レイパーだが、すぐに体を起こした。
その直後、空から落ちてきた四葉の踵落としが、自分に迫っていることを知る。
慌ててその場を跳び退き、辛うじて四葉の攻撃は躱したが……直後、雨を突き破り、灼熱と共に、ミカエルの放った極太レーザーが襲い掛かった。
咄嗟に火炎放射で迎え撃ち、それを相殺するのっぺらぼう。
雨が蒸発し、爆煙が巻き起こったことで、辺りが白く染まる。
その刹那。
「ッ?」
鋭い痛みと共に、白いエネルギー弾が、人工種のっぺらぼう科レイパーの肩に命中した。
のっぺらぼうの人工レイパーは知らなかったのだ。遠く離れたところにいる優が、ずっと自分を狙撃する機会を伺っていたことに。
敵の視界が塞がれた今が、攻撃を当てる最大のチャンスだと思い、スナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』の引き金を引いたという訳である。
さらに四葉が放った、煙を吹き飛ばす勢いの衝撃波を受け、軽く吹っ飛ばされてしまうも、上手く受け身を取り、すぐさま立ち上がった。
そして一歩、二歩と後ずさり、ミカエルと四葉の方と、優達がいる方とを交互に見る人工種のっぺらぼう科レイパー。
すると、
「何っ?」
人工種レイパーが突如、二人に背を向けたことで、四葉の口から驚愕の声が漏れる。
三対一は、流石に不利だと判断したのだろう。
人工レイパーは、そのまま走り去ってしまった。
一瞬、追いかけようと動いた四葉だが、すぐに思い留まり、遠くにいるラージ級人工種ドラゴン科レイパーの方を見る。
逃げた人工種のっぺらぼう科レイパーを無視する訳では無い。やはり四葉は、何故だか、どうしにも放っておけない気がしていた。だが向こうが撤退した以上、遠くで暴れている巨大な怪物を放置する訳にはいかない。
四葉は奥歯を噛み締めてから、小さく舌打ちをして、口を開く。
「……アストラム! ぐずぐずしないで! 早く葛城の元に行くわよ!」
「ぐ、ぐずぐずって……あなたねぇ! いや、クズシロもそうだけど、あの人もどうするのっ?」
文句を言いかけたミカエルだが、すぐに、人工種コビトカバ科レイパーに変身していた男のことを思い出し、指を差す。
今の戦闘中、奇跡的に無事だったのだ。
「……あぁ、もう! 仕方ないわね!」
男のことなんて、いっそここに放っておきたいのは山々だが、そういう訳にもいかないというのは分かる四葉。
物陰のところまで男を運んで隠してから、ミカエルを抱え、ラージ級の人工レイパーの方へと飛んで向かうのだった。
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