第28話『直感』
雅とミカエルが逃げ込んだ先は、迷路のようにあちこちに通路が続いていた。
どこの通路がどこに続いているのかなんて勿論分からない二人は、直感で道を選び、進んでいる。途中で少し広い部屋に出たが、それ以外はずっと通路が続いていた。相変わらず、床も壁も天井もレンガで囲まれており、窓一つ無い。等間隔で置かれている灯りが周囲を照らしているが、その光は少し頼りない。
ファムが囮になっていると分かってはいるが、それでも不安で何度も後ろを振り返りながら、今この場所まで進んでいた。
最初こそ魔王種レイパーから逃げるのに必死な顔で道を選び、走っていた二人だが、逃げ始めてから十分も経てば、少しずつ落ち着きを取り戻すというもの。
後方確認の頻度も徐々に減り、流石に体の悲鳴の声が不安を上回り、雅とミカエルは壁に寄りかかって大きく息を吐いた。
「……ファムちゃん、大丈夫かしら?」
「……信じましょう。生きているって」
肩を大きく上下させて、二人はそう言葉を交わす。
すると、ミカエルは壁に背中を預けたまま、ずるずると地面にへたり込んでしまった。
「ごめんなさい。私がガルティカ遺跡に来よう、なんて言ったせいで、こんな事に巻き込んでしまって……」
そう謝罪するミカエルに、雅は黙って首を横に振る。このような事態、誰にも予想なんて出来なかったはずだ。決してミカエルのせいでは無いと、雅はそう思っていた。
「……でも、なんで私達、こんなところに転移させられたんでしょう? こんな現象、今まで無かったんですよね?」
「ええ。……アーツが何か関係があるのかもしれないわ。ミヤビさんもファムちゃんも私も、皆のアーツがおかしな挙動をしていたから。どういう理屈かは分からないけど、あの場所に複数のアーツが集まると、ここに転移させるような魔法が掛けられているのかもしれないわね。もしかすると、スキルを与えられていることも条件の一つなのかも。あのレイパーが掛けた魔法なのかしら?」
「あー……それなら、今までこんな現象が見られなかったのも納得ですね。……あれ? そう言えばファムちゃんって、スキルを与えられているんですか?」
雅の知る限り、ファムがスキルを使用している場面は見た事が無い。
だがミカエルは首を縦に振ったのを見て、雅は少し驚いた。
「私も使っているのを直接見たわけじゃないけど、本人が教えてくれたの。どうやら、自分を縛る拘束を解くスキルらしいわ」
「へぇ。じゃあ、もしかすると私の『共感』のスキルで使えるかも。あれ? でもあの時、ファムちゃんはスキルを使わなかったんですかね?」
階段ピラミッドの頂上で転移させられる直前、雅は自分の体が動かなくなったことを思い出しながら呟く。ファムのスキルが拘束を解くという効果を持っているなら、あの時使えば少なくともファムだけはここに飛ばされずに済んだはずだと思ったのだ。
「ファムちゃん曰く、使おうと思ったけど、発動しなかったらしいわ」
実は雅の目が覚める前に、二人はそんな話をしていた。ファムがスキルを与えられていることも、そこで知ったのだ。
ミカエルはそこで、元来た道に目を向ける。
「囮なんて危険な役目、ファムちゃんにはやらせたくなかった。本当は私がしなければならなかったのに……私が最年長なのだから、ファムちゃんもミヤビさんも、私が守らなきゃならないのに……駄目ね、私って」
そう言うと、ミカエルは大きく溜息を吐いた。
「……気持ちは、分かります。私だって、年下の子に危険な役割を押し付けちゃったから。駄目なのは私も同じです」
こんな事を言ったところで、何の慰めにもならない。それを分かっていても、雅は言わずにはいられなかった。
何も言わなければミカエルは罪悪感で押しつぶされてしまう、そんな気がしたから。
「今は信じましょう。ファムちゃんはきっと生きているって。どこかで合流できたら、その時は二人で一緒に彼女に謝りましょう? ね?」
そう言って、雅はへたりこんだミカエルに向かって、手を差し出す。
その手を、ミカエルはジッと見つめていた。
「……ミヤビさん、強いわね」
「ミカエルさんが側にいるからですよ。私一人じゃ、ここから脱出出来ません。知識が豊富で勤勉なミカエルさんのこと、凄く頼りにしています」
「……そんな事言われたら、こんなところで座っているわけにはいかないわね」
ミカエルは僅かに微笑むと、差し出された手を掴み、立ち上がる。エナン帽を被り直すと、大きく深呼吸をする。
そして二人は互いに頷くと、歩き出した。
***
「……あのレイパーですけど」
歩き出してからしばらくもしない内に、雅はミカエルに話かける。
「上手く言えないんですけど、何だか今まで戦ってきたレイパーとは、ちょっと違う感じがしました。ミカエルさんはどう思いました?」
聞かれ、ミカエルは考え込む。
同じ事は、ミカエルも思っていた。
しかしレイパーの行動を思い返してみても、特別変なところは無い。戦闘中に高笑いするレイパーは他にもいるし、女性に抵抗してほしくてわざと手加減をするレイパーだって存在する。
強いて言うなら、こんなところにいる事と、異常に強かった事くらいだが、それも根拠としては弱い。レイパー研究者として、それだけの理由で「あのレイパーは他のレイパーとは違う」と結論付けるわけにはいかなかった。
だが直感というのは馬鹿にはならない。「何か違う気がする」と思って詳しく調べてみたことが、意外な発見に繋がることもままある。
「気味の悪いレイパーだとは思ったわ。生理的に受け付けないというか……。でも他と違うか、と聞かれれば、分からないとしか言えないわね」
結局、ミカエルは素直に感じたままを答えた。
「もっと戦ってみれば、何か分かるかもしれないけど……出来ればもう二度と会いたくないわ」
「同感です。こんなところにずっと閉じ込められているなら、このまま放置したいんですけど……そういうわけにもいかないですよねぇ……」
「……ええ。放っておくわけにはいかないわ。――って、あら?」
そんな話をしていると、再び分かれ道に差しかかる。十字路になっており、どこがどこへと繋がっているかは当然分からない。
「…………」
「……また分かれ道ね。レイパーを撒くには丁度良いけど、こうもたくさんあると困るわね。ただでさえもうどこにいるかも分からないのに……」
選択肢は三つ。ミカエルがどの道に進もうか悩んでいた、その時だ。
雅の足が、フラーっと動き出す。
向かう先は、右の通路だ。
「ミヤビさん?」
「…………」
返事が無い。
何かがおかしい。ミカエルはそう悟った。
「ミヤビさんっ?」
「……はっ!」
後ろから肩を掴み、激しく揺すって大きな声で呼びかけて、雅はようやく立ち止まる。
「ご、ごめんなさい! 私……!」
自分が何だかおかしかったことは雅も気が付いたらしく、振り向いてそう謝る。
だがすぐに、たった今自分が向かっていた先に目を向け、口を開く。
「……こっちに何かあるような気がして……第六感っていうんですかね?」
雅がこの世界に来る前、倒れた人型種蜘蛛科レイパーに突き刺さったアーツを回収しようと近づいた時に感じた、あれと同じような感覚が今も雅の中で騒ぎ立てるのだ。「こっちに行け」と。
前の時は無視した結果、今現在こんな状況に置かれることになった。故に今はその第六感に従おうとしたのだが、その感覚に耳を傾けることに集中し過ぎた結果がこれだ。
何をやっているのだろうと、雅は溜息を吐く。
そんな雅を、ミカエルは心配そうな顔で見た。
「あの……ミヤビさん。今日は何だか一日中、様子がちょっと変よ。気のせいなら良いけど……何かあった?」
その質問に、雅は言葉を詰まらせる。
それが、ミカエルの質問の答えを何よりも雄弁に語っていた。
「怒っているわけじゃないの。ただ何となくそう感じたから……良かったら話してくれないかしら? 何か力になれるかもしれないし……」
楽しそうにしていたのに、急に一瞬だけ真顔になる時があったり、ずっとライナに引っ付いていたり……他にも挙げれば、小さな違和感はいくつもあった。
そこにきて、この行動。
ミカエルが気にかけるのも無理は無い。雅がおかしくなる理由にも、心当たりがあった。
「本当に元の世界に戻れるか不安になった? それとも、先日戦った黒いフードの『何か』が心配?」
多少強引かとも思ったが、ミカエルは覚悟を決め、少し踏み込んで聞いてみる。
これはミカエルの第六感だ。雅は何か隠している、そんな気がした。
そしてその『隠し事』を、雅は誰かに話してしまいたいのではないかと、そう感じたのだ。
しかし――ミカエルは少し突っ込み過ぎた。雅はバツの悪そうな顔をしていたのだ。
それを見て、ミカエルの顔色が変わる。
「あ……ごめんなさい! 無理に聞き出すようなことしてしまって……」
「いえ……私こそごめんなさい。心配させてしまって……平気ですから、大丈夫ですよ」
雅は謝ってから、にっこりとミカエルに笑いかける。
だが、やはり不安だったのだろう。
「……不安、というか、心配、というか……そういうのじゃないんです。自分の中の確信に近い疑問を、ただ全力で否定したい。今日一日、そればかり考えてしまっていたんです。それだけですから」
そう言った。
その言葉の意味はミカエルには分からない。
しかしそれ以上は突っ込まなかった。
雅から、今日ずっとあった違和感が、少しだけ薄れた気がしたから。
今はそれで充分だと、そう思った。
「……そう。でも、どうしても辛かったら、いつでも話してくれていいから、ね?」
老婆心で、ついついそんな一言が出てしまうが、雅は特に気を悪くした様子は無い。
ミカエルも頭を切り替える。
ここからどうやって脱出するか、そちらに集中しなければならない。
「道だけど、今はミヤビさんの第六感を信じるわ。どうせアテも無いし」
「ミカエルさん……ありがとうございます。こっちです」
そして歩き出すこと三分後。
通路の最奥にて。
二人の目の前に、煌びやかな装飾が施された扉が現れた。
今までの風景とは異なるその扉に、雅は自分の第六感が正しかったと、根拠はなくともそう確信したのだった。
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