第264話『狙撃』
「やっ!」
掛け声と共に、白衣のようなローブを身に付けた金髪ロングの女性……ミカエルが杖型アーツ『限界無き夢』を振るって火球を飛ばす。
その先にいるのは、頭部が歪な人型の化け物。カバのようにずんぐりとした頭をして、額に三十センチ程の大きさの三日月型の黒い角を生やしたそいつは……人工種コビトカバ科レイパーである。
人工レイパーの行き先には、全長十メートルを超える巨大な化け物、ラージ級人工種ドラゴン科レイパーがいた。人工種コビトカバ科レイパーの手には、注射器が握られている。
その中身は、ラージ級の人工レイパーをさらにパワーアップさせる薬だ。人工種コビトカバ科レイパーは、それを奴に打ち込むために動いており、ミカエルがそれを防ごうとしているという状況だ。
ミカエルが放った火球は、人工レイパーの足元へと向かっていく。それに気が付いた人工レイパーが跳び退くのと、火球が着弾して地面が爆ぜるのは同時。
「…………」
ミカエルの存在には気が付いていなかったのだろう。人工レイパーは攻撃が飛んできた方向へと振り向くと、数歩後退り、持っていた注射器をしまった。
ラージ級の人工レイパーに薬を注入するためには、ミカエルを殺さねばならないと判断したのだろう。
ミカエルは緊張した面持ちで、杖を構えた。
人工種コビトカバ科レイパーの顎の力が強い、という話は、ノルンから聞いている。少し前に『命の護り手』を使ってしまった以上、あの顎の一撃を受ければ、あっという間に噛み砕かれてしまうのは想像に難くない。
一方、人工種コビトカバ科レイパーも、慎重に腰を落とす。レーゼや希羅々のように近接戦闘が主な相手なら然程怖くは無いが、ミカエルのように魔法を使って攻撃するような相手と戦う機会は、これまで無かったのだ。どう攻めれば良いか分からぬのも、無理からぬことである。
杖の先を向けるミカエルに、今にも飛び掛かろうという体勢の人工レイパー。
互いに頭の中で、自分と相手の動きを計算し、どう動こうかと思考を巡らせる。
(とにかく、敵の接近だけは何とかしなきゃ……。まずは足場を……いえ、それは駄目ね)
降る雨を見て、ミカエルは難しい顔になる。
空中に足場用の赤い板を創り出したいが、これではすぐに蒸発してしまう。安全圏から攻撃することは不可能だ。
敵の攻撃が届かないよう、一定の距離を保つのがベストだ。
それに加えて、本当の狙い――優による狙撃で倒すこと――を悟られないことも重要だろう。
防御に専念し過ぎるのもマズい。
かと言って、この雨の中、魔法で人工レイパーを倒すのも難しい。
ならば、だ。
(適度に攻撃しつつ、上手く均衡を保つ!)
それを踏まえて、ラージ級の人工レイパーの動きにも注意しつつ、頭の中で攻撃パターンを組み立てる。
睨みあう両者。
膠着したこの空気を先に破ったのは……人工レイパーだ。
地面を蹴って、一気にミカエルへと接近する。
「……っ!」
ミカエルは杖をから、炎で出来た針を飛ばす。
最初の数発を躱しつつ、人工レイパーは接近。それでもミカエルはさらに針を創り出し、放った……のだが、雨で威力が弱まったそれを、人工レイパーは角で弾き飛ばし、勢いを弱めずにミカエルへと近づいていく。
そうはさせまいと、続けざまに、自分の体程のサイズの火球を放つミカエル。
だが、
「ッ!」
「えぇっ?」
すぐに響いたのは、ミカエルの声。
敵は大きな口を開けて火球を受け、そのまま噛み砕いてしまったのだ。
そのままミカエルにも噛み付かんと、再び大きく口を開く人工レイパー。
しかし、その瞬間――ミカエルは苦悶の表情を浮かべながらも、限界無き夢の先端の宝石を地面へと向ける。
そして敵が攻撃してくるタイミングで、地面に向かって火球を放った。
「ッ?」
「きゃっ!」
爆ぜる地面に、吹っ飛ばされるミカエルと人工レイパー。
地面に強く背中を打ち付けるミカエルだが、噛み砕かれるよりはマシだ。
「ぅ……!」
痛みに呻くミカエルだが、休んでいる暇は無い。必死で魔力を集中させ――ミカエルへと接近していた人工レイパーへと、上空から極太のレーザーを放った。
炎の針を飛ばし始めた時から、こっそりと空に魔力を集めていたのだ。
気が付かれないよう、他の攻撃で気を逸らしつつ、それを放つチャンスを、ミカエルはずっと伺っていた。
しかし――それが直撃する直前で、人工レイパーは大きくその場を跳び退いてしまう。
ミカエルの攻撃は、敵に命中させるには、僅かに放つタイミングが早かった。故に回避が間に合ったのだ。
攻撃を回避されてしまったミカエルは、すぐさま空中に無数の火球を創り出し、次々に人工レイパーへと放つ。
だがその火球は、人工レイパーには当たらない。殆どは地面に命中し、辛うじて当たりそうなものも、人工レイパーは角で弾き飛ばしてしまう。
奇襲作戦が失敗したことで、我武者羅になっているのだろうと、人工レイパーは、こっそりと嗤う。
この調子なら、すぐに息切れするはず。そうなれば殺すのは容易いと、勝利を確信していた。
しかし――奴は気が付かない。
ミカエルの口角が、僅かに上がっていたことには。
***
ミカエル達が戦っているところから、一キロ近く離れたところにて。
「ユウ! 遅くなった!」
ラージ級の人工レイパーの攻撃を掻い潜りながらやって来たのは、紫色のウェーブ掛かった髪の少女、ファムだ。
人工種コビトカバ科レイパーを狙撃するために必要だからと、ノルンが連絡して来てもらったのである。
優の近くには、ノルンと伊織はいない。
遠くから聞こえるのは、魔法とミサイルによる攻撃音。
ノルンと伊織が、優の狙撃を邪魔させないために、必死でラージ級人工種ドラゴン科レイパーへと攻撃し、気を引いているのだ。
「ねぇ、本当にやれるのっ?」
「やるっきゃないわ!」
不安に瞳を揺らすファムに、優は歯を喰いしばりながらそう答えた。
正直、不安なのは優も同じだ。
優の、スナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』を持つ手に力が籠る。
「出来るかどうかじゃない……やらなきゃ! ミカエルさんが戦っているんだから! ファム! 私を空に!」
前半の言葉を、自分に言い聞かせるようにそう呟く優。
ファムに手を引っ張られ、空中に浮かんだ、その時だ。
轟音と共に、極太の炎のレーザーが、空から地面へと放たれるのを、二人は見た。
「あれは……先生の魔法?」
「……そっか! あそこね!」
何事かと思ったが、すぐにその意味を悟る優。
あれは合図だ。人工種コビトカバ科レイパーがここにいると知らせる、合図である。
ミカエルがレーザーを放ったのは、敵に攻撃するためでは無い。
攻撃すると見せかけて、敵の居場所を優達に知らせることが、本当の目的だった。
そして聞こえてくる、無数の爆発音。ミカエルが火球を連射している音だ。
スコープを覗き――すぐに「いた!」と、優は叫ぶ。
火球の嵐の中で動かない、人工種コビトカバ科レイパーが、そこにいた。
今ならやれる。
ミカエルの火球で、敵は思うように動けない。そして雨と爆音で、エネルギー弾の気配も限りなく消せる。
「で、でも当てられるっ? 雨もあるし、遠いよっ?」
「いける!」
力強く頷く優。
「アーツは優秀だし、狙撃の練習だってしてるっての! この距離でも、動かない相手に当てるくらい、訳ないわ!」
チャンスは一度きり。外せば、敵は優の存在に気が付いてしまうだろう。
そうなれば、狙撃のチャンスは二度とやって来ない。
それでも、優は自信に満ち溢れていた。
意識を集中させ、引き金を引く。
ガーデンズ・ガーディアの銃口から放たれる、弾丸型の白いエネルギー弾。
雨を貫き飛んでいき――それが、人工レイパーの心臓部分を正確に貫いた。
巻き上がる、緑の血。
突如鋭く、激しい痛みに襲われた人工レイパーは、もがき苦しむ中でも、攻撃された方向を見る。
そこにいた優とファムの姿を見てから、未だ火球を飛ばし続けるミカエルへと視線を移し……彼女達の本当の狙いを悟った人工種コビトカバ科レイパーは、悔しそうな唸り声を上げ、そして――爆発するのだった。
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