第263話『焦戦』
「ヤバい! あいつ、こっちに向かってくる!」
「急いで離れるっすよ! ノルンちゃん、足止め、頼むっす!」
「わ、分かりましたっ!」
ラージ級人工種ドラゴン科レイパーから、五百メートル程離れたところに、三人の人影がある。
黒髪サイドテールの少女、相模原優。
優より幼い少女……前髪にクセ毛のある、緑髪ロングの娘は、ノルン・アプリカッツァ。
二人よりもずっと大人な、目つきの悪い、おかっぱの女性は冴場伊織だ。
突如、十メートル以上に巨大化した人工レイパー。三人は遠距離から攻撃していた。
攻撃はそこまで効いていた様子は無かったが、敵も流石に鬱陶しくなって来たのだろう。
近くのミカエル達を無視し、建物を踏み砕きながら向かってきたのである。
ノルンが、節くれだった黒い杖『無限の明日』を振るい、風の球体を放つ。
弓なりに飛んでいった球体は、人工レイパーの足元に着弾。クレーターが出来上がり、そこに足を取られている隙に、三人は急いで場所を移動する。
ブレスでも放たれてしまえば一巻の終わりだが、幸い、そのようなことをしてくる様子は無い。
巨体になったため、ブレスを撃つために必要なエネルギーも増えたからだ。ティップラウラの出入口を破壊した際にエネルギーを全て使い果たしてしまったため、再び撃てるようになるまでには、まだ少し時間が掛かる。
さらに彼女達にとって幸運なのは、あの巨大な人工レイパーが、空を飛ばないことだろう。
いや、飛べない、と言うべきか。
大きくなった体は、重量も増えている。それを羽で浮かせることが出来ないのだ。
だが、それを抜きにしても――敵の力は強大。
「ヤベーっす……ありゃどうするんすかっ?」
「攻撃が効いている様子がまるでありません!」
「あの変なお面と、注入された薬のせいよ……!」
伊織とノルンが、走りつつも揃って泣き言を言うが、優も顔を強張らせ、そう言うことしか出来なかった。
ラージ級のレイパーとは、過去に二度戦った――どちらも魔獣種レイパーだ――ことがあるが、そのどちらも、敵を撃破したという訳では無い。一度目は見逃され、二度目は倒す前に魔神種レイパーへと変身されたからだ。
そしてその二回の戦いで、大きなダメージを与えたと言えるのはただ一つ。雅との合体アーツによる一斉攻撃だけ。それ以外は、まともなダメージを与えられた記憶がない。
巨体というのは、それだけタフで頑丈なのである。それを知っているから、優は内心では、二人以上に敵にビビっていた。
近くにいる仲間達もラージ級の人工レイパーに攻撃を仕掛けているものの、その体には傷すらつかない。
「愛理の話じゃ、カバみたいな奴が、あいつにまだ薬を注入しようとしているって話だけど……一体どこを探せって言うのっ?」
ラージ級の人工レイパーに注意しつつ、どこかに潜んでいる別の人工レイパーを探すのは困難を極める。
倒すどころか見つけることすら出来ず、優は頭を抱えた。
すると、
「一度は逃げたけど、またチャンスを伺っているなら……きっとどこかのタイミングで、葛城に近づくはずっす! もしかすると、もう皆の近くに潜んでいる可能性もたけーんじゃねーっすかっ?」
伊織が眉を寄せながら、そう推理する。
それを聞いた優は、さらに顔を強張らせ、口を開いた。
「いや、それヤバくないっ? 愛理曰く、そいつは顎の力が凄いって話だよっ?」
「とにかく皆に連絡っす! ノルンちゃんはミカエルさん達に! うちらは真衣華ちゃん達に! 気が付かねーうちに近づかれていた、っつーのだけでも防がねーと!」
「わ、分かりましたっ!」
***
「くっ……」
「アストラムさんっ?」
ラージ級人工種ドラゴン科レイパーのすぐ近くにて。
鍔の広いエナン帽を被り、白衣のようなローブを纏った金髪ロングの女性、ミカエル・アストラムが、白い杖型アーツ『限界無き夢』を構えながら、呻き声を上げて肩で息をする。
そんな彼女に駆け寄ったのは、茶髪ロングの少女、桔梗院希羅々。いつもはゆるふわな髪は、雨のせいで見る影もなくなっている。
鋭く、長い鉤爪の一撃を、ミカエルが炎の壁で何とか防ぎきったという状況だ。
そして、
「ちっ……まずいですわよ! あいつ、また攻撃してきますわ!」
「キ……キララちゃん、ごめん!」
希羅々がミカエルを抱えてその場を離れた直後、今まで二人がいたその場所に、鉤爪が突き刺さる。
「……ぅっ?」
「キララちゃんっ?」
直撃は免れたものの、地面が砕けて飛んできた瓦礫が希羅々の側頭部にヒット。
小さな瓦礫とは言え、つんのめってしまう希羅々。危うくミカエルを放り投げそうになってしまうが、それを意地で堪える。
「キララちゃんっ? 血が……っ!」
「平気ですわ! これくらいっ!」
雨に交じり、希羅々のこめかみから頬を伝う赤い液体。
アドレナリンが出まくっているからか、希羅々はあまり痛みを感じていなかった。
「とにかく、隠れましょう! あっちよ!」
ミカエルが指差した方向へと向かう希羅々。瓦礫が山になり、その後ろなら身を隠せそうだった。
滑り込むようにそこへと入り込むと、希羅々はミカエルを降ろし、瓦礫に背中を預ける。
「ちっ……埒が明きませんわ……! どうやって倒しますっ?」
「……分からないわ。ごめんなさい、キララちゃん……雨さえ無ければ、もうちょっと役に立てるんだけど……」
空を仰ぎ、唇を噛み締めるミカエル。
炎の魔法は、雨に弱い。先程の鉤爪の一撃も、雨さえ降っていなければ、もっとちゃんと防げたはずだった。
「……天気の神様も、意地が悪いですわね。まぁ、降ってしまったものは仕方ありませんわよ」
「あのお面さえなければ、もう少し何とかなると思うんだけど……」
瓦礫の隙間から、ラージ級人工種ドラゴン科レイパーを確認して、ミカエルは眉を顰めた。
顔と腹部には、お面が貼り付いている。巨体になった今、米粒のように貼り付いている風にしか見えないが、あれが相当しっかり着いているのだ。ミカエルも魔法の攻撃で剥がせないか試みたが、びくともしない。
すると、
「あいつは……っ!」
ミカエルが視界の端に、とある『何か』を捉えたその時。
『師匠! 私です!』
通話の魔法により、ミカエルの脳内にノルンの切羽詰まったような声が響く。
『そっちにカバみたいな人工レイパーがいるかもしれません! またサルモコカイアを注入しようとしているんです!』
「何ですってっ? 今見たわよ、そいつ!」
『ええっ?』
ミカエルがたった今捉えたその『何か』とは、カバのようにずんぐりとした頭をした、人型の化け物。
額には三十センチ程の大きさの三日月型の黒い角が生えており、頭は一部が大きく凹んでいた。
優達が探している、人工種コビトカバ科レイパーで間違いない。
『し、師匠! お願いです! そいつを足止めしてください! ユウさんが狙撃します!』
「そ、狙撃するっ? だけど――」
ミカエルの目が、希羅々へと向けられる。
人工種コビトカバ科レイパーは、もうラージ級の人工レイパーの方へと向かっている。追いかけるのなら、ラージ級の人工レイパーの相手は希羅々一人に任せなければならない。
そこで、ミカエルの視線に気が付いた希羅々が、小さく鼻を鳴らす。
希羅々にも、伊織からメッセージが届いていた。内容は、今ノルンが話していたことと同じである。
「こちらは問題ありませんわ! 奴を放っておけば、葛城がさらに手に負えなくなる……それは何としても阻止しなければなりませんわよ!」
「で、でも……!」
「お行きなさい! こっちは私で何とかしてみせますわ! アストラムさんは、奴を足止めなさい! 可愛い弟子からの頼みなのでしょう!」
「そ、それは……」
言い淀むミカエル。他の仲間もいるとは言え、怪我をしている希羅々一人に任せるのは、あまりにも危険だった。
それでも、希羅々は力強く頷いてみせる。
「相模原さんがどうやって奴を倒すのかは知りませんが……大丈夫ですわ! あれは生意気ですが、腕は確か! アーツも『StylishArts』製! アストラムさんがきっちり足止めすれば、後の始末は何とかなります! お急ぎなさい!」
「く……ごめんなさい! ――ノルン! 敵の居場所は何とか分かるようにする! ユウちゃんにそう伝えて!」
『わ、分かりました! 師匠、敵は顎の力が強いです! 気を付けて!』
そう言って、通話の魔法が切れる。
ミカエルは杖を握る手に力を込めると、人工種コビトカバ科レイパーの方へと走るのだった。
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