第261話『避難』
ラージ級人工種ドラゴン科レイパーのブレスで崩壊した、ティップラウラの出入口へと向かうシャロン。その背中には、愛理と志愛が乗っている。
ラージ級のレイパーが出たとなれば、ティップラウラの街に残るのは大変危険だ。急いで街の外へと避難する人がいて当然だが、その出入口が瓦礫で塞がっている。それを三人でどかそうとしているという訳である。
出入口まであと五百メートルといったところで、志愛が「ン……?」と声を上げた。
「あそこニ、誰かいル?」
敵のブレスが直撃した辺りとなれば、人っ子一人いないかと思っていたが、何人かで出入口の瓦礫をどかしていた。
「いるのは男性が殆どのようだな。だが、あの量では……」
瓦礫の数が多く、そのせいで、撤去作業は困難を極めているようだ。雨が降っているお蔭で、火が上がっていないのは不幸中の幸いか。
それでも、辺りは白い煙が薄く立ち込めており、視界は若干悪い。
「二人とも、彼らを避難させてくれんか? 儂のブレスで一気に吹っ飛ばす!」
そう言いながら、シャロンは地上スレスレまで高度を落とすと、愛理と志愛が飛び降りる。
すると、彼女達の存在に気が付いた、一人の男性が近づいてきた。
「君達は、一体……?」
空へと飛び上がったシャロンを見ながら、怪訝そうな顔をする男性。
そんな彼に、志愛が街の出入口を指差して口を開く。
「そこの瓦礫ヲ、どかしに来ましタ!」
「我々の仲間のドラゴンが、ブレスで吹っ飛ばすそうです! 皆さん、急いで避難を!」
「なんだってっ? そ、そうか、分かった!」
男性は表情を明るくすると、すぐに仲間達のところへと戻っていく。
そして、数十秒後。
「ガルディアルさん! もう大丈夫です!」
愛理がそう叫ぶと、既に顎門にエネルギーを集中させていたシャロンが、一気に雷のブレスを放ち、轟音と共に瓦礫を全て吹っ飛ばした。
すると、
「おい! 何だ今の爆音はっ?」
そう叫びながら、女性が近づいてきた。
ウラのバスター達と同じ格好をしている。腰にノコギリのような武器を収めており、これが彼女のアーツなのだろうと志愛達は思う。
「いや、心配ない! 彼女達が、あの瓦礫をどかしてくれたんだ!」
「成程……! すまない! ご協力、感謝する!」
男性から事情を聞いたバスターが、志愛達に敬礼をする。
「これで外に逃げられる……! ありがとう! 助かった!」
「まタ、あの巨大なレイパーのブレスが飛んでくるかもしれませン! 早く避難ヲッ!」
「ああ! ――おい、皆! 避難誘導だ! 女子供を、早くここに!」
男性が、仲間達の方へと走りながら、そう指示を出す。
最も、既に彼らは行動に移していたが。
「街の住民はどこに? 避難誘導、我々も手伝います!」
「助かる! 住民は少し離れたところにいるが、私の仲間に、こちらに連れてくるよう伝える! あの辺りから来るはずだ! 君達は来た人達を、出入口の方へと誘導してくれ! 私は街の外に出た人達を、安全なところまで避難させる!」
ティップラウラを入ると、三方向に道が分かれている。一度に人が出ようとすると渋滞になるため、上手く人の流れをコントロールしなければならない。
パニックになった人を誘導するのは難しいが、やらねばならないことだ。
「街の外ニ、避難民を受け入れられるところがあるんですカッ?」
「ああ! うちの署長が見つけてくれたんだ! ある程度避難民を誘導出来たら、君達も皆と一緒に来てくれ!」
「……お気持ちだけ、受け取ります。我々には、あいつを倒すという役目がありますので!」
愛理が、遠くで暴れている、ラージ級人工種ドラゴン科レイパーを指差してそう言った。
一瞬、何か言いかけたバスターだが……すぐに口を閉じて、小さく頷く。
「……すまない。よし、急ごう! 時間が無い!」
――そして、五分後。
三つの道から来る人々を、愛理と志愛で地上から、シャロンが上空から誘導する。
雨で視界が悪く、声もあまり響かない。
それでも、三人は必死で人々を逃がす。
しかし、
「……ン? なんダ? どうしたんダ?」
逃げてくる人が多すぎて、ごった返してきた。
人が増えたから……というのとは、また別の理由のようで、志愛は一人、そう呟いて首を傾げる。
「すみませン! 向こうで何かあったんですカ?」
「いや、分からない……。でも、何か騒いでいる人がいたみたいだけど……」
近くの人に尋ねるも、原因がよく分からず、志愛は困惑。
その時だ。
辺りを劈くような悲鳴が、志愛の耳に飛び込んできた。
「なんダッ?」
街の出入口の方からだ。
嫌な予感がしてそちらに向かえば、血相を変えた愛理と合流する。
「権! 君も聞こえたのかっ?」
「あアッ! 何があったんダッ?」
「分からん! だがあれは……」
レイパーに襲われた際の、女性の声……そう言いかけた時。
二人の上空を、シャロンが飛んでいく。
「シャロンさんも聞こえたみたいだナ……。急ごウ!」
言いながら、志愛は地面に落ちている木の棒を拾うと、棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』に変化させるのだった。
***
「お、おい……なんだあいつはっ?」
人混みを抜け、街の出入口を出て少ししたところにて。
そこに、全身真っ黒な化け物がいた。
見た目は高さおよそニメートル近い、巨大な蠍だ。一般的な蠍と大きく異なるのは、背中に翅が生えていることか。
そんな化け物と、シャロンが対峙していた。
「シノダっ、クォンっ! 気を付けい! こやつ、フライスコーピオ型のレイパーじゃ! 毒を持っておる!」
「フ、フライスコーピオっ? 何ですか、そいつはっ?」
「エスティカ大陸全域の森に生息する生き物じゃ! 空も飛べるぞ! 普通は人間の手の平に乗る程度のサイズじゃし、こちらから危害を加えねば襲ってくることも無いがの!」
「空を飛べる蠍ッ?」
シャロンの解説に、志愛の顔が強張る。
毒を持った敵に空中を動かれれば、厄介なことこの上ない。
敵の分類は、『フライスコーピオ種』レイパーだろう。
レイパーの側には、何人かの女性が倒れている。その中には、先程会ったバスターもいた。腹部を貫かれており、打ち上げられた魚のように痙攣している。
それを見た志愛の、跳烙印・躍櫛を握る手に力が籠る。
彼女はもう、助からない……遠目でも、それが分かってしまった。
「ぐっ……今おる奴らだけで手一杯じゃというのに……!」
怒りをぶちまけるように、シャロンは吠える。
「何故、このタイミングで……。はっ! そうか……これもあのサルモコカイアのせいじゃな!」
「あれは確カ、魔物を誘き寄せる効果があったんでしたネ……。成程、お面が葛城に誘き寄せられたのと同じようニ、こいつも匂いに釣られてやって来たという訳カ!」
「ええい! 納得はしたが、なんと面倒な……!」
志愛と愛理は、アーツを構えながら顔を顰める。
それを見たフライスコーピオ種レイパーは、鋏をガチガチと音を立てて鳴らしから、この大雨にも拘らず、羽を羽ばたかせて空へと舞い上がった。
「シノダ! クォン! こやつに時間をとられる訳にはいかぬ! 儂が奴を地面に叩き落すから、その後の処理は任せたぞ! 尻尾に気を付けよ」
シャロンは二人にそう指示すると、翼を広げ、鋭い咆哮と共に飛翔するのだった。
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