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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第30章 ティップラウラ全域
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第260話『肥大』

 一方、避難所のあるエリアで戦う、志愛達はというと。


「グッ、ハァッ!」

「やっ!」

「ふぅっ!」


 志愛とライナ、そしてティップラウラのバスターが、般若と姥の二つのお面に憑りつかれた、全長四メートルもの怪物……ミドル級人工種ドラゴン科レイパーへと、アーツを持って飛び掛かる。


 志愛の手には、銀色の棍、『跳烙印・躍櫛』が。


 ライナの手には紫色の鎌、『ヴァイオラス・デスサイズ』が握られている。


 バスターが持つのは、槍型のアーツだ。


 三者三様の武器で、一斉にミドル級の人工レイパーへと攻撃を仕掛ける。


 人工レイパーは尻尾を振り回して三人を薙ぎ払おうとするも、大振りの隙を突いて上手く躱しながら、敵に接近する志愛達。


 そして、その体に攻撃を叩き込む……が、


「ッ?」


 人工レイパーの皮膚を覆う、緋色の鱗は頑丈だ。三人の全力の一撃程度では、傷一つ付かない。


 三人がすぐにその場を跳び退くと同時に、今まで彼女達がいた場所を、長い鉤爪が雨を斬り裂きながら通り過ぎる。


 志愛の頬を、雨では無い液体が、ツーッと流れ落ちた。


 あんな攻撃を喰らえば、ひとたまりも無い。


 こちらの攻撃は効かず、敵の攻撃はモロに喰らえば一発でアウト。


 棍を構え直し、敵を睨みながらも、ジリジリと後退してしまうのも、致し方ないことだった。


 一体どうすればいい……と、志愛は顔を強張らせる。


 ライナとバスターの顔も険しい。彼女達も、志愛と同じように、敵にどう対処していいか、頭を悩ませているようだ。


 だが、敵は待ってくれない。


 人工レイパーが口を開いてエネルギーを集中させ、志愛達が青褪めた、その時。




「三人とも、下がってっ!」




 そんな声が轟いたと同時に、上空から、赤い極太のレーザーが、白い煙を上げながら人工レイパーへと降り注ぐ。


 見上げれば、そこにいたのは金髪の女性と、山吹色の竜。


 ミカエル・アストラムと、シャロン・ガルディアルである。


 今のレーザーは、ミカエルの魔法だ。


「すまぬ! 遅くなった!」

「くっ……雨が邪魔ね……!」


 レーザーを浴びたのにも拘わらず、大きなダメージを受けた様子が無い人工レイパーを見て、ミカエルが眉を寄せる。


 炎魔法に、この天候はあまりにも相性が悪い。


 人工レイパーは翼を広げ、ミカエル達へと近づこうとすると、


「こっちだよ!」

「はっ!」


 鋭い声と共に、白い羽根が人工レイパーへと突き刺さり、さらに建物の陰から刀を持った少女が飛び出してきて、敵の腹部を斬りつける。


「……むぅ、効かないや」

「呆れるほど、硬い鱗だな……!」

「愛理ッ! ファムッ!」


 やって来たのは、ファム・パトリオーラと、篠田(しのだ)愛理(あいり)


 さらに、


「こっちもいますわよ!」

「助太刀っ!」


 そう叫びながら、別の方から出てきたのは、茶髪ロングの少女と、なよっとした体の娘。


「キララさん! マイカさんも!」


 桔梗院(ききょういん)希羅々(きらら)と、(たちばな)真衣華(まいか)だった。


「奇襲してやろうと思いましたが、それでどうにかなる相手では無さそうですわね……」

「向こうには、優ちゃんとノルンちゃん、伊織さんもいるよ!」


 真衣華が指差した方に顔を向ければ、そこには小さいながらも確かに、三人の人影がある。


「それにしても、奴の腹部にお面? あんなもの、さっきは無かったぞ……?」

「少し前に飛んで来て、憑りついたんです!」

「何っ?」


 ライナの説明に、シャロンは驚いた声を上げ……同時に思い出す。サルモコカイアが、お面を誘き寄せる効果があったことを。


「そうか……あやつにサルモコカイアを注入したのは、これも狙いだったのか……!」

「気を付けて下さイッ! さらにパワーアップしていまス!」


 志愛の言葉に、気を引き締めるシャロン達。


 人工レイパーは、突如現れた少女達を見回すと、鉤爪を構えたまま、動かなくなる。


 決して隙がある構えではない。志愛達も、迂闊には攻められない。


 しかし、それは敵も同じ。


 十一人もの人間と、一匹のドラゴンに囲まれれば、好き勝手に暴れることは難しい。


 雨水が地面に打ち付ける音がリズムを刻み、それが緊迫した空気をさらに張り詰めさせる。


 誰が先に動くか……全員の頭にそんな考えが浮かんだ、その時だ。


 街の角……誰もが、全く意識していないところ。


 そこから、勢いよく『何か』が飛び出してきた。


 細く、小さなもの。


 出てきた瞬間は、誰もその『何か』には気が付かなかった。


 その『何か』に気が付いたのは……それが、ミドル級人工種ドラゴン科レイパーの首筋へと刺さった時だ。


 愛理達がそれを見たのは、初めてではない。


 硬い鱗に深く突き刺さったその『何か』は――注射器。


 中に琥珀色の液体が詰まった、注射器だ。それが、人工レイパーの体内に注入されていく。


「……まさかっ?」


 注射器が飛んできた方向を見れば、そこにいたのは、三日月の角を生やした、人型の化け物がいた。


 頭部は歪だが、角を除けば、まるでカバのように見えなくもない。


 人工種コビトカバ科レイパーである。


 こいつも愛理達と交戦し、どこかへ逃げていた人工レイパーだった。


 その手には、もう一本の注射器もある。


 人工種コビトカバ科レイパーは、残ったそれも投げようと構えていた。


 愛理が『マズい』と思って、それを止めに行こうとしたが……そんな彼女の行動は、メキリ、バキリという嫌な音が聞こえたことで、中断される。


 見れば、ミドル級の人工レイパーの体が、膨らんでいた。


「オ、おイ、これっテ……!」

「皆、逃げてぇっ!」


 ミカエルがそう叫ぶが、言われるまでも無く、全員がその場から逃げ出していた。


 辺りの建物を押しのけるようにして肥大していく、人工種ドラゴン科レイパー。


「奴はどこだ……?」


 逃げながらも、辺りを軽く見渡す愛理だが、人工種コビトカバ科レイパーの姿はどこにも無い。


 残っていたもう一本の注射器も突き刺そうとしていたのだろうが、人工種ドラゴン科レイパーの体が想像以上に大きくなり、一度退散したのだろう。


 愛理は舌打ちをしながら、逃げる速度を上げていく。


 いない敵を無理に探す余裕はない。今や、人工種ドラゴン科レイパーの全長は、十メートルをゆうに超えていた。


「ね、ねぇどうすんのさこれっ!」


 ファムの泣き言が響くが、答えられるものは誰もいない。


 肥大化が終わった時、そこにいたのは、先程のような大柄な人工レイパー等では無い。




 ラージ級人工種ドラゴン科レイパー。




 そこにいたのは、全長十五メートルもの、巨大な化け物だった。


 顔と腹部に着いていた二つのお面など、米粒くらいの大きさにしか見えない。


 そんな化け物が、街の中心部で叫び声を上げる。


 大雨の中でさえ、空気が震える程の咆哮だ。


 背筋が凍らないはずは無い。


 そんな彼女達に向けて、ラージ級人工種ドラゴン科レイパーは口を大きく開く。


 エネルギーが溜まっていく様子を見れば、何をするのか、この場の誰もが想像がついた。


「儂の後ろに来い!」


 シャロンはそう指示しながら、雷球型アーツ『誘引迅雷』を操り、電流を集めて作られた巨大な盾を創り出す。


「シャロンさん! それじゃ防げない! 傾けて!」

「あい分かったっ!」


 ミカエルに言われるがままに、雷の盾を斜めにするシャロン。


 刹那、轟音と共に、ブレスが盾に命中し――上方向へと、ブレスは逸れていった。


 だが……弾かれたブレスは弓なりに飛んでいくと……ティップラウラの出入口へと着弾し、大爆発した。


「な、なんですのっ? あのブレスっ?」

「やややヤバいって! ヤバいって! あんなのとどう戦えっていうのっ?」


 特大の炎のブレスの威力に、希羅々は戦慄し、真衣華はパニックになる。


「皆っ! とにかく今は、奴の攻撃を回避することに専念よ! 体力は無限じゃない……いずれチャンスが来るはずだから!」


 ミカエルが、ラージ級の人工レイパーから目を離さずに、全員にそう激励する。


 薬による急激なパワーアップだ。完璧に制御出来るはずが無い。ミカエルは、そう推理していた。


 すると、


「すまぬ……儂は先に、あれを何とかせねば……!」


 シャロンが、街の出入口の方を見て顔を強張らせる。


 ブレスを弾き飛ばしたせいで出入口が崩壊し、瓦礫で塞がっていたのだ。これでは、街の人々が逃げられない。


 咄嗟とは言え、自分の行いが招いたことだ。その責任を取らなければならないと、シャロンは思っていた。


「ガルディアルさん……私も行きます! 人手が必要でしょう!」

「私も行きまス!」

「分かったわ……こっちは何とか食い止めるから、三人は向こうをお願い!」

「ちょ、先生っ? こいつ、私達だけで食い止めるのっ?」


 愛理と志愛の言葉にミカエルが了承すると、ファムが「正気っ?」という顔で叫ぶ。


 しかし、


「ラージ級のレイパーが出てきたとなれば、住民を街の外に避難させないといけない。あれを何とかしないとマズいわ!」

「う……」


 ミカエルに説明され、ファムはぐぬぬと唸る。


 街の東は山、西は海、北には崖……南以外、人が通れる場所は無い。


 それを分かっているから、納得せざるを得なかった。


「すまぬ……さっさと終わらせて、すぐに戻って来る!」


 シャロンはそう言うと、愛理と志愛を抱えて飛び去って行く。


 残ったのは、ミカエル、ファム、ライナ、希羅々、真衣華と、槍型アーツ使いのバスターが一人。


 遠くには、ノルンや優、伊織もいる。


「さぁ、やるわよ……九人で、何とかこいつを抑えないと!」


 ミカエルがそう叫ぶと同時に、ラージ級人工種ドラゴン科レイパーも咆哮を上げるのだった。

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