第260話『肥大』
一方、避難所のあるエリアで戦う、志愛達はというと。
「グッ、ハァッ!」
「やっ!」
「ふぅっ!」
志愛とライナ、そしてティップラウラのバスターが、般若と姥の二つのお面に憑りつかれた、全長四メートルもの怪物……ミドル級人工種ドラゴン科レイパーへと、アーツを持って飛び掛かる。
志愛の手には、銀色の棍、『跳烙印・躍櫛』が。
ライナの手には紫色の鎌、『ヴァイオラス・デスサイズ』が握られている。
バスターが持つのは、槍型のアーツだ。
三者三様の武器で、一斉にミドル級の人工レイパーへと攻撃を仕掛ける。
人工レイパーは尻尾を振り回して三人を薙ぎ払おうとするも、大振りの隙を突いて上手く躱しながら、敵に接近する志愛達。
そして、その体に攻撃を叩き込む……が、
「ッ?」
人工レイパーの皮膚を覆う、緋色の鱗は頑丈だ。三人の全力の一撃程度では、傷一つ付かない。
三人がすぐにその場を跳び退くと同時に、今まで彼女達がいた場所を、長い鉤爪が雨を斬り裂きながら通り過ぎる。
志愛の頬を、雨では無い液体が、ツーッと流れ落ちた。
あんな攻撃を喰らえば、ひとたまりも無い。
こちらの攻撃は効かず、敵の攻撃はモロに喰らえば一発でアウト。
棍を構え直し、敵を睨みながらも、ジリジリと後退してしまうのも、致し方ないことだった。
一体どうすればいい……と、志愛は顔を強張らせる。
ライナとバスターの顔も険しい。彼女達も、志愛と同じように、敵にどう対処していいか、頭を悩ませているようだ。
だが、敵は待ってくれない。
人工レイパーが口を開いてエネルギーを集中させ、志愛達が青褪めた、その時。
「三人とも、下がってっ!」
そんな声が轟いたと同時に、上空から、赤い極太のレーザーが、白い煙を上げながら人工レイパーへと降り注ぐ。
見上げれば、そこにいたのは金髪の女性と、山吹色の竜。
ミカエル・アストラムと、シャロン・ガルディアルである。
今のレーザーは、ミカエルの魔法だ。
「すまぬ! 遅くなった!」
「くっ……雨が邪魔ね……!」
レーザーを浴びたのにも拘わらず、大きなダメージを受けた様子が無い人工レイパーを見て、ミカエルが眉を寄せる。
炎魔法に、この天候はあまりにも相性が悪い。
人工レイパーは翼を広げ、ミカエル達へと近づこうとすると、
「こっちだよ!」
「はっ!」
鋭い声と共に、白い羽根が人工レイパーへと突き刺さり、さらに建物の陰から刀を持った少女が飛び出してきて、敵の腹部を斬りつける。
「……むぅ、効かないや」
「呆れるほど、硬い鱗だな……!」
「愛理ッ! ファムッ!」
やって来たのは、ファム・パトリオーラと、篠田愛理。
さらに、
「こっちもいますわよ!」
「助太刀っ!」
そう叫びながら、別の方から出てきたのは、茶髪ロングの少女と、なよっとした体の娘。
「キララさん! マイカさんも!」
桔梗院希羅々と、橘真衣華だった。
「奇襲してやろうと思いましたが、それでどうにかなる相手では無さそうですわね……」
「向こうには、優ちゃんとノルンちゃん、伊織さんもいるよ!」
真衣華が指差した方に顔を向ければ、そこには小さいながらも確かに、三人の人影がある。
「それにしても、奴の腹部にお面? あんなもの、さっきは無かったぞ……?」
「少し前に飛んで来て、憑りついたんです!」
「何っ?」
ライナの説明に、シャロンは驚いた声を上げ……同時に思い出す。サルモコカイアが、お面を誘き寄せる効果があったことを。
「そうか……あやつにサルモコカイアを注入したのは、これも狙いだったのか……!」
「気を付けて下さイッ! さらにパワーアップしていまス!」
志愛の言葉に、気を引き締めるシャロン達。
人工レイパーは、突如現れた少女達を見回すと、鉤爪を構えたまま、動かなくなる。
決して隙がある構えではない。志愛達も、迂闊には攻められない。
しかし、それは敵も同じ。
十一人もの人間と、一匹のドラゴンに囲まれれば、好き勝手に暴れることは難しい。
雨水が地面に打ち付ける音がリズムを刻み、それが緊迫した空気をさらに張り詰めさせる。
誰が先に動くか……全員の頭にそんな考えが浮かんだ、その時だ。
街の角……誰もが、全く意識していないところ。
そこから、勢いよく『何か』が飛び出してきた。
細く、小さなもの。
出てきた瞬間は、誰もその『何か』には気が付かなかった。
その『何か』に気が付いたのは……それが、ミドル級人工種ドラゴン科レイパーの首筋へと刺さった時だ。
愛理達がそれを見たのは、初めてではない。
硬い鱗に深く突き刺さったその『何か』は――注射器。
中に琥珀色の液体が詰まった、注射器だ。それが、人工レイパーの体内に注入されていく。
「……まさかっ?」
注射器が飛んできた方向を見れば、そこにいたのは、三日月の角を生やした、人型の化け物がいた。
頭部は歪だが、角を除けば、まるでカバのように見えなくもない。
人工種コビトカバ科レイパーである。
こいつも愛理達と交戦し、どこかへ逃げていた人工レイパーだった。
その手には、もう一本の注射器もある。
人工種コビトカバ科レイパーは、残ったそれも投げようと構えていた。
愛理が『マズい』と思って、それを止めに行こうとしたが……そんな彼女の行動は、メキリ、バキリという嫌な音が聞こえたことで、中断される。
見れば、ミドル級の人工レイパーの体が、膨らんでいた。
「オ、おイ、これっテ……!」
「皆、逃げてぇっ!」
ミカエルがそう叫ぶが、言われるまでも無く、全員がその場から逃げ出していた。
辺りの建物を押しのけるようにして肥大していく、人工種ドラゴン科レイパー。
「奴はどこだ……?」
逃げながらも、辺りを軽く見渡す愛理だが、人工種コビトカバ科レイパーの姿はどこにも無い。
残っていたもう一本の注射器も突き刺そうとしていたのだろうが、人工種ドラゴン科レイパーの体が想像以上に大きくなり、一度退散したのだろう。
愛理は舌打ちをしながら、逃げる速度を上げていく。
いない敵を無理に探す余裕はない。今や、人工種ドラゴン科レイパーの全長は、十メートルをゆうに超えていた。
「ね、ねぇどうすんのさこれっ!」
ファムの泣き言が響くが、答えられるものは誰もいない。
肥大化が終わった時、そこにいたのは、先程のような大柄な人工レイパー等では無い。
ラージ級人工種ドラゴン科レイパー。
そこにいたのは、全長十五メートルもの、巨大な化け物だった。
顔と腹部に着いていた二つのお面など、米粒くらいの大きさにしか見えない。
そんな化け物が、街の中心部で叫び声を上げる。
大雨の中でさえ、空気が震える程の咆哮だ。
背筋が凍らないはずは無い。
そんな彼女達に向けて、ラージ級人工種ドラゴン科レイパーは口を大きく開く。
エネルギーが溜まっていく様子を見れば、何をするのか、この場の誰もが想像がついた。
「儂の後ろに来い!」
シャロンはそう指示しながら、雷球型アーツ『誘引迅雷』を操り、電流を集めて作られた巨大な盾を創り出す。
「シャロンさん! それじゃ防げない! 傾けて!」
「あい分かったっ!」
ミカエルに言われるがままに、雷の盾を斜めにするシャロン。
刹那、轟音と共に、ブレスが盾に命中し――上方向へと、ブレスは逸れていった。
だが……弾かれたブレスは弓なりに飛んでいくと……ティップラウラの出入口へと着弾し、大爆発した。
「な、なんですのっ? あのブレスっ?」
「やややヤバいって! ヤバいって! あんなのとどう戦えっていうのっ?」
特大の炎のブレスの威力に、希羅々は戦慄し、真衣華はパニックになる。
「皆っ! とにかく今は、奴の攻撃を回避することに専念よ! 体力は無限じゃない……いずれチャンスが来るはずだから!」
ミカエルが、ラージ級の人工レイパーから目を離さずに、全員にそう激励する。
薬による急激なパワーアップだ。完璧に制御出来るはずが無い。ミカエルは、そう推理していた。
すると、
「すまぬ……儂は先に、あれを何とかせねば……!」
シャロンが、街の出入口の方を見て顔を強張らせる。
ブレスを弾き飛ばしたせいで出入口が崩壊し、瓦礫で塞がっていたのだ。これでは、街の人々が逃げられない。
咄嗟とは言え、自分の行いが招いたことだ。その責任を取らなければならないと、シャロンは思っていた。
「ガルディアルさん……私も行きます! 人手が必要でしょう!」
「私も行きまス!」
「分かったわ……こっちは何とか食い止めるから、三人は向こうをお願い!」
「ちょ、先生っ? こいつ、私達だけで食い止めるのっ?」
愛理と志愛の言葉にミカエルが了承すると、ファムが「正気っ?」という顔で叫ぶ。
しかし、
「ラージ級のレイパーが出てきたとなれば、住民を街の外に避難させないといけない。あれを何とかしないとマズいわ!」
「う……」
ミカエルに説明され、ファムはぐぬぬと唸る。
街の東は山、西は海、北には崖……南以外、人が通れる場所は無い。
それを分かっているから、納得せざるを得なかった。
「すまぬ……さっさと終わらせて、すぐに戻って来る!」
シャロンはそう言うと、愛理と志愛を抱えて飛び去って行く。
残ったのは、ミカエル、ファム、ライナ、希羅々、真衣華と、槍型アーツ使いのバスターが一人。
遠くには、ノルンや優、伊織もいる。
「さぁ、やるわよ……九人で、何とかこいつを抑えないと!」
ミカエルがそう叫ぶと同時に、ラージ級人工種ドラゴン科レイパーも咆哮を上げるのだった。
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