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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第30章 ティップラウラ全域
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第258話『発破』

「はぁ……はぁ……。よし、ここなら……」


 雨に打たれ、息を切らしながらも、ラティアと共にレーゼを担いで、戦場の中心地から離れた雅。


 誰も使っていない小さな空き家を見つけ、そこにレーゼを運び込む。


「……良かった。ここなら、手当も出来るかも」


 灯りを点けて室内を見回し、ホッと息を吐く雅。


 ここは、つい先程までは、誰かが避難所として利用していた形跡があった。ミドル級人工種ドラゴン科レイパーがやって来たことで、ここにいた人達は別の場所へと逃げたのである。


 最も雅に、そこら辺の事情を知る由も無いが。


 雅がベッドにレーゼを寝かせている間に、ラティアが辺りに散らばっている救急道具を集めて持ってくる。


 体をあちこち調べ、ラティアと一緒に手当をする雅。


 ブレスを直接受けたレーゼの体は、あちこち火傷しているものの、盾やスキルで防いだこともあり、まだ『手当て』で何とかなりそうなレベルであった。


 すると、


「……悪いわね……」


 ボソリと、レーゼの声が耳に届く。


 一瞬、「誰かいるのか」と辺りを見回しそうになってしまうくらいに、彼女の声は弱々しいものだった。


「……役立たずね、私」

「レーゼさん……?」


 ボソリと呟いたレーゼの言葉に、雅は一瞬、手当をする手が止まる。


「本当は……私が、あなた達を守らなきゃなのに……このザマだわ」


 以前――魔王種レイパーが撃破された後に開かれた、優の誕生日会の時だ――レーゼは雅達に、自分の仕事に協力して欲しいと、正式に依頼した。


 それは、自分一人では、目的を完遂することが出来ないと分かっていたから。仲間達の力が、必要不可欠だった。


 そしてもう一つ……雅達を守るためだ。


 矛盾するような理由だが、これは『いっそ雅達を近くに置くことで、すぐに彼女達を助けられるようにしよう』という考え故である。雅達はきっと、危険に飛び込む自分を見捨てることはしないだろうと、レーゼはそう思うからだ。


 だが現実はどうか。


 レーゼは倒れ、強力な人工レイパーの相手を、雅達に任せなければならない状況だ。


 これでは、何のために自分がいるのか……ただ雅達を、危険な目に遭わせているだけではないか。


 雅の口元に、血が拭われたような跡がある。きっと人工レイパーと戦って、怪我を負ったのだろう。これも、元を正せば自分のせいだ。レーゼはそう思った。


 それだけでは無い。


「ミヤビ……以前あなたのことを、未熟者呼ばわりしたことがあったわね……出会って、間もない頃……」

「あの、レーゼさん……?」

「人のこと、言えないわね……。私は未熟で、愚かで……あまりにも弱い……」

「あの、もうそれ以上は……」


 様子がおかしい。


 ラティアでさえ、レーゼを凝視する程だ。当然、雅だってそう思った。


 雅がやんわりと止めるが、レーゼにその制止の言葉は届いていない。


「私は……負けてばかり……」


 思えば、ウラでの戦いだけではない。


 日本で、般若のお面を着けた謎のレイパーや、葛城、優を狙うピエロ種レイパーと戦った時。


 ワルトリア峡谷で、ワルトレオン種レイパーや、姥のお面に操られたカベルナと戦った時。


 その全てで、自分は敵にやられるばかりでは無かったか。


 雑魚が無駄に敵に突っ込み、ピンチを招いていただけだと言われても、仕方が無いような気さえする。


 己の不甲斐なさを、思慮の浅さを、レーゼは深く……深く、悔やんでいた。


 そして、涙を零さないように堪えることしか出来ない自分が、悔しくて悔しくてたまらなかった。


「何て、情けない……」

「……止めましょう、レーゼさん。それ以上は……」

「事実よ……。私は弱い……!」

「……そんなことありません」

「あなた達を無闇に危険に陥れた無能なのよ……」

「違う……止めて、レーゼさん……!」

「私は……ひどい役立たず――」




「そんなことない!」




 もう、これ以上レーゼの弱音を聞きたくなかった雅の叫び声が、やけに大きく部屋に木霊する。


 それにビクリと体を震わせるラティア。


 だが、雅は止まらない。


「私が異世界に飛ばされた時、最初に助けてくれたのはレーゼさんだった! 天空島でピンチになった時、助けてくれたのもレーゼさんです! 日本に戻って、私達がアーツを奪われた時、取り返してくれたのだってレーゼさんじゃないですか!」

「たかがそんなこと――」

「あなたが『そんなこと』だということで、私はすごく助けられた! そんなあなたのことを『無能』だの『役立たず』だの、誰も言わないし、言わせません! それが例え、あなた自身だとしても!」

「だけど――」

「ラティアちゃんや、あの親子を敵の攻撃から守ったのは、誰ですか? レーゼさんじゃないですかっ! 人を守っておいて、何が役立たずですか! 何が無能ですか!」


 感情のままに、叫ぶように捲し立てた雅。


 改めてレーゼを見る。


 ボロボロで、傷だらけ。


 本当は止めたい。「ここで休んでいて下さい」と、雅は……本当は、そう言いたかった。


 だが、今のレーゼに必要な言葉は、それではないだろうということもまた、雅は分かっていた。


 苦しい。本当は優しい言葉を掛けたい。しかしそれを言ってしまえば、きっとレーゼは、もう立ち上がれないだろう。


 だからこそ、


「立ち上がってください、レーゼさん! 自分を無能だ、役立たずだって思うなら、それを否定するために、アーツを取ってください!」


 雅は辛くても、レーゼにこう告げる。


 この言葉は、真っ赤な嘘では無い。本当の本心を投げ捨てた後に微かに残った、紛れもない本心だ。


 だからこそ、これを言うのは、雅も身が裂けてしまいそうなくらい、辛かった。


「私、皆のところに戻ります! ティップラウラの人達を助けるために! だけど……きっと、私達だけじゃ足りない……」


 雅は拳を、強く握りしめる。


 一瞬躊躇ったが、それを振り切り、再び口を開いた。


「待っています……! 私達、レーゼさんが戻ってくるの、待っています! それまで絶対、持ちこたえてみせます! あなたはきっと、無茶をしてでも、私達を助けに来てくれる……そう人だから!」

「ミヤビ……」

「じゃあ……行ってきます!」


 雅は、手から血が流れんばかりに拳を強く握りしめると、レーゼとラティアをその場に残し、空き家を飛び出すのだった。

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