第257話『必死』
動けない母娘を庇う、幼いラティア。
彼女達に迫る、炎のブレス。
その光景を見た時、スカイブルーの長髪に、翡翠の眼をした女性、レーゼ・マーガロイスは、自分の心臓が止まるかと思った。
経験則から、レーゼは、あの盾では攻撃を防ぐことは不可能だとすぐに悟る。
誰による攻撃なのか、一体どうして彼女達が襲われているのか、他の人達は何をしているのか。
そんな疑問は全部頭の外へと追いやって、無我夢中でレーゼは走る。
負傷した体が、悲鳴を上げていることも完全無視だ。
一歩、一秒でも早く、とにかく彼女達を守るために動かなければ。
そんな想いで、レーゼはラティア達と、ブレスの間に割り込んだ。
「はぁぁぁあっ!」
レーゼは、空色の西洋剣――アーツ、『希望に描く虹』を振るう。
狙うはブレス……では無く、地面。
切っ先を大地に食い込ませ、てこの原理を利用して、まるで畳み返しのように、地面の表面を剥がし起こして、ブレスの盾にする。
そして即座に、レーゼはラティア達を自分の体の後ろに隠す。
直後――轟音が轟くと同時に、大地の盾が粉砕。
ヤバい。これでは止めきれない。
そう直感した時には、レーゼはブレスに背を向け、盾ごとラティア達を突き飛ばすと、スキル『衣服強化』を発動していた。
自分の衣服を鎧並みにした瞬間、レーゼの背中に、ブレスが直撃する。
防御用アーツ『命の護り手』は使えない。少し前に使っており、再使用には後数十分かかる。
爆音と同時に、吹っ飛ばされるレーゼ達。
悲鳴を上げることすら出来ない。
それでも、レーゼはラティア達に少しでもブレスが届かないように、全力でブレスを背中で受け止めていた。
だから、届かない。
吹っ飛ばされこそしたが、ブレスは殆ど、ラティア達には届いていない。
彼女達は、ヨロヨロと上体を起こしていた。
(よ……よか……っ、た……)
レーゼは朦朧とする意識を何とか保ちながらも、足腰に力を入れようとするも……入らない。
(こ……の……)
ガサ、ガサッと足音を立てて、倒れた彼女達に近づく影。
全長四メートルにもおよぶ巨大な化け物が、レーゼ達に向かって歩いてきていた。
見た目は怪物でも、正体は人間。人工レイパーである。
それも、ミドル級。
黒い線が血管のように浮かび上がった緋色の鱗を纏い、翼と尻尾、捻じれた角を生やしており、まるで竜を人形にしたような相貌だ。
手からは鋭い鉤爪が伸びている。
分類は、ミドル級人工種ドラゴン科レイパーだ。変身者は、葛城裕司。
先程ラティア達へとブレスを放ったのは、こいつだ。
元々は久世の部下だったが、久世の策略により、今は本能的に暴れるだけの人工レイパーになっている。
彼をそうさせているのは、顔と腹部に貼り付いた、二つのお面。
般若と姥のお面だ。
紆余曲折あり、葛城に憑りついて、操っているのである。
そんなミドル級の人工レイパーが、倒れたレーゼ達に止めを刺そうと、近づいていた。
(うご、け……わた、し、の……からだ……う、ご、け……!)
全身に残った力を右腕に集めるレーゼ。それでも、希望に描く虹の柄を握りしめるだけで精一杯だ。
だが、人工レイパーは待ってくれない。
ヤバい――そう思った、その時だ。
「こっちです!」
鋭い声が轟いたと同時に、ミドル級人工種ドラゴン科レイパーの頭部に、桃色のエネルギー弾が直撃する。
人工レイパーがそちらの方を見れば、そこにいたのは、メカメカしい剣の柄を曲げて、まるで銃のように構えた、白いムスカリ型のヘアピンを着けた、桃色のボブカットの少女。
束音雅の姿があった。
ミドル級の人工レイパーがここにいると聞いて、助けに来たのだ。
剣銃両用アーツ『百花繚乱』をライフルモードにして、人工レイパーの頭部を狙撃したのである。
すると――人工レイパーの周りに群がるように、十人以上もの、鎌を持った少女が出現する。
全て同じ顔……銀髪の、フォローアイという髪型の少女だ。ライナ・システィアが自分のスキル『影絵』で創り出した分身である。
手に持った鎌は、アーツ。ヴァイオラス・デスサイズだ。
「ミヤビさん! ここは私達が何とか食い止めます!」
分身ライナ達が、人工レイパーの行く手を阻むように襲い掛かる中、本物のライナが雅へとそう叫ぶ。
人工レイパーは爪や角、尻尾を振り回し、分身ライナ達を吹き飛ばしていく中……その合間を縫うように動いて人工レイパーへと近づく二つの影ある。
ツリ目のツーサイドアップの少女、権志愛と、ティップラウラのバスターだ。
志愛の手には、棍。紫の宝石を咥えた虎が、先端にあしらわれている。志愛の持つアーツ『跳烙印・躍櫛』だ。
バスターの手にも、槍型のアーツが握られていた。
「雅ッ! レーゼさん達を連れテ、逃げロッ!」
「こっちは我々に任せて!」
三人とも、満身創痍。
それでも、レーゼ達を逃がすために、敵に立ち向かう。
雅は迷う。葛城を止めるために、ここに来たのだから。
だが、倒れるレーゼを放っておくことも、雅にはとても出来ない。ラティアや、あの親子も然りだ。
「早く行ケッ! 巻き添えになってしまウッ!」
志愛の、怒声に近い声が、雅に刺さる。
すると、
「こちらの二人は、私が! あなたは、彼女達を!」
人工レイパーと戦っているバスターとは、別のバスターが、親子の方へと近づきながら、雅にそう声を掛ける。
迷っている時間は無い。
「すみません、ありがとうございます!」
雅は礼を言うと、親子をバスターに預け、レーゼの肩を、ラティアと一緒に担ぐ。
「ぅ……」
「レーゼさん、しっかり!」
その時、雅の腕に、雫が落ちた。
見上げた雅の顔が、険しくなる。
鈍色だった雲は、より重苦しい、黒橡色になっていた。
ポツリ、ポツリと雫が落ちてくる間隔が短くなり、地面に染みを作っていく。
空を仰ぐ雅は、少し口をもごつかせ……それでも、すぐに口を開いた。
「ラティアちゃん、どこかの建物に急ぎましょう! すぐに本降りになってきます!」
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




