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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第29章 ティップラウラ
331/669

季節イベント『研究』

 七月二十七日金曜日、午前八時五分。


 丁度、雅達がコートマル鉱石を見つけるため、フォルトギアに滞在していた頃。


 ハプトギア大森林へと向かう、馬車の中にて。


「あら、見えてきましたわね。森の探索……。(わたくし)、こういうのは初めてですわ。ちょっとワクワクいたします」


 ゆるふわ茶髪ロングの少女、桔梗院希羅々が、遠くに映るハプトギア大森林を見ながら口角を僅かに上げ、そんなことを言う。


 すると隣に座っていた、前髪が跳ねた緑髪ロングの少女、ノルン・アプリカッツァが、何故か微妙な顔になった。


「森……なんか、昔のことを思い出します」

「昔?」

「はい。えっとですね……」


 そう言って、ノルンは語り出す。


 今から丁度、二年前の出来事を――




 ***




「自由研究?」

「はい。それで――」


 ウェストナリア学院、アストラム研究室にて。


 白衣のようなローブを身に着けた金髪の女性、ミカエル・アストラムと、同じく白衣のようなローブを身に着けたノルンが、何やら話をしていた。


 時期は、丁度学院が長期休暇に入って間もない頃である。


 ウェストナリア学院も、長期休暇の際には学生に宿題を出すことになっており、ノルンはその中の『自由研究』について、ミカエルにとある相談を持ち掛けていた。


「……成程。私の研究の一部を手伝って、それを自由研究として提出したいと」

「ええ。丁度良い題材もありますし」


 そう言ってノルンは、一つの論文をミカエルに見せる。


 それは、ミカエルが去年書いた論文だった。


 ミカエルはレイパーの生体に関する研究をしており、その中に、ハーブに関するものもがある。


 レイパーは女性を襲う生き物だが、生命活動を維持するためなのか、多少ではあるが食事も行う。哺乳類の肉等を食すものが多いが、中には葉っぱを好む個体もいるのだ。


 勿論、葉っぱなら何でも良いわけでは無い。詳しいことはまだ調査中だが、どうも特定の栄養素を多く含んでいるものを食べるらしいということは分かってきている。


「ナリアの西に、森がありますよね。奥の方に、まだ研究が進んでいない植物がいくつかあるじゃないですか。それを採取して、調べるのはどうかなって」

「へぇ、いいじゃない。じゃあ、二人で一緒に――」

「だ、駄目ですよ師匠! 自由研究なんですから、最初から最後まで一人でやらないと!」

「ええっ? でも、手伝いくらいなら――」

「駄目ったら駄目です! ファムみたいなことは出来ません! ファムったら去年の自由研究、親に丸投げしたんですよ? 先生にバレて怒られましたし、私だって説教しました。なのに私が同じことは出来ません!」

「いえノルン? 丸投げと手伝ってもらうというのは全くの別物――」

「大丈夫です師匠! 森が危ないのは重々承知していますので、準備だって万全にしました! 採取計画書だってここにあります!」


 そう言ってノルンは、テーブルに乗っている、厚さ一センチ程もある紙束を指差した。


 ミカエルはノルンの言葉に圧倒されつつも、それをパラパラと捲り、舌を巻く。森の奥までのルートパターンは勿論、生息する危険生物の対処の仕方、イレギュラーが起こった時の行動等、細かく記載されていた。この若さで、よくここまで考えたものである。


 それだけ本気ということだろう。


「う、うーん……」


 それでも、ミカエルは顎に手をやりながら、難しい顔をする。


 正直、ミカエルとしては反対だ。レイパーが好むかもしれない植物の採取を、ノルン一人に任せるのは危険が付きまとう。危険な生き物だっている。


 総合的に考えて、この採取作業をノルンだけでやるのは若干無謀と思われた。


 しかし、ノルンは相当にやる気になっている。水を差すのは如何なものか。


(大きなトラブルさえなければ、いい経験になるのよね。どうしたものかしら……?)


 ドキドキしたような顔で、コクコクと頷くノルンの方を見るミカエル。


 少し悩んでいたが、やがて、


「……分かったわ。その代わり、計画書はチェックさせてもらうわね。それくらいはさせて頂戴」


 そう言って、了承するのだった。




 ***




 そして、採取当日。午前六時半過ぎ。


 ウェストナリア学院の西にある森に、ノルンはやって来ていた。


 いつも着ている白衣のようなローブ姿ではない。カーキ色で、コットンを素材としたジャケットと短パン……まるで探検服のような格好をしていた。背中にはリュック。頭にはハットを被り、靴も歩きやすいもの。まさしく採取にふさわしい恰好である。


 そして手には、節くれだった黒いスタッフが握られており、先端の赤い宝石が、朝日を浴びてキラリと光っていた。杖型アーツ『無限の明日』だ。これでレイパーや、森の危険な生物が出てきても対処出来る。


「格好良し、アーツ良し、食料や水もオッケー! よし、行こう!」


 学校を出発する前に何度も何度も確認したが、森に入る前に念のために最後の確認をするノルン。その面持ちには、緊張の色が浮かんでいた。ミカエルにはあのように意気込んだものの、やはり一人は不安だ。


 今の言葉も、自分自身に「大丈夫だ」と言い聞かせるためのものである。


 木に傷を付けて目印にして、ノルンは森に足を踏み入れる。


 すると、


「……あれ?」


 ノルンはすぐに気が付く。


 いくつかの木の幹に、握りこぶしくらいのサイズの傷跡が付いていることに。


 自然に出来た感じでは無い。


 まるでノルンを導くかのように、その傷跡は森の奥まで続いているのだ。


「誰かが私より先に来たのかな?」


 首を傾げるノルンだが、考えようによってはラッキーだろう。


 傷跡のある道は、ノルンが元々進む予定だったルート。先に人が歩いているのなら、安全に進むことが出来るはずだ。目印を残す手間も省ける。


 前向きにそう考え、ノルンは目印の方へと進んでいくのだった。




 ***




 午後二時を少し回った頃。


 目的地へと辿り着いたノルン。


 後はここに生えているハーブを採取し、帰るだけ。


 しかし、その顔はどこか複雑そうだ。


「……なんか早く着きすぎた」


 そう呟かずにはいられない。


 何かおかしいのだ。


 木に付いていた目印のことだけではない。


 まず、道が歩きやすかった。


 自分より前に人が通っているというのもあるが、足元に障害物が少なかったように思えるのだ。考え過ぎかもしれないが、躓きそうな大きな石ころ等は、あらかじめ除けられていたような感じがした。


 いくら先に人が歩いていたといっても、わざわざ石をどかしたりはしないだろう。


 おまけに、先に人が歩いていそうだったのに、そのような人とは、ここに来るまで会わなかった。一体どこにいったというのか。


 極めつけに、ここに来るまで、危険な生物が一匹も現れなかったのだ。もし遭遇したら、とあれこれ対策を考えていたのに、肩透かしもいいとこである。


 運が良かった……で片付けられる話では無いだろう。


 予定では、ここに来るまで一日ちょっとくらいかかるはずだったのに、順調すぎて半日で着いてしまった。この調子なら、今日中には森を出られるだろう。テント等も持ってきていたのに、使わず仕舞いになりそうだ。


「む、むぅ……」


 何となく面白くないノルン。トラブルが起き過ぎても問題だが、ちょっとくらい何か無いと、達成感に欠ける。


 そんな、若干不謹慎な不満が頭を埋め尽くした、その時だ。




「あいたっ!」




「……え?」


 不意に聞こえた声の方向に目を向け……ノルンはジト目で口を開く。


「……師匠?」


 そこにいたのは、ノルン同様、探検服を着て、無限の明日によく似た白い杖型アーツ『限界無き夢』を持った、金髪の女性。ツバの広いエナン帽を被った彼女は、ミカエル・アストラムだった。


 いや、ノルンも途中で薄ら勘づいていた。あまりにも順調過ぎるこの探検は、誰かに仕組まれていなければ成り立たない。そしてそんな過保護なことをするのは、師匠であるミカエルだけだ。


 ノルンの計画書をチェックしていたのだから、ミカエルはノルンが、どこを進もうとしているのか知っていた。先回りして、ルートの安全確保をしていたのだろうということは、ノルンにも容易に想像出来る。


 大方、このままノルンの帰りのルートの安全確保も行うつもりだったのだろうが……ついうっかり木の根っこに躓いてしまったのが運の尽き。弟子のことばかり見ていて、自分の足元は見えていなかったようだ。


 ノルンに見つかったミカエルは、一瞬『ヤバい!』と焦った顔をするも、慌ててエナン帽で顔を隠し、そっぽを向くと、


「ち、違うわ! 私はミガエール! あなたの師匠のミカエルとは一切関係が無いの!」


 そんなことを宣った。


「何がミガエールですか、声でバレバレです!」

「私はトーリスガリのマホーツカイ!」

「今更、声を変えても無駄ですよ! あとアーツ! それ持っていたら、全部台無しです!」


 ノルンは額に手をやりながら、目を閉じてそう突っ込んだ。


「全く……私が一人でやらなきゃ、意味がないって言ったじゃないですか!」

「わ、私は別に何もしていないわ!」

「そんなはずないでしょう! 木の目印とか、道のこととか、全部師匠がやったことですよねっ? 森の生物を予め追い払ったのも、師匠でしょう!」

「な、なんのことかしらー?」

「白を切っても無駄です! 口調が震えていますよ! 師匠が嘘を吐く時の癖です! 大方、私が心配でやったんですよねっ?」

「うっ……いや、そのぉ……」


 痛いところを突かれ、目を白黒させながらどもるミカエル。


 ノルンの想像通り、これまでのことは、ノルンを心配したミカエルがやったことだ。昨日の夜に森に入り、ノルンが来るまでに徹夜で安全確保をしていたのである。


 最初は、本当に危険な森の生物等を追い払うだけにするつもりだったのだが……安全を確認している内に過保護が働き、結果としてやり過ぎてしまい、ノルンに不審がられてしまった。


 正直、反省はしていたミカエル。ノルンの成長を考えれば、多少のハードルは残しておくべきだったのだ。教育とは中々難しいものであると、改めて痛感する。


(ど、どうしようかしら……このままだと、ノルンの邪魔をしただけで終わっちゃう……! はっ、そうだわ!)


 パニくったミカエル。


 何を思ったか、限界無き夢を構えると、


「い、いえ! 私は本当に何もしていないの! ここにいたのは……そう! 私はここの守護者! ハーブを採取したければ、私を乗り越えてからにしなさい!」

「ええっ?」


 一体何を言っているのか……ノルンの混乱した声が森に響く中、ミカエルは杖に魔力を集中させるのだった。




 ***




「そ、それで? その後はどうなったんですの?」


 話を聞かされた希羅々が、大層顔を引き攣らせて聞き返すと、ノルンは苦笑いを浮かべ、ミカエルの方を見る。


「師匠、凄く強くて、良い訓練になりました。あの時は確か、師匠は森が燃えないようにって水魔法を使っていたんですけど、それでも互角に戦うのがやっとで」

「アストラムさん、炎以外の魔法も使えるんですのね……」

「ええ。レイパーとの戦闘に使えるレベルでは無いみたいなんですけど、当時の私はまだ戦い慣れしていなかったから、苦戦させられました。ただ――」


 そこで言葉を切って、ノルンは口をもごもごとさせる。


「……ただ?」

「えぇっと……なんか途中で、『ぐぁっ! 中々やるわね! このミガエールが圧倒されるとはー!』とか言って、どこかへ逃げていきました」


 互角の戦いだったのに『圧倒』とはこれいかに。色々と突っ込みどころはあったが、何か言う前にミカエルは逃げてしまったのである。


「ミガエールの設定、まだ生きていたんですのね……」

「帰ってから師匠に問い詰めても、無駄に誤魔化し続けて……結局私が追及を諦めて終わった感じです」

「でも、目的のハーブは手に入ったのでしょう? 栄養素だったかを調べて、それで無事に宿題は終わったのでは?」

「ええ、終わったには終わりました。一応、予想通り一部のレイパーが好みそうだという結論になったんですけど……それを提出したら、他の先生に怒られちゃって」

「……は?」

「なんか、『こんなの自由研究では無い! ただの研究だ! 学生らしいものにしろ!』とか、訳の分からないことを言われちゃって、再提出になっちゃったんですよ。で、それを聞いた師匠が怒って、その先生と喧嘩になってしまって……」


 確かにノルンが提出したのは、学生より寧ろ研究者が提出するような論文めいたものだったのだが、あれは今思い出しても理不尽だったとノルンは思う。


 ただノルン以上にミカエルがカンカンになってしまい、なんやかんやでミカエルと教員の喧嘩をノルンが仲裁するというよく分からない事態になって、森の探検よりも余程疲れてしまったノルン。


「あー……今回の森の探索は、無事に終わればいいんですけど……」


 そう呟き、ハプトギア大森林を見つめるノルンは、遠い目になる。




 それが叶わないことを、この時の彼女は知る由も無い。

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