第29章閑話
レーゼがミドル級人工種ドラゴン科レイパーを追った、その十数分後。
「――ン! ――ルンっ! ノルンっ!」
「ぅ……ぁ……?」
体を強く揺さぶられ、ノルンは目を覚ます。
目の前にいたのは、敬愛する師匠、ミカエルだ。
「良かった……! シャロンさん! イオリさんっ! ノルン、目を覚ましたわ!」
「ほんとっすか!」
「無事じゃったか……!」
(……師匠、泣いている? どうして……あぁ、そっか……)
何が起きたのか分からないくらい混乱していたが、ノルンはすぐに思い出す。
人工レイパーのブレスで吹っ飛ばされてしまった、そのことを。
そして――それが、自分だけでは無かったことも。
「……っ! ファムっ? ユウさんっ?」
「はいはい、ここにいるよー……」
「ノルンちゃん! 良かった……!」
慌てて辺りを見渡して――返って来たファムと優の言葉に、全身の力が抜けるくらい、安堵の息を吐く。
二人は、伊織とシャロンに介抱されていたのだ。
ブレスは確かに強力だったが、ノルンの風魔法による盾と、防御用アーツ『命の護り手』である程度威力を殺せたお蔭で、命拾いしたのである。
「ぅ……!」
「ノルンっ? 駄目よ!」
杖型アーツ『無限の明日』を支えにして立ち上がるノルン。
その瞳には、まだ戦う意思がある。
それに気が付いたミカエルがノルンを押し留めたのだ。
だが、
「いえ……師匠達だって、ボロボロじゃないですか……。でも、行くんですよね?」
「それは……」
ノルンの言葉に、ミカエルは何も言えない。
その通りだったからだ。
「多分、クズシロさんは避難所の方へと向かったんですよね? 師匠、行くんでしょう? 彼を止めるために……誰も殺させないために……! なら、私だって休んでいられない……!」
杖を握る手に、力が籠るノルン。
彼女は、ミカエルの母親、ヴェーリエに約束したのだ。無限の明日を持つにふさわしい人間に……ミカエルのような人間になる、と。
「でも……!」
「無駄だよ、先生」
食い下がるミカエルに、呆れたような声を掛けたのはファムだ。
「こうなったら、ノルンは聞かない。好きにさせてあげてよ」
「そ、そんなこと言ったって……!」
「私だってボロボロだけどさ……ここで休むつもりなんてないよ。疲れるのとか面倒臭いのとか大っ嫌いだけど、ここで『もう戦うの止めまーす』なんて言いたくない。きっと後で凄く後悔するよ。……私ですらそう思っているんだからさ、ノルンはもっと諦めない」
「…………」
「師匠……!」
催促するようなノルンの声に、ミカエルは唇を噛み締める。
理屈は分かるが、納得できるかは別だ。
ミカエルはノルンに、これ以上戦って欲しくなかった。
すると、
「遠距離攻撃に徹する。これでどうですか?」
「ユウちゃん……?」
「さっきまでと殆ど同じだけど、より離れたところから援護射撃に徹する。一回攻撃したら、すぐに移動することを徹底。これなら、少しは安全じゃない? 」
三人だけでは埒が明かないと判断した優が、折衷案を出す。
優自身、もう少し距離を取って狙撃したい……そういう気持ちもあったからこその、この提案だ。
「それは……」
「師匠、それでいきましょう!」
畳み掛けるように、ノルンが優の提案に乗っかった。
どのみち、ノルンは魔法使いだ。接近戦は不利。却って足手纏いになってしまう。優の提案は、ミカエルを安心させつつ、自分の意見を通すのに打って付けだった。
「私のスキルがあれば、可能な限り危険は少ないはずです! お願いします、師匠!」
「……凄いわね、ノルン」
「……えっ?」
聞き返したノルンに、ミカエルは「何でもない」と言って首を横に振る。
自分がノルンくらいの年頃で、同じような場面に遭遇したら、果たして彼女のように言えただろうか……そう思ったのだ。
(ノルン、あなたはもう私よりも……)
ふと頭に浮かんだその想い。
それを口に出しかけて、しかし彼女はグッと堪える。
今言うべきは、別の言葉だろう。
「……分かったわ。でもその代わり、ちゃんと戦力としてカウントするわよ。自分の出来る範囲で、私達と一緒に全力であいつを止めましょう! それから――本当に危ない時は、迷わず逃げること。これが条件よ。ここばかりは譲れないわ!」
「はい!」
ノルンが、強く頷いた。
「よし、じゃあ話も決まったし、行こう! ……そう言えば、愛理に希羅々ちゃん、真衣華はどこ?」
「三人なら、先にあいつのところへ向かったっす!」
レーゼに負けていられないと希羅々が立ち上がり、真衣華と愛理が心配だからと辛い体に鞭を打って、着いていったのだ。
「はぁっ? ……ったく、三人とも無茶して……私も負けてらんない!」
「イオリさん、ユウちゃん、それにノルンは遠距離から援護を。ファムちゃんはアイリちゃん達を追って頂戴! シャロンさんは私を乗せて、あいつの近くまで!」
「えっ? 師匠っ?」
「アストラム……正気かっ?」
ノルンと同じように、ミカエルも魔法使いだ。本来なら遠距離攻撃に徹するべきところを、わざわざ敵に近づくなんて、自殺行為なように思えた。
だからこそ、シャロンとノルンは驚きの声を上げる。
だが……ミカエルは空を仰ぎ、悔しそうに口を開いた。
「そろそろ雨が降る……。そうなったら、炎魔法の威力が落ちるの。万が一のことを考えたら、ここは危険を冒してでも、奴に近づくべきよ!」
眼前に広がる鉛色の雲に、彼女の瞳が揺れる。
ミカエルの、杖型アーツ『限界無き夢』を持つ手に、力が籠るのだった。
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