第27話『魔王』
神殿のような建物から姿を表したのは、真っ黒い肌をした身長二メートル程の人型の生き物だ。全体的に筋肉が無く、骨ばったフォルムをしている。
不気味な程真っ白な眼に、長い指と爪。トゲのある肩パッドを身につけており、黒いマントをはためかせ、血で汚れたブーツを履いていた。
あまりに禍々しい見た目。三人は見た瞬間に、こいつはレイパーだと悟る。
例えるなら、魔王。分類は『魔王種』といったところか。
何故こんなところにレイパーがいるのか、という疑問が頭を過ぎるが、今はそんなことを考えている暇は無い。
そのレイパーは、三人の存在に気がついた様で、頭をぐるりと回転させる。こちらに目を向けると、大袈裟に口角を上げた。白い眼の中心にある、血のように赤い瞳が光を放った瞬間――
レイパーは奇声を上げる。
思わず耳を塞ぎたくなる程、生理的に受け付けない、甲高い声。
そして突如、レイパーの体から溢れ出る殺気。これまで出会ったどのレイパーとも比較にならない程強烈で、三人の背筋が凍りつく。
奇声を止めたレイパーは、一瞬間を置いた後、
「ラ、ヤ、ト、ゾォォォオッ!」
さらに一際甲高い声を上げ、レイパーが手の平を雅達に向けると、そこから黒い衝撃波が放たれる。
咄嗟にアーツを振って炎の壁を創り出し、攻撃を防ぐミカエル。
しかし反撃に転じようと炎の壁を消すと、既にレイパーは三人の近くまで接近していた。
腕を振り上げるレイパー。爪がギラリと妖しく光る。
レイパーの目は、ミカエルを捕らえていた。
雅がミカエルとレイパーの間に自分の体を入れると、レイパーが腕を振り下ろすのは同時。
鈍い金属音が響き渡る。雅がレイパーの攻撃をアーツで受け止めたのだ。
だが、一瞬で雅は方膝をついてしまう。それ程までに、レイパーの力が強かった。そのまま地面に叩き伏せようとするかの如く、レイパーの腕の力がますます強まっていく。
こんな骨ばった腕の、どこにそんな力があるのか。雅の顔が驚愕に染まった。
刹那、白い羽根が十発、レイパーの横に命中する。
攻撃が来た方向にレイパーが顔を向けると、そこには空中に舞い上がったファムがいた。
レイパーは未だ自分の力に屈しない雅への攻撃を止めると、足に力を入れ、空高く飛んでいるファムよりも少し高いところまで一瞬で跳躍する。
まさかそんなところまで跳んでくるとは思わなかったファム。地面からファムのところまでは十メートルはあるのだ。
レイパーは足を振り上げ、踵落としを繰り出す。あまりの速さに、回避等間に合わないと悟ったファムは、翼を盾にするように体の前まで曲げる。
瞬間、彼女に襲いかかる強い衝撃。地面まで真っ逆さまに落ちていく。
途中で翼を広げ、必死で羽ばたくも、落下速度は落ちない。
ヤバい。そう思い、目を閉じるファム。
激突の衝撃に備える彼女だが、想定していた事象が起こる前に、誰かにキャッチされて事なきを得る。
目を開ければ、雅だった。彼女がファムが地面に叩き付けられる前に、ファムを受け止めたのだ。ファムが空中で羽ばたき、落下速度を少しでも下げていたお陰でフォローが間に合ったのだ。
安心するのも束の間、二人から少し離れたところで爆発音がした。
見れば、着地したレイパーに向けて、何発もの火球が放たれている。ミカエルが攻撃を仕掛けていた。
激しい炎の中で、レイパーは苦しそうな声を上げている。
だが、雅とファムの顔が青くなった。
苦しそうな声を上げているにも関わらず、レイパーは明らかに笑っていたのだ。一切ダメージを受けている様子は無い。
攻撃が効いているフリをしているだけなのだと、雅もファムもすぐに分かった。
攻撃をしているミカエルは、そのことに気が付いていない。彼女の方からは、自分が放った炎のせいでレイパーの顔が見えていないのだ。
苦しそうな声を上げていれば、攻撃が効いているのだと思ってしまうのも無理は無い。
何も知らないミカエルは、片手で持った杖をレイパーに向けながらも、もう片方の手で雅とファムの後方を指差す。
目を向ければ、そこには出入り口がある。どこか違う場所へと続いているようだ。
そこから逃げろと、ミカエルは言いたいのだと二人は理解する。
よく見れば、この大部屋には、雅達が最初に入ってきた時の出入り口と、今ミカエルが教えてくれた出入り口の他に、あと三ヶ所出入り口がある。
「ミヤビっ! ミカエル先生を連れて逃げて! 私があいつを引き付けるから!」
「ファムちゃんっ?」
青い顔で、切羽詰ったようにファムが叫ぶ。彼女は悟ったのだ。この魔王種レイパーには勝てないと。このまま戦っていては、全滅すると。
同じ事は雅も思っていた。しかしそれと、ファムを囮にすることは別問題だ。あまりにも危険過ぎる。
反対するようにファムの名前を呼ぶ雅だが、ファムは首を横に振った。
「三人一緒に逃げても、追いつかれる! 誰かがあいつを引き付けなきゃ!」
「ぐっ……!」
雅は言葉に詰まった。確かに三人の中なら、囮役はファムが一番適任だろう。翼型アーツ、シェル・リヴァーティスがあれば、ファムは時速二百キロで飛ぶことが可能だからだ。
雅は素早く考えを纏める。悩んでいる時間は無い。
そして、
「……無茶だけはしないで下さいね!」
雅はファムに任せることに決めた。
雅の言葉に、緊張した面持ちでファムは頷く。
「ミカエル先生のこと、頼んだからね!」
逃げた後どうするのか、どこで合流するのか、そんなことを考えている時間すら惜しい。レイパーは攻撃を受けることに飽きてきたようで、笑みが段々と薄くなっていた。
雅は走り出す。
「ミヤビさんっ?」
驚きの声を上げるミカエルの手を掴むと、そのまま一目散に、ミカエルの後方にあった出入り口へと向かう。
ひっきりなしに放たれていた火球が止まったことで、ミカエルはここでようやく、一切ダメージを受けていないレイパーの姿を見る事が出来、絶望に顔を染めた。
「ファムちゃんがあいつを引き付けます! 逃げましょう!」
「えっ? そんな――っ?」
ファムが何をするつもりなのか聞かされると、ミカエルは思わず抗議の目を雅に向けるが、状況を理解して悔しそうに歯噛みをする。
レイパーに背を向け、走る二人。
その後ろでは、ファムがレイパーに攻撃を仕掛ける音が聞こえる。
レイパーは逃げる雅とミカエルと、攻撃をしてくるファムを交互に見ると、にやけた顔でファムの方へと歩いていく。上手く気は引けたようだった。
ファムは適度に攻撃をした後、雅達が向かっている出入り口とは別の出入り口へと飛んで行く。
逃げ込んだ先が行き止まりになっていれば、終わりだ。
三人はそうならないよう願いながら、同時に別の出入り口へと飛び込んでいくのだった。
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