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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第29章 ティップラウラ
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第256話『無情』

 ミドル級人工種ドラゴン科レイパーがレーゼ達を退け、避難所の方へと向かいだした、丁度その頃。


 ここは、街の南東に設立された避難所。


 葛城が暴れ、街の北西はほぼ壊滅。避難所に来ているのはそこの住民達が大半であるが、何やら強力なレイパーが大暴れしているという話を聞いてやって来た人もいた。怪我人も多い。


 そんな人達でごった返すその有様は、いつかのカームファリアの病院内を思い起こさせる。


「ライナッ! ポールが足りなイ! 大きな布も必要ダッ!」

「今、分身が取りに行ってる! もうちょっとで届くと思う!」

「ありがとウ! 助かル!」


 避難所の外でそんなやりとりをするのは、志愛とライナ。


 人工レイパーの騒ぎも勿論だが、避難所の方も手が足りない。次から次へとやって来る避難者を受け入れていたらスペースが足りず、外にテントを張らなければならなくなっていた。


 志愛とライナは、その設営の手伝いをしているという状況だ。


 ライナがスキル『影絵』で創り出した分身が部品を運び、志愛が組み立てる。


 すると、


「すみません! こっちが終わったら、向こうも人手が欲しいです!」


 バスターがやって来て、志愛達にそう頼んでくる。


 後十分もしない内に、避難者が十五人以上、ここに来ると連絡があったとのことだ。


 志愛とライナが「分かりました!」と返事をすると、バスターは深く頭を下げた。


「本当に助かります! 最初、小さな子供を連れてきた時は、失礼ながら『こんな時に非常識な』と思ってしまったのですが……いやはや……」


 控えめにそう言いながら、バスターの人は、顔を横に向ける。


 そこには、応急処置用の包帯やら消毒液やらが詰まった箱を抱え、あちこちに届けに走るラティアの姿があった。


 そんな彼女を見て、志愛も細く息を吐いて、口を開く。


「正直、私も驚いていまス」


 バスターと志愛は互いにクスリと笑いあう。


 避難所で大人しくしてくれていれば、それでいいと思っていたのだが……彼女は歳不相応に、何か役に立とうと必死に動いていた。


 額に汗を浮かべて働くとは、まさにこのことだろう。


「さて、私達も負けていられない! 早く、設営を終わらせてしまいましょう!」

「えエ! ――っト、すみませン。仲間から連絡が来ましタ」


 ULフォンにメッセージが届き、断りを入れてからそれを確認すると――志愛の顔から、血の気が引く。


 メッセージには、葛城が、ミドル級の人工レイパーへと進化したこと、彼がティップラウラの避難所へと向かっているということ、そしてレーゼが単独で、敵を追っていることが書かれていたのだ。


「マズイ……ここニ、とても強い敵がやって来まスッ! 早くここの人達を避難させなけれバッ!」

「なんですってっ?」

「ライナ! 聞こえたカッ?」

「うん! 分身に避難誘導を――」


 と、ライナがそこまで言った時。


 志愛とライナ、バスターは、空から近づいてくる何者かの気配を感じ……それを見て顔を強張らせる。


 そこにいたのは、般若のお面を被った、緋色の竜。


 地響きと共に着陸したそいつは、


「葛城ッ……! もう来たのカ……ッ!」


 ミドル級人工種ドラゴン科レイパーだった。




 ***




 一方、人工種ウサギ科レイパーを追う雅とセリスティア。


 セリスティアの背中に乗った雅の眉が、ピクリと動く。ULフォンに、メッセージが届いたのだ。


「レーゼさんからだ。……えぇっ? た、大変です、セリスティアさん! 葛城さんが――」


 中身は、志愛に届いたものと、全く同じもの。


 それを聞いたセリスティアも、目を見開く。


「ど、どうしましょう……? 避難所にあいつが来たら大惨事です! でも、こっちも放っておけないし……」

「……ミヤビ、お前は避難所の方へ行け! こっちは俺とバスターで何とかする!」


 セリスティアは苦悶するように唸った後、そう指示を出す。


「で、でも……」

「倒せるかどうかは分からねぇが、食い止めることくらい出来るはずだ。いや、してみせる! 避難所にはライナとシア、バスターが何人かいるが、避難者の数を考えると、レーゼが来たところで手が足りねぇ!」

「……分かりました! じゃあこっち、お願いします!」

「あぁ、任せろ!」


 雅はセリスティアの背中から飛び降りると、避難所の方へと走り出す。


 その背中を一瞬だけ見つめた後、セリスティアは自分の頬を両手で叩く。


 雅にはああ言ったが、正直、セリスティアは不安だった。奴の蹴り攻撃は強烈で、こっちも人手は欲しい。


 それでも、物事には優先順位というものがある。やらなければならないことが多い時、何を優先的にしないといけないかを考えることは必須だ。


 今は、とにかく葛城への対処が最優先。こっちは、今いるメンバーだけで何とかすべきである。


「気合入れろ、俺……!」


 そう呟くと、人工種ウサギ科レイパーを追いかけるのであった。




 ***




 避難所付近にて。


「きゃぁっ!」

「ライナッ!」


 ミドル級人工種ドラゴン科レイパーと戦う、ライナと志愛。


 側にはバスター二人が、腹部を手で押さえて片膝を付いている。


 現れた人工レイパーと交戦中といったところ。


 ライナが自身のスキル『影絵』で、十人近い分身を創り出し、自分とバスター二人も一緒に一斉攻撃を仕掛けたのだが、鉤爪の一撃で薙ぎ払われてしまったという状況だ。


「クッ……!」


 吹っ飛ばされたライナ達に気を取られてしまった志愛へと、人工レイパーは接近。


 鉤爪による一撃を、志愛は棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』で受け止めるが、そのあまりのパワーに、体を持っていかれそうになってしまう。足に力を入れ、吹っ飛ばされそうになるのを堪えるのでやっとだ。


 だが、敵の攻撃は一発では終わらない。


 二発、三発と放たれる攻撃を、何とか棍で受け続けるが、それが何時までも持つはずが無い。


「うアッ……!」


 ついに、敵が振り上げた鉤爪に棍を砕かれ、その衝撃で吹っ飛ばされて、地面を転がされてしまう。


「コ、こノ……!」


 諦めずに近くの瓦礫へと手を伸ばし、それを跳烙印・躍櫛へと変えるも、足に力が入らない志愛。


 立ち上がれない彼女へと、ミドル級の人工レイパーは、ゆっくりと近づいていく。


 その時だ。




 何かが、空から降ってくる。志愛達の背筋を凍らせるような、そんな嫌な気配を纏った『何か』だ。


 それが、真っ直ぐに、ミドル級人工種ドラゴン科レイパーへと落ちてきた。




 お面だ。




 それが何か気が付いた時……志愛の口から、小さな悲鳴が上がる。




 泣いたお婆さんの顔の、お面。




 姥のお面が、空から降ってきて――いや、降ってきて、というのは間違いか。


 人工レイパーへと、向かっていた。


 お面が『何をするつもりなのか』、そして『それを阻止するために、何をしなければならないのか』というのが、志愛達の頭に浮かぶのと、人工レイパーが悲鳴のような咆哮を上げるのは、同時。







 姥の面は、ミドル級人工種ドラゴン科レイパーの胸部に、がっちりと憑りついてしまった。


 誰が抵抗する間も無かった。







 もがき苦しむように体をくねらせる、人工レイパー。


 最早、志愛やライナ達のこと等、意識から逸れている。


 本能のままに、腕から伸びた鉤爪を振り回しながら、大きな口を開け、そこにエネルギーを集中させていく。


 その瞬間、志愛の顔から、サーっと血の気が引いた。


「オ、おイッ! 待テッ!」


 口を開けた先にあるのは……避難所。


 そこに、白髪の美しい少女がいた。


 ラティアだ。逃げ遅れた人の避難を優先していたため、彼女はまだここにいた。


 いや、彼女だけではない。


 ラティアの体の影で蹲る、女性と子供の姿もある。


 親子だろう。母親の方は足を怪我したのか、歩くのに一苦労で、子供やラティアに支えられて移動していたのだ。


 三人は、ミドル級の人工レイパーのことには気が付いている。今まさに、ブレスが放たれようとしていることにも。


 だから母親は、子供を守るように抱きかかえ、ラティアは二人を守ろうと、人工レイパーと親子との間に立ち塞がっていた。


「マ、待テ、やめロッ! お前の相手ハ、私達だロッ!」


 必死で叫ぶ声も、人工レイパーには届かない。


 もがき苦しむ、ミドル級人工種ドラゴン科レイパー。


 それでも、エネルギーは口元へと集中していく。


 ラティアは後退りかけるが、それをグッと堪える。


 後ろには、親子がいるのだ。ここで逃げたら、彼女達が殺されてしまう。


 だから、ラティアは歯を喰いしばる。


 ラティアの右手の薬指に嵌った指輪が輝き、そこから高さニメートル程の大きな盾が出現し、それを構えた。


 これは一般に流通している、初心者用のアーツ。主に小学生が使うようなアーツだ。


 レイパーから身を守る為に、ウラに来る前、警察から支給されていたものだった。


 あくまでも護身用のアーツであり、盾の強度なんて高が知れている。


 志愛は直感的に、これで人工レイパーの攻撃を防ぐのは無理だと思った。




 無情にも放たれる、ミドル級人工種ドラゴン科レイパーのブレス。




 志愛やバスターが助けに入ろうとするが、間に合わない。


 ライナが分身を作り、壁とするが、ブレスはその分身達を無残に焼き尽くし、何事も無かったかのようにラティアへと向かう。


 ヤバい――誰もがそう思った、その時。


 誰かが、ブレスとラティアの間に割り込んできた。


 青髪ロングの少女だ。


 手には空色の剣。


 全身ボロボロで、だが死に物狂いな表情をした彼女は……。


 レーゼ・マーガロイスだった。

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