第256話『無情』
ミドル級人工種ドラゴン科レイパーがレーゼ達を退け、避難所の方へと向かいだした、丁度その頃。
ここは、街の南東に設立された避難所。
葛城が暴れ、街の北西はほぼ壊滅。避難所に来ているのはそこの住民達が大半であるが、何やら強力なレイパーが大暴れしているという話を聞いてやって来た人もいた。怪我人も多い。
そんな人達でごった返すその有様は、いつかのカームファリアの病院内を思い起こさせる。
「ライナッ! ポールが足りなイ! 大きな布も必要ダッ!」
「今、分身が取りに行ってる! もうちょっとで届くと思う!」
「ありがとウ! 助かル!」
避難所の外でそんなやりとりをするのは、志愛とライナ。
人工レイパーの騒ぎも勿論だが、避難所の方も手が足りない。次から次へとやって来る避難者を受け入れていたらスペースが足りず、外にテントを張らなければならなくなっていた。
志愛とライナは、その設営の手伝いをしているという状況だ。
ライナがスキル『影絵』で創り出した分身が部品を運び、志愛が組み立てる。
すると、
「すみません! こっちが終わったら、向こうも人手が欲しいです!」
バスターがやって来て、志愛達にそう頼んでくる。
後十分もしない内に、避難者が十五人以上、ここに来ると連絡があったとのことだ。
志愛とライナが「分かりました!」と返事をすると、バスターは深く頭を下げた。
「本当に助かります! 最初、小さな子供を連れてきた時は、失礼ながら『こんな時に非常識な』と思ってしまったのですが……いやはや……」
控えめにそう言いながら、バスターの人は、顔を横に向ける。
そこには、応急処置用の包帯やら消毒液やらが詰まった箱を抱え、あちこちに届けに走るラティアの姿があった。
そんな彼女を見て、志愛も細く息を吐いて、口を開く。
「正直、私も驚いていまス」
バスターと志愛は互いにクスリと笑いあう。
避難所で大人しくしてくれていれば、それでいいと思っていたのだが……彼女は歳不相応に、何か役に立とうと必死に動いていた。
額に汗を浮かべて働くとは、まさにこのことだろう。
「さて、私達も負けていられない! 早く、設営を終わらせてしまいましょう!」
「えエ! ――っト、すみませン。仲間から連絡が来ましタ」
ULフォンにメッセージが届き、断りを入れてからそれを確認すると――志愛の顔から、血の気が引く。
メッセージには、葛城が、ミドル級の人工レイパーへと進化したこと、彼がティップラウラの避難所へと向かっているということ、そしてレーゼが単独で、敵を追っていることが書かれていたのだ。
「マズイ……ここニ、とても強い敵がやって来まスッ! 早くここの人達を避難させなけれバッ!」
「なんですってっ?」
「ライナ! 聞こえたカッ?」
「うん! 分身に避難誘導を――」
と、ライナがそこまで言った時。
志愛とライナ、バスターは、空から近づいてくる何者かの気配を感じ……それを見て顔を強張らせる。
そこにいたのは、般若のお面を被った、緋色の竜。
地響きと共に着陸したそいつは、
「葛城ッ……! もう来たのカ……ッ!」
ミドル級人工種ドラゴン科レイパーだった。
***
一方、人工種ウサギ科レイパーを追う雅とセリスティア。
セリスティアの背中に乗った雅の眉が、ピクリと動く。ULフォンに、メッセージが届いたのだ。
「レーゼさんからだ。……えぇっ? た、大変です、セリスティアさん! 葛城さんが――」
中身は、志愛に届いたものと、全く同じもの。
それを聞いたセリスティアも、目を見開く。
「ど、どうしましょう……? 避難所にあいつが来たら大惨事です! でも、こっちも放っておけないし……」
「……ミヤビ、お前は避難所の方へ行け! こっちは俺とバスターで何とかする!」
セリスティアは苦悶するように唸った後、そう指示を出す。
「で、でも……」
「倒せるかどうかは分からねぇが、食い止めることくらい出来るはずだ。いや、してみせる! 避難所にはライナとシア、バスターが何人かいるが、避難者の数を考えると、レーゼが来たところで手が足りねぇ!」
「……分かりました! じゃあこっち、お願いします!」
「あぁ、任せろ!」
雅はセリスティアの背中から飛び降りると、避難所の方へと走り出す。
その背中を一瞬だけ見つめた後、セリスティアは自分の頬を両手で叩く。
雅にはああ言ったが、正直、セリスティアは不安だった。奴の蹴り攻撃は強烈で、こっちも人手は欲しい。
それでも、物事には優先順位というものがある。やらなければならないことが多い時、何を優先的にしないといけないかを考えることは必須だ。
今は、とにかく葛城への対処が最優先。こっちは、今いるメンバーだけで何とかすべきである。
「気合入れろ、俺……!」
そう呟くと、人工種ウサギ科レイパーを追いかけるのであった。
***
避難所付近にて。
「きゃぁっ!」
「ライナッ!」
ミドル級人工種ドラゴン科レイパーと戦う、ライナと志愛。
側にはバスター二人が、腹部を手で押さえて片膝を付いている。
現れた人工レイパーと交戦中といったところ。
ライナが自身のスキル『影絵』で、十人近い分身を創り出し、自分とバスター二人も一緒に一斉攻撃を仕掛けたのだが、鉤爪の一撃で薙ぎ払われてしまったという状況だ。
「クッ……!」
吹っ飛ばされたライナ達に気を取られてしまった志愛へと、人工レイパーは接近。
鉤爪による一撃を、志愛は棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』で受け止めるが、そのあまりのパワーに、体を持っていかれそうになってしまう。足に力を入れ、吹っ飛ばされそうになるのを堪えるのでやっとだ。
だが、敵の攻撃は一発では終わらない。
二発、三発と放たれる攻撃を、何とか棍で受け続けるが、それが何時までも持つはずが無い。
「うアッ……!」
ついに、敵が振り上げた鉤爪に棍を砕かれ、その衝撃で吹っ飛ばされて、地面を転がされてしまう。
「コ、こノ……!」
諦めずに近くの瓦礫へと手を伸ばし、それを跳烙印・躍櫛へと変えるも、足に力が入らない志愛。
立ち上がれない彼女へと、ミドル級の人工レイパーは、ゆっくりと近づいていく。
その時だ。
何かが、空から降ってくる。志愛達の背筋を凍らせるような、そんな嫌な気配を纏った『何か』だ。
それが、真っ直ぐに、ミドル級人工種ドラゴン科レイパーへと落ちてきた。
お面だ。
それが何か気が付いた時……志愛の口から、小さな悲鳴が上がる。
泣いたお婆さんの顔の、お面。
姥のお面が、空から降ってきて――いや、降ってきて、というのは間違いか。
人工レイパーへと、向かっていた。
お面が『何をするつもりなのか』、そして『それを阻止するために、何をしなければならないのか』というのが、志愛達の頭に浮かぶのと、人工レイパーが悲鳴のような咆哮を上げるのは、同時。
姥の面は、ミドル級人工種ドラゴン科レイパーの胸部に、がっちりと憑りついてしまった。
誰が抵抗する間も無かった。
もがき苦しむように体をくねらせる、人工レイパー。
最早、志愛やライナ達のこと等、意識から逸れている。
本能のままに、腕から伸びた鉤爪を振り回しながら、大きな口を開け、そこにエネルギーを集中させていく。
その瞬間、志愛の顔から、サーっと血の気が引いた。
「オ、おイッ! 待テッ!」
口を開けた先にあるのは……避難所。
そこに、白髪の美しい少女がいた。
ラティアだ。逃げ遅れた人の避難を優先していたため、彼女はまだここにいた。
いや、彼女だけではない。
ラティアの体の影で蹲る、女性と子供の姿もある。
親子だろう。母親の方は足を怪我したのか、歩くのに一苦労で、子供やラティアに支えられて移動していたのだ。
三人は、ミドル級の人工レイパーのことには気が付いている。今まさに、ブレスが放たれようとしていることにも。
だから母親は、子供を守るように抱きかかえ、ラティアは二人を守ろうと、人工レイパーと親子との間に立ち塞がっていた。
「マ、待テ、やめロッ! お前の相手ハ、私達だロッ!」
必死で叫ぶ声も、人工レイパーには届かない。
もがき苦しむ、ミドル級人工種ドラゴン科レイパー。
それでも、エネルギーは口元へと集中していく。
ラティアは後退りかけるが、それをグッと堪える。
後ろには、親子がいるのだ。ここで逃げたら、彼女達が殺されてしまう。
だから、ラティアは歯を喰いしばる。
ラティアの右手の薬指に嵌った指輪が輝き、そこから高さニメートル程の大きな盾が出現し、それを構えた。
これは一般に流通している、初心者用のアーツ。主に小学生が使うようなアーツだ。
レイパーから身を守る為に、ウラに来る前、警察から支給されていたものだった。
あくまでも護身用のアーツであり、盾の強度なんて高が知れている。
志愛は直感的に、これで人工レイパーの攻撃を防ぐのは無理だと思った。
無情にも放たれる、ミドル級人工種ドラゴン科レイパーのブレス。
志愛やバスターが助けに入ろうとするが、間に合わない。
ライナが分身を作り、壁とするが、ブレスはその分身達を無残に焼き尽くし、何事も無かったかのようにラティアへと向かう。
ヤバい――誰もがそう思った、その時。
誰かが、ブレスとラティアの間に割り込んできた。
青髪ロングの少女だ。
手には空色の剣。
全身ボロボロで、だが死に物狂いな表情をした彼女は……。
レーゼ・マーガロイスだった。
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