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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第29章 ティップラウラ
325/669

第253話『河馬』

 午後三時四分。


 ティップラウラ中央部。


 三人の女性が、街中を走り抜ける。


 一人は、青髪ロングの女性。翡翠の眼に、剣型アーツ『希望に描く虹』を腰に携えた彼女は、レーゼ・マーガロイス。


 その横にいるのは、目つきの悪い、おかっぱの女性。右手の薬指に指輪を嵌めた彼女は、冴場伊織である。


 その二人の後ろには、ティップラウラのバスターが続いていた。バスター署の署長から連絡を受け、レーゼ達と合流した女性である。


 三人が向かう先は、街の北側。葛城が暴れていたエリアより、少し東にある辺りを目指していた。


 というのも、その辺りに一体、レイパーがいるという情報が入ったからだ。


 そして、


「敵はどこかしら?」

「多分、この辺りだと思うんすけど……」

「隠れているんでしょうか……?」


 走りながら、辺りを見渡すレーゼと伊織に、バスター。


 すると――レーゼの視界の端で、誰かが通り過ぎるのが映る。


 ちらっとしか見えなかったが、その人物は……


(黒髪の男? ……まさか!)


 レーゼも見覚えがある人物だった。


 ノストラウラでサルモコカイアを採取していた、あの男である。


「二人とも、敵が――」


 と、レーゼがそこまで言いかけた、その時。


 レーゼは見た。


 巨大な口を、大きく開いた化け物が、バスターのすぐ後ろに迫っていることを。


 直後、伊織もその存在に気が付く。


 逃げろ、後ろだ……そんな言葉を叫ぶより、化け物が口を閉じる方が早い。


 バスターがようやく自分の危機に気が付いた時にはもう、遅かった。


 彼女は悲鳴を上げる暇もなく、一瞬の内に、上半身を噛み砕かれてしまう。


 口を開きかけたまま、言葉の発し方を忘れてしまったレーゼと伊織。


 そこにいたのは、ずんぐりとした頭を持った、人型の化け物だ。


 全体的に黒い皮膚に覆われており、巨大な口からは小さな牙が生えている。


 バスター署で聞いていた通り、カバを人型にしたようなフォルムだ。


 一方、奇妙な部分もある。額に三十センチ近くの大きさの、三日月型の黒い角が生えていること。全体的に黒い皮膚だが、脛から下は、金色の毛に覆われていること。そして、カバには無い、割れた蹄があることだ。


「あの毛皮と角……中国に、それっぽい珍獣がいたっす! 確か、ゴールデンターキンっすね!」

「それに、頭部が歪ね。つまり人工レイパーか……!」


 声の出し方をようやく思い出したかのように、二人はそう言った。


 殺されたバスターについて言及しなかったのは、出来なかったからだ。かける言葉が見つからないとは、このことか。


 分類は『人工種コビトカバ科』レイパーだろう。


 人工レイパーは、今し方噛み砕いたバスターの肉塊を地面に吐き捨て、崩れ落ちた体の上を無造作に通りながら、二人の元へと向かってくる。


 その行動に、奥歯をギリっと鳴らす、レーゼと伊織。


「イオリ! こっちよ!」


 レーゼはアームバンドを緩めて袖を降ろし、剣を抜く。


 切っ先を人工レイパーに向けたまま、敵から離れる方向へと走り出した。


 ここで戦えば、殺されたバスターの死体が、さらに無残なことになってしまいそうな予感がした。それが我慢できなかったのだ。


「レーゼちゃん! そこの角を曲がるっす!」


 伊織が、自分達を追いかけてくる人工レイパーを見ながらそう叫ぶと、レーゼは頷く。


「イオリ! こいつは多分、私達がノストラウラで見つけた男の変身態よ! 人間のままでも、私達と戦える格闘技術を持っている……。充分気を付けて!」

「分かったっすよ!」




 ***




 レーゼと伊織が、敵を連れてやって来たのは、小さな広場。


 ここなら、戦いやすい。


「はっ!」


 レーゼは声を張り上げ、横に一閃を放つ。


 虹の軌跡を描きながら、人工レイパーの頭へと向かう刃。


 だが――それがクリーンヒットすることは無い。


 ゴン、という鈍い音と共に、人工レイパーが三日月の角で、レーゼの斬撃を受け止めたからだ。


 そして間髪入れずに角を動かし、剣ごとレーゼを弾き飛ばす。


「この……っ!」


 レーゼが無理な体勢のまま、諦めずに斬撃を繰り出そうとした、その瞬間。


 人工レイパーが大きな口を開け、レーゼの胴体へと噛み付こうとする。


 回避は間に合わない。


 レーゼがそう思うよりも早く、レーゼの左腕がガードに動く。


 反射的な己の行動に、レーゼは即座にスキル『衣服強化』を発動。


 刹那、着ている服が、鎧並みの強度へと変化する。


 直後、人工レイパーの口が、レーゼの腕を捕らえる。


「っ……!」


 骨が折れたと思うような激痛。人間の体を噛み砕く顎の力だ。防御スキルを使っても、ダメージなど完全に防げるわけもない。


 だが、


「こっちっす!」


 伊織の声が轟くと同時に、レーゼと人工レイパーの足元近くに、小型のミサイルが着弾。


 伊織の右腕には、ランチャー。彼女のアーツ『バースト・エデン』である。


 爆発と共に吹っ飛ばされ、その衝撃で、人工レイパーの口からレーゼは解放された。


 いち早く体勢を整えたレーゼは、希望に描く虹を握りしめると、「ちぃっ!」と舌打ちをしつつ、片膝を付く人工レイパーへと突進していく。




 無謀だ。




 外から見ていた伊織は、そう直感する。


 しかし警告を飛ばす間もなく、人工レイパーの口が、再びレーゼへと襲い掛かった。


 今度は、咄嗟に腕でガードする暇もない。


「がぁ……っ!」

「レーゼちゃんっ!」


 人工レイパーはレーゼの胴体に噛み付き、顎に力を入れる。


 メキリ、メキリと悲鳴を上げる骨。


 スキルにだけでは限界で、防御用アーツ『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』を使っていても、この有様だ。


 それでも、中々噛み砕けないことに痺れを切らしたのか、人工レイパーはレーゼを地面に叩きつけ、


「あぐ……ぁ……っ!」


 その体を、思いっきり踏みつける。


「くっ……」


 敵にランチャーを向けながらも、先程のように攻撃が出来ない伊織。


(今攻撃しても、レーゼちゃんに当たるっす……! ど、どうすりゃいいんすか……?)


 悩む間にも、レーゼの苦悶の声は木霊し続ける。


 一か八か、撃ってしまおうか……伊織がそう思った、その時だ。


 誰かが背後に迫る気配を感じ、人工レイパーが振り返る。


 刹那、針のように鋭い一撃が、向かってきた。


 それは、金色のレイピア。


 敵が咄嗟にその場を跳び退き、その攻撃を回避する。


 レーゼが、息を荒げ、胸を押さえながら、今自分を助けてくれた人物を確認すると、




「あら、外れてしまいましたわ……残念」




 そこにいたのは、ゆるふわ茶髪ロングの少女。


 レイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を構えた彼女は……


「キ、キララ……!」

「希羅々ちゃん! 来てくれたっすか!」


 桔梗院希羅々だった。


 彼女はレイピアのポイントを敵に向けたまま、二人を安心させるように、微笑を浮かべる。


「遅れてしまって申し訳ありませんわ。不慣れな土地なものでして。――あぁ、そうそう」


 希羅々がそこで言葉を切った刹那。


 人工レイパーは、左右から飛び掛かる、二人の少女の気配を悟る。


「来ているのは、(わたくし)だけではありませんわ」


 敵に襲い掛かったのは、篠田愛理と、橘真衣華だ。


「はぁぁぁあっ!」

「やぁあっ!」


 二人は刀型アーツ『朧月下』と、斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』を手に、人工レイパーへと飛び掛かる。


 愛理の縦に振り下ろした一閃は、体を反らして回避。


 真衣華の二艇の斧――片方は、『鏡映し』のスキルで増やしたものだ――による連撃も、初撃はバックステップで躱し、二撃目は……


「っ?」


 刃に噛み付き、受け止める。


 真衣華はこの一撃を放つ際、自身のスキル『腕力強化』を発動させていた。


 そうとうに重く、勢いのある一撃。


 それを口で受け止められてしまったことに、真衣華は戦慄の表情を浮かべる。


 しかし、それだけでは終わらない。


「きゃっ!」


 甲高い音と共に、噛まれた真衣華のアーツが砕けたのだ。


 人体すら容易に破壊出来る顎の力。『鏡映し』で増やした方のアーツとは言え、頑丈さに秀でているはずのフォートラクス・ヴァーミリアがあっさりと破壊されてしまった現実に、真衣華の背筋が凍り付く。


 だが、


「こっちですわよ!」

「ッ!」


 ここで人工レイパーは少し油断してしまった。


 二人の奇襲を捌くことに意識が向きすぎ、希羅々が接近していることに気が付くのが、僅かに遅れてしまったのだ。


 希羅々の放った、レイピアによる鋭い突きは、人工レイパーの横腹に命中。


 そのまま、敵を大きく吹っ飛ばす。


 そして、


「皆! 下がるっす!」


 伊織の声が轟くと同時に、小型のミサイルが十発以上、人工レイパーへと放たれていた。


 直撃こそしないが、地面に着弾したミサイルが地面を砕き、その衝撃でまたしても大きく吹っ飛ばされる人工レイパー。


「よし! このまま畳み掛けて――」


 愛理が刀の切っ先を敵に向け、そう叫んだ、その時だ。


 彼女達の上空を、何かが通り過ぎる。


 緋色の鱗と翼を持った、人型の化け物。顔には般若のお面がある。まるで竜を人型にしたようなそいつは、人工種ドラゴン科レイパー。


 つまり、


「クズシロっ! 何故あいつがここにっ?」

「やべぇっすよ……あっちは、避難所がある方っす!」

「えぇっ?」


 思わず、葛城に気を取られてしまった五人。


 だが、それが迂闊だったと、すぐに理解する。


「しまった! 奴が逃げる!」

「追いますわよ!」


 人工種コビトカバ科レイパーが、葛城を追って、その場を去る姿を見た愛理と希羅々が、表情を強張らせてそう叫ぶのだった。

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