第252話『本能』
葛城が暴れている、ティップラウラ北西へと向かうシャロン、優、ファム、ミカエル、ノルンの五人。
単身で人工種のっぺらぼう科レイパーと戦う四葉のことを気にしながらも、先を急ぐ。
そして、五分後。
「うわ……え? 何あれっ? 廃墟っ?」
街を見た優が、悲痛な声を上げる。
彼女の言葉は、まさしく的を射ていた。
街は崩壊し、瓦礫が散乱。人の影も無い。ティップラウラのこの辺りのエリアは、景観が良いことで有名だったのだが、その面影はもう無い。
すると、
「いたっ! クズシロです! 誰かがクズシロと戦っています!」
ノルンは、壊れた建物と建物の隙間で、人型をした竜のような化け物が、誰かと交戦しているのを見つけ、指を差す。
誰かとは言ったが、十中八九バスターだ。
ノルンの顔は険しい。ちらりとしか見えなかったが、近くで何人か、力無く地面に倒れていた人がいたからだ。
あれは、殺された人の倒れ方だった。
「急ぐぞ! しっかりと掴まっておれ!」
「ファムちゃん! 急いで!」
「分かっているよ!」
速度を上げ、ノルンの指差した方向――崩壊した建物に囲まれた、広場だ――へと向かうシャロンとファム。
近づいていくと、他の四人も、ノルンが見たものを目撃する。
黒い線が血管のように浮かび上がった緋色の鱗に、翼。頭部からは捻じれた角、手から伸びた鉤爪。
何より印象的なのは、顔に嵌められた、般若のお面だ。
確かに、般若のお面に憑りつかれた、人工種ドラゴン科レイパー……葛城裕司である。
しかし、
「あれがクズシロなのっ? 前戦った時より、酷くなってないっ?」
「本能的に暴れておるように見えるぞ……っ?」
人工種ドラゴン科レイパーは二人のバスターと戦っているのだが、その動きが荒々しい。
前に戦った時とは、明らかに動きが違う。あれは葛城の動きでは無かった。
「多分、お面の支配が進んだのよ! より強力になったみたいね……!」
「ちょ、そんな師匠っ? あれがさらに強くなったのなら、どうやって戦えばいいんですかっ?」
以前、ミカエルの妹のカベルナが姥のお面に支配されたことがある。
その時、彼女はお面に完全に操られていた。葛城も、カベルナと同じ状態になっているのだろうと、ミカエルは推測する。
「……まずは、バスターの人達を避難させましょ! どう戦うか考えるのは、その後よ! あの様子じゃ、少しもしない内に殺されてしまうわ! シャロンさん、背中良いかしら?」
バスターは最早、敵の攻撃を防ぐのに手一杯の様子。ふらついており、死は目前。
「さ、三人は中々辛いが……仕方あるまい!」
「ファムちゃんはバスターの人達の救助をお願い! ユウちゃん、敵の頭を狙い撃って!」
「あいよ!」
「ちょっと距離があるけど……やってみせる!」
ミカエルの指示に、ファムと優は即答。
シャロンの背中に降ろしてもらったミカエルは、赤い宝石の付いた、節くれだった白いスタッフを構える。杖型アーツ『限界無き夢』だ。
優の左手の薬指に嵌った指輪が光を放ち、白いライフルが出現する。『ガーデンズ・ガーディア』である。
「っ、そうだ! ユウさん! その指輪、別の指に嵌めた方が良いです!」
「えっ? ……あぁ、そっか! 既婚者ばかり狙っているんだっけ?」
優は未婚だが、左手の薬指に指輪を嵌めていては、既婚者と誤解されるかもしれない。
敵はどうやら既婚者の女性を中心に殺して回っている、という情報は、優も聞かされていた。
故に、優は指輪を一旦、右手の中指に嵌めなおす。
「何だか面白くない感触だけど……まぁ、四の五の言ってられないか。さぁ、やるわよ!」
優はスコープを覗き……人工レイパーの頭部に狙いを定めると、引き金を放つ。
優の放ったエネルギー弾は、人工種ドラゴン科レイパーに見事命中。
しかし、僅かによろめかせたくらいのダメージしかない。何かしたのか、と言わんばかりに、人工レイパーはお面の付いた顔を、攻撃が来た方に向ける。
その刹那、ミカエルは巨大な火球を創り出し、敵の奥側の地面目掛けて放った。
真っ直ぐに飛んでいった火球は地面を砕き、土煙が発生。
さらに、その衝撃で人工レイパーを吹っ飛ばし、バスターから離すことに成功する。
「よし、じゃあ行ってくる!」
今が好機と、ファムはバスターの方へと向かい、シャロンが優とノルン、ミカエルの三人を地上に降ろした。
ファムがバスターを助けている間は、四人で敵を食い止めなければならない。
「一か所に固まると、攻撃の的になるわ! でも離れすぎると、万が一の時にフォローが出来ない! バラバラに動きつつ、遠くに行きすぎないように! 瓦礫とかを上手く利用して、隠れ場所を移しながら、隙を見て攻撃していきましょう!」
「遠距離攻撃ばかりでは埒が明かん! 接近戦は、儂が引き受ける! 援護は頼んだぞ!」
そう言うやいなや、シャロンの体が白い光に包まれる。
防御用アーツ『命の護り手』を発動させたのだ。
これと竜の鱗が組み合わされば、多少のダメージは気にせず、人工種ドラゴン科レイパーと取っ組み合える。
シャロンは大きく吠えると、人工レイパーの方へと、弓なりに飛んでいく。
そして拳を振り上げると、人工レイパーの頭上から、重力と体重を乗せた強烈な一撃を繰り出す。
しかし――
「ッ!」
迫るシャロンに気が付いていた人工レイパーは飛翔すると、シャロンの懐に入って拳を躱し、そのまま鉤爪を振り上げ、シャロンの体に命中させた。
鱗と命の護り手のお蔭で、抉られることこそ無いが、強い衝撃が襲い掛かる。
その威力は、先手で攻撃していたはずのシャロンの巨体を、十メートル近く吹っ飛ばしてしまう程。
「ぐぉ……!」
吹っ飛ばされたシャロンは、瓦礫や建物の残骸を壊しながら、背中を地面に強く打ち付ける。
「ぐ……!」
しかし、シャロンは腕を上げると、そこに六つの雷球が出現し、そこから放たれた電流が網目を作り、さながら鳥籠のような形状となって、シャロンごと人工レイパーを閉じ込めた。
雷球型アーツ『誘引迅雷』で創り上げた、電流の檻。これを作ったのには、勿論理由がある。
ちらりと、ファムがバスター達のところへと降り立つのが見えた。
彼女のところには、行かせない。この檻は、そういう目的だ。
***
一方、首尾よくバスターのところへと辿り着いたファム。
人工レイパーと戦っていた二人のバスターは、満身創痍。互いに肩を貸し合わなければ、立つこともままならない様子だ。
二人はやって来たファムを見て、一瞬怪訝そうな顔になるが、すぐに「あっ」と声を上げる。
「き、君は……もしかして、援軍かしら?」
「助けに来たんだ! 私の仲間があいつを引き付けているから、早く逃げよう! 私が避難所まで送るから!」
「いや……駄目よ!」
ファムの提案に、バスターの女性は苦しそうな顔で首を横に振る。
「向こうにまだ、逃げ遅れた人がいるの! そっちを放ってはおけない!」
「えぇっ?」
ファムは思わず、バスターが指差す方を見て声を上げる。
曰く、瓦礫で逃げ道を失い、止む無く隠れることしか出来なかったのだそうだ。
「こっちはもう、仲間が三人も殺された……。私達も満身創痍。でも――今ここで、私達だけが逃げ出すわけにはいかない!」
そう言ってバスターが目を向けた先には、三体の死体。
バスターが悔しそうに唇を噛み締めるのを見て、ファムは小さく頷いた。
「分かった。二人は、逃げ遅れた人の救助をお願い! 私は向こうを引き受ける!」
「ごめんなさい……あなた達に、一番大変なことをさせてしまって……」
そう言って、バスターが救助に向かった、その直後。
雷の檻の中から、轟音が聞こえてくる。
見れば、人工レイパーの攻撃で、シャロンが再び吹っ飛ばされたことによるものだった。
直後、炎のレーザーや風で集めて作られたリング、エネルギー弾等が放たれる音が続けざまに聞こえるが、人工レイパーにクリーンヒットはしていない様子。
そして――人工種ドラゴン科レイパーは大きく飛翔し、雷の檻を突き破ると、口を大きく開く。
(ヤバ……ブレスが来るっ! どうしようどうしようどうしよう!)
口にエネルギーが溜まっていく様子に、一瞬体が膠着。
しかし、すぐさま炎と風を集めて、空中に巨大な盾が出現したのを見て、ファムは考えも無しに飛び出した。
(どうするどうするどうするっ? ノルンを助けて……いや、一番ヤバいの、ユウじゃんっ!)
防御魔法や、強靭な鱗を持つミカエルやノルン、シャロンと違い、優は生身。命の護り手があるとは言え、あれを一度受けているファムは、そのブレスの恐ろしさを知っている。
ファムが全速力で飛んでいった先には、優の姿。
彼女も、来たるブレスの威力がヤバそうだと直感しているのだろう。ブレスから逃れようと、全力で逃げていた。
「ユウ! 摑まって!」
「ファムっ? ありがとう!」
何故ここに? バスター達はどうした?
沸き上がった疑問は一旦脇にどかして、優はファムが伸ばす手に掴まる。
優を引き寄せ、逃げるのと、人工レイパーがブレスを放つのは同時。
赤黒いブレスは、空中に作られた炎と風の盾に激突。
一瞬膠着するも、あっという間に突き破り、地面で爆発した。
「ノルーンっ! せんせぇ! シャローンっ!」
「いや……ファム! 見てあそこ! 無事っぽい!」
「ほんとだっ!」
ブレスが地面に直撃した寸前で、シャロンが二人を懐に抱え、守ったのだろう。
三人とも倒れてはいるが、起き上がろうと体を震わせていた。
「みんなっ! 大丈夫っ?」
「あ……ファム……! ごめん、何とか……!」
起き上がりながらそう答えるノルン。
しかし……人工種ドラゴン科レイパーが、その場を離れ、南東の方へと向かうのを見て、目を大きく見開いた。
「ど、どうしよう……向こうは確か、避難所があったはずですよね師匠っ?」
「お、追わないと……!」
杖を支えに、立ち上がろうとするミカエル。その肩を、ノルンと優が左右から支える。
「ぐ……お主ら、背中に乗れ! 奴を追う……!」
「シャロンさんっ? 駄目です無茶ですよ!」
「こんなところで倒れておられるかっ? 儂はまだ戦える……!」
悲鳴を上げる体。鱗の隙間から、僅かに血が滲み出る。
満身創痍なのは明らかだ。
そんなシャロンを見て、ファムは口をもごもごさせ、それでも意を決して口を開く。
「ミカエル先生! ユウ! 私に掴まって!」
「ファムちゃんっ? 二人同時になんて無理よ!」
ファムは誰かを抱えて空を飛ぶことはあるが、余程のことが無ければ、一人しか運ばない。これが、空中を速く動け、さらに小回りもきかせられるギリギリの人数だからである。
おまけに、ファムもある程度は体力を消耗している状態だ。ミカエルが止めるのも無理は無い。
だが、ファムは首を横に振る。
「今のシャロンに、二人も運ばせられないよ! ほら、早く! ペチャクチャ喋っている余裕、無いでしょ!」
気合だの根性だの、そんな暑苦しいことは大っ嫌いなファム。
だが疲弊したシャロンに無理をさせて平気な顔は出来ない。『大事な事』以外はほどほどにする……これがファムのモットーだ。
ここは頑張るべき時である。
「駄目なら、すぐに降ろして頂戴……!」
「う……ごめん、ファム!」
苦しそうに、しかし素直に頷くミカエルと優。
二人を抱え、飛び上がるファム。背中に装着された翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』を動かすと、背中に痛みが走るが……一瞬だけ顔を顰めて、すぐに平気そうな顔を作る。
正直、キツイ。
それでも、ファムは翼をはためかせ、人工種ドラゴン科レイパーの跡を追う。
ノルンを背中に乗せたシャロンが、それに続くのであった。
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