第251話『引受』
雅達が人工種ウサギ科レイパーと戦っているのと、時を同じくして、ティップラウラの空を北西へと向かって飛ぶ、人と竜の姿があった。
山吹色の鱗の、全長三メートル程の竜はシャロン・ガルディアル。
シャロンの背中に乗っているのは、黒髪サイドテールの女子高生、相模原優。
銀色のプロテクター……装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』を纏う少女は浅見四葉。
四葉に抱えられている、前髪が跳ねた緑色の髪の娘は、ノルン・アプリカッツァ。
白翼のアーツ『シェル・リヴァーティス』で空を飛ぶ、ウェーブ掛かった紫色の髪の娘はファム・パトリオーラ。
ファムの手にぶら下がっている、二十代くらいの女性……白衣のようなローブを纏い、ツバの広いエナン帽をかぶった金髪の女性は、ミカエル・アストラム。
以上六名は、北西でバスター五人と交戦中の人工種ドラゴン科レイパー……般若のお面に憑りつかれた、葛城裕司のところへと向かっていた。
すると、
「……っ! 皆さん! 散って!」
ノルンが突如、顔を青くしてそう叫ぶ。
彼女のスキル『未来視』が、敵の奇襲を教えたのだ。
ノルンの言葉で、四葉とファム、シャロンが慌てて横に逸れると、刹那、空気が熱くなったと思ったら、今まで彼女達がいたところを、炎が通り過ぎた。
あのままそこにいたら、焼き尽くされていた……そんな勢いの炎だ。
「あれは……ノストラウラの時の人工レイパーだわ!」
何者が攻撃してきたのかと、地上に目を向けたミカエルの声が響く。
そこにいたのは、全身を黒いタイツで覆われたような、人型の化け物。顔には、ほっかむりを被り、口を窄めた男のお面……火男のお面が貼り付いている。
そのお面の後ろには、顔が無い。人工種のっぺらぼう科レイパーだ。
「なんであいつがっ?」
「クズシロを追う私達の足止めってところかしら? まずいわね……あんなの相手にしている余裕、私達にないわよ!」
のっぺらぼうの人工レイパーの力を実際に自分の目で見たことのあるミカエルは、眉を傾ける。
六人で戦えば勝てないとは思わないが、苦戦させられるのは必須。後ろに大きな戦いが控えているこの状況で、強敵との交戦は可能な限り避けたい。
だが、さりとて完全無視も出来ないのだ。ミカエルが困るのも、無理は無い。
すると、
「こいつは私が引き受ける! あなた達は先に行きなさい! アプリカッツァは任せるわ」
「い、いやアサミ! 良いのかっ?」
思わぬ提案に、シャロンは驚いた声を上げた。
そんな彼女をギロリと睨む四葉。
良い訳がない。自分がウラに来たのは、葛城の不始末の責任を取りに来たのだ。本来であれば、関係のない敵に構っている場合ではない。あののっぺらぼうの人工レイパーの相手を他の人に押し付けるのが、四葉にとってはベストな選択だろう。
あの黒い体から迸る、微かな殺気。それだけで、奴が只者ではないのは分かる。どう考えても、引き受けるのは得策では無いだろう。
だが、この人工レイパーを無視することが、四葉には出来なかった。
敵の戦闘力的にも……そして、四葉の心情的にも。
何故だかは分からないが、この人工レイパーを、四葉は無視したくなかった。
自分でも分からない気持ちに、どこか燻るような気持ち悪さを覚えながらも、それでも四葉は、こののっぺらぼうの人工レイパーと戦うことを選ぶ。
「黙って言う通りにしなさい! 誰かが何とかしなきゃ駄目でしょう!」
「ヨツバさん! 私も――」
「いらない! 葛城の方が、人手が必要でしょう!」
怒鳴りつけるように言いながら、四葉はシャロンの背中に、ノルンを座らせた後、四葉はのっぺらぼうの人工レイパーの方へと体を向ける。
あの黒い体から迸る、微かな殺気。それだけで、四葉は奴がただものではないと、本能的に理解する。
ミカエルの先の発言からも、それは間違いでないことは、容易に理解出来た。
「さぁ、早く行きなさい! モタモタするんじゃないわよ!」
「ぐ……ごめんなさい! シャロンさん、行きましょう!」
「ぬぅ……致仕方ない! アサミ、頼むぞ!」
ノルンとシャロンは少し躊躇ったものの、悠長にしている場合ではないというのは理解していた。
故に、四葉の言う通りに、葛城の方へと向かう。
人工レイパーは彼女達を追おうとしたが、
「あなたの相手は私よ!」
人工レイパーへと、勢いよく急降下しながら、敵に向かって衝撃波を放つ四葉。
横っ跳びし、難なくその攻撃を躱す人工レイパーだが、衝撃波が地面に命中して、爆煙を発生させる。
敵の視界を封じたうえで、四葉は空中から勢いよくドロップキックを決めにいく。
だが――
「――っ?」
キックは空しく空を切り、地面に命中し、小さなクレーターを作る。
そして、次の瞬間、
「っ!」
左後方から強い殺気を感じとり、咄嗟に左腕を上げた瞬間、そこに衝撃が襲い掛かる。
人工レイパーが、蹴りを繰り出し、それを防いだという構図だ。
お返しに回し蹴りを放つ四葉。
人工レイパーはそれを、バク転で回避。
四葉が左手にエネルギーを集め、のっぺらぼうがバックステップで四葉と距離を取ると、顔に付いた火男の口が、熱を帯びる。
衝撃波と火炎放射が空中で激突して相殺され、辺り一面を煙が埋め尽くした。
「――っ!」
不意に、四葉が左側に気配を察知した瞬間、人工レイパーが、煙の中からぬぅっと現れる。
そして四葉の腹部へと掌底が放たれるも、四葉は腕をクロスさせてそれをガード。
軽く吹っ飛ばされてしまうも、四葉に大きなダメージは無い。
攻撃を防いだ腕が若干痺れているが、それくらいだ。
思っていた程、強敵では無い。四葉はそう直感する。
(戦ったアストラム達の過小評価……では無いわね。全力が出せないのかしら?)
そう思いながら、四葉の視線が、敵の頭の上から、つま先まで滑る。
どこかを怪我している訳ではなさそうだ。どちらかというと、精神的な理由から、攻撃を渋っている雰囲気である。
となると、全身をプロテクターに覆われた相手と戦うのは初めてなのだろうか?
(……何にせよ、好都合だわ。一気に攻め立てて、さっさと片付ける!)
四葉は軽く深呼吸して――勢いよく、地面を蹴って人工レイパーへと迫るのであった。
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