第250話『兎驢』
ティップラウラの東。
木々が生い茂り、その奥に見えるは広大な山。
曇り空では薄らとしか見えないその山を横目で見ながら、猛スピードで移動する影がある。
赤毛のミディアムウルフヘアーの女性。そしてその背中におぶられる、桃色ボブカットの少女。
セリスティア・ファルトと束音雅だ。
二人はレーゼからの連絡を受け、こちらで暴れているレイパーの対処に向かっていた。
そして、
「いました! あそこです!」
「おい、なんかヤベーんじゃねーかっ?」
雅とセリスティアが、遠くで戦うバスターとレイパーの姿を目撃して、戦慄の表情を浮かべる。
レイパー一体に対し、バスターは三人。
機敏に動き回り、攻撃を繰り返すレイパーに対し、実際に戦っているバスターは二人だ。残る一人は、血だまりの上で倒れている。
絶命している……雅とセリスティアはそう直感してしまった。
「セリスティアさん、ここから奴を狙撃します! 反動に注意してください!」
言うが早いか、雅の右手の薬指に嵌っている指輪が光を放ち、彼女の手にメカメカしい剣が握られる。
剣銃両用アーツ『百花繚乱』だ。
柄を曲げ、ライフルモードにすると、雅はその銃口を、動き回る敵へと向ける。
狙いを付けるのは困難だが、それでも構わず、桃色のエネルギー弾を放つ雅。
飛んでいったエネルギー弾は地面に直撃し、爆発。そこにいたレイパーとバスターは動きを止め、雅達の方に顔を向けた。
「大丈夫ですかっ?」
「わりぃ! 遅くなった!」
援軍が来たことに、憔悴したバスターの顔が明るくなる中、雅とセリスティアがレイパーとバスターの間に割り込む形で跳び込み、そう叫ぶ。
雅の目が、端で倒れるバスターに移り……顔を歪ませる。
腹部が大きく凹んでおり、折れた骨が脇腹を突き破り、外に見えていた。調べなくとも分かる。彼女は完全に息絶えていた。
ギリっと奥歯を鳴らし、セリスティアの背中から跳び下り、雅はレイパーの方を睨み、口を開く。
「頭のところが変な形です! 多分、あいつは――」
「あぁ! 人工レイパーだろうよ! クゼの仲間だな!」
正直、予想はしていた。ここに般若のお面を被った葛城がいるのなら、久世の関係者もいるだろうと。
歪な頭部から伸びた、長い耳。白い体毛。どことなく、ウサギを思わせる。一方で、太腿は太く、足首からつま先までは長い。まるでカンガルーのようだ。ウサギをベースに、カンガルーを組み合わせたのだろうと、雅は想像する。
分類は『人工種ウサギ科』レイパーといったところか。
「す、すまない! 助かった……!」
「礼を言うのは早ぇよ! 俺らがこいつをぶっ倒してからにしな!」
セリスティアはそう言いながら、両腕に力を込める。その瞬間、腕に着いた小手が膨らんで円盤のような形状になり、銀色の爪が、片側三本ずつ伸びてきた。
爪型アーツ『アングリウス』だ。
爪を上段に構え、腰を低くするセリスティア。
隣では、雅が百花繚乱をブレードモードにして、中段に構える。
睨みあう、三者。
緊張感が張り詰め……一陣の風が、その間をすり抜けていく。
その刹那。
「っ!」
人工レイパーは地面を蹴り――雅へと突っ込んできた。
そしてシュルリと消える敵の右足に、キックが飛んでくると直感した雅。すぐに百花繚乱で受け止める体勢を作る。
だが、
「駄目ですっ! 避けてっ!」
「っ?」
不意に聞こえたバスターの警告。
それと同時に、迫って来る人工レイパーの蹴り攻撃に、背筋に悪寒が走る。
咄嗟に横っ跳びする雅の肩スレスレを、空を切って通り抜ける、人工レイパーの右足。
キックは雅の後ろにあった大木に直撃し、命中したところの幹が、轟音と共に木っ端みじんになる。
木の上部分が、雅の側に勢いよく倒れて――落ちて、と言う方が適切かもしれない――きて、雅の体から、嫌な汗がブワっと噴き出た。
その光景を見ていたセリスティアの顔も、盛大に強張る。
「お、おいおい……あんたら、こんなのを相手に善戦していたってのかよ……! 冗談だろ?」
「気を付けてください! あの蹴りを受けたら、一発で終わりです! 我々の仲間もそれで……!」
「にゃ、にゃろう……!」
セリスティアは冷や汗を浮かべながらも、腰を低くし、アングリウスを中段に構え直す。
人工レイパーはセリスティアをチラリと見てから――負傷するバスター達の方へと顔を向ける。
次の瞬間、敵の姿がシュンッ……と消える。
「ど、どこだっ?」
「っ! 上だっ!」
敵の姿を見失った雅とは対照的に、セリスティアは殺気を捉え、すぐに顔を空に向ける。
人工レイパーはウサギよろしく、空高く跳躍していたのだ。そしてその落下先は、
「おい! 避けろ!」
「っ!」
バスター達がいた。
だが、すぐには動けない。彼女達も雅同様、敵の姿を一瞬見失っていた。疲弊したその体で、人工レイパーの攻撃に即座に対応することは不可能だったのだ。
警告を飛ばすと同時に動いていたセリスティア。バスター達を突き飛ばし、アングリウスの小手部分を空に向け、敵の攻撃を受ける。
「ぐっ……!」
足に一気に圧し掛かる衝撃。
膝を付きそうになりながらも、気合と根性で腕に力を込め、人工レイパーを弾き飛ばす。
バク宙しながら地面に着地する人工レイパー。即座に地面を蹴って、セリスティアに突撃する。
「っ!」
セリスティアは歯を喰いしばりつつ、スキル『跳躍強化』を発動させ、跳躍。敵の飛び蹴りを躱しつつ、背後に着地。
振り向き様に爪を振って攻撃するが、その時には既に、人工レイパーの姿はそこには無い。
刹那、殺気が右側から襲ってくる。
人工レイパーが蹴りを放つのと、セリスティアが咄嗟に体を反らすのは同時。その直後、セリスティアの胸の近くを、人工レイパーの足が勢いよく通過する。
何とか躱せたものの、セリスティアの顔は険しい。
敵の攻撃が見えていた訳では無い。勘を頼りに体を動かしただけだ。今のは運良く避けられたが、こんな回避が何時までも続くとは思えない。
(何とかして、こいつの動きを止めねぇと……このままじゃ、やられる!)
バックステップし、人工レイパーから離れようとするセリスティア。
しかし、人工レイパーは悠々と彼女の動きに着いていく。
必死に逃げようとするが、離れない。
そして人工レイパーの右足が下がったのを見て、蹴りが来ると直感するセリスティア。
ヤバい――と、思ったその時だ。
「はぁっ!」
セリスティアと人工レイパーの間に、雅が割って入る。
仲間のスキルを一日一度だけ使えるスキル『共感』が、ノルンの『未来視』のスキルを発動させ、敵の動きを先読みしていた雅。
だから、助けに入れた。
片手でセリスティアを脇へ退かしながら、もう片方の腕で、剣を振り上げる。
人工レイパーは、入って来た雅に少し驚いた様子を見せつつも、焦りは無い。構わず蹴りを繰り出す。
だが――
「っ!」
「ッ?」
雅は、一切の防御をせず、剣を振った。
真衣華のスキル『腕力強化』を使い、繰り出した捨て身の一撃。
流石の人工レイパーも、この行動は予想出来なかった。
斬撃と蹴りが、互いの体に同時に命中する。
鈍い音が響き、雅は仰向けに吹っ飛ばされ、人工レイパーの胸部からは血が噴き出る。
「ミヤビっ!」
「ぅ……」
セリスティアにしては珍しい、悲鳴に近い声。それ程までに、今の吹っ飛ばされ方は、ぞっとするものがあったのだ。
吐血しながら、体を震わせる雅。彼女はまだ生きていた。
攻撃を受ける直前、防御用アーツ『命の護り手』を発動させていたのだ。それでも、巨大な鉄球が勢いよくぶつかって来たと思うような衝撃はあったが……それでもまだ、死んでいない。
倒れながらも、グッとサムズアップをする雅に、セリスティアは細く息を吐く。
そして、
「化け物め! こっちだ!」
バスターの声が轟くと同時に、人工レイパーの体に、チャクラム型のアーツが命中する。
さらに、
「はっ!」
人工レイパーの背後から、もう一人のバスターが迫る。その手には、ブロードソード型のアーツが握られていた。
彼女の放った斬撃が背中に命中し、くぐもった声を上げる人工レイパー。
二人はただ、雅とセリスティアの戦いを見ていた訳では無い。援護する隙を見計らっていたのである。
人工レイパーは振り返り、蹴りを放つも、バスターは既に敵から距離を取っていたため、当たらない。
セリスティアと二人のバスターが、人工レイパーを囲むような位置取り。
人工レイパーは雅の方をちらりと見れば、彼女は彼女で、百花繚乱をライフルモードにし、銃口を向けている。隙を見せたら、何時でも攻撃出来る構えだ。
最後に自分の胸元の傷を見て……流石に不利を悟ったのだろう。
「何っ?」
跳躍して囲いから抜け出すと、南の方へと一目散に逃げ出した。
「あの野郎っ……!」
「セ、セリスティアさん……! 追いましょう! 私、まだ動けます!」
「いや、でもお前――」
「大丈夫ですっ!」
強く叫び返す雅に、セリスティアは一瞬押し黙る。
だが舌打ちをすると、「無理すんじゃねーぞ!」と怒鳴りながらも、雅を背中に担ぐ。
「すまない……こっちもすぐに向かう!」
背後では、ブロードソード使いのバスターが、チャクラム使いのバスターに肩を貸しながら、そう言ってくる。
随分と体力を消耗している様子だが、彼女達もまだ戦うつもりらしい。
セリスティアは「どいつもこいつも……ヤバかったら大人しく休みやがれ!」と叫び、人工レイパーの跡を追うのだった。
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