第249話『曇天』
八月二十七日月曜日。午後二時三十分。
ここは、ウラの最北端にある街、ティップラウラ。
ウラの中では最も面積の狭い街であり、日本で言えば、新潟市中央区の四分の一程度の広さだ。
北には崖、南は林、東は山、西には海があり、どこか孤立したような印象を受ける。実際、交通の便が改善され、運送技術等が発展するまでは、人の少ない村だった。
ティップラウラの入口だが、前述の通り東西北は山なり海なり崖なりで囲まれているため、必然的に南側にある。レイパーの侵入を防ぐため、高さ八メートルに及ぶ防壁が立てられていた。
街の中は、ウラの南側の街と比べると、別の国かと思ってしまうくらいには大きな違いがある。最も顕著なのは、住宅か。煉瓦を積み上げて作られた家が多い南側に対し、ティップラウラは木造建築が主だ。南で木が採れるからである。
そんな住宅が全体に分布し、街の北東から南西にかけて、小さな川が流れている……これが、ティップラウラだ。
さて、街に入って十分くらい真っ直ぐ進むと、二階建ての建物が見えてくる。看板にはバスター署と書かれていた。
そのバスター署の一室で、女性のバスター署長と話をする、二人の女性。
一人は、青髪ロングの女性だ。腰に、空色の西洋剣を携えている。
もう一人は、目つきの悪い、黒髪おかっぱの女性。右手の薬指に、指輪が嵌っている。
レーゼ・マーガロイスと、冴場伊織だ。
街の外には、雅達他のメンバーもいる。大勢で押しかけても迷惑になるため、まずはバスターと警察の二人が代表し、ここにやって来た。
彼女達がティップラウラにやって来たのは、久世の策略で般若のお面に憑りつかれた葛城が、ここにやって来たのではと推測したからだ。
予めレーゼが連絡をとり、現地の状況を伺ったところ、やはりというべきか、強力なレイパーが出現し、その対処で手一杯になっていると聞いた。竜のようなレイパーで、鬼のようなお面を被っていると聞き、葛城だと断定して、ここにやって来たという訳である。
「――と、いうのが現状です」
「……思っていたより、酷いわね」
バスター署長から状況を聞いたレーゼが、渋い顔になる。隣では、伊織が口を開きかけるも、何も言えない様子。
ティップラウラで女性を殺して回る葛城――人工種ドラゴン科レイパーだ――が、一夜で街の北西を壊滅させたのだと聞かされたのだ。
既婚者の女性を中心に、殺して回っているらしい。左手の薬指を斬り取っていくこともあるそうだ。
以前、雅の家の近くで、般若のお面を被ったレイパーが同じように女性を殺していた事件があり、レーゼはそれを思い出す。
この性質はどうやら、お面の嗜好なのかもしれないと、レーゼは推測した。
さらに悪いことに、街の東側では別のレイパーも出ていると言う。
「二体のレイパーに対処しつつ、住民を避難させるのがやっとという状況で……ノストラウラに応援を要請し、助けにも来て頂いたのですが、それでもこの有様で……」
「おぉぅ……」
思わず、レーゼからそんな声が漏れる。
ノストラウラもレイパーの被害でてんやわんやという状況だったのにも拘わらず、それでも何とか人員をやりくりして応援を出したのだろう。それが素直に「流石だ」と思ったのだ。
「竜のレイパーは、今現在、北西でバスター五人が対処中。東にいるレイパーは、三人で対処。他の職員十五名で住民の避難誘導をしています。しかし、どこも人手が足りない」
「やけに避難誘導が遅れているようだけど、何かあったんすか?」
葛城が来てから丸一日以上経っているはずだ。それでも避難誘導に人員を割かなければならないというのが、伊織には妙に引っ掛かった。
「実は、時々別のレイパーが出現して、それで混乱が起きているんですよ。今までこんなに立て続けにレイパーが来ることなんて無かったのですが……」
バスター署長は頭を抱え、悲鳴のような声を振り絞る。新たに現れたレイパーは、一体につき三人以上で対処しなければ倒せない程には強力だった。
「やって来るレイパーは何とか倒せているのですが、今話をした二体が特に強力で……それにしても、本当なのですか? 人間がレイパーに変身するというのは……」
人工レイパーについて、話を聞かされていたバスター署長だが、それでも信じられない……否、信じたくないという目をしていた。無理も無い。レーゼも、久世に言われるまでは同じ気持ちだった。
「はい。最も、今暴れている葛城という人間については、ちょっとややこしい事情がありますが……。犯人はこちらの国の人間でして本当に、申し訳ありません」
頭を下げる伊織。その口調に、いつものような粗暴な雰囲気は無い。
バスター署長は難しい顔になり……しかし、力なく首を横に振る。
「気にしないで下さい、とは言えませんが、さりとて責めることも出来ません。とにかく、この事態を共に何とかしましょう」
と、その時だ。
バスター署長の眉がピクリと動く。通話の魔法により、現場で戦う部下から連絡が来たのだ。
「ちょっと失礼。――私だ。どうした? ……何っ?」
バスター署長の顔が強張る。のっぴきならない状況なのだと言うことは、レーゼと伊織にもすぐに分かった。
「ぐ……いや、こっちにも援軍が来た! 今そっちに向かってもらう! それまで何とか持ちこたえろ!」
そう叫び、通話の魔法を切るバスター署長。
そしてすぐに、地図を取り出す。
「今、部下から連絡がありました。街の東側でレイパーと交戦していたバスターからです。交戦中、カバを人型にしたようなレイパーが出現したとのことでした」
「もう一体現れたっ?」
「ええ。それまでは何とか互角だったようですが、一気に劣勢に……。その後、カバの方は、街の北側へと逃走したとのことです。来て早々すみませんが――」
「ええ!」
言うが早いか、レーゼはULフォンを操作し始める。
慣れた手つきで雅に電話をかけ、そして、
『私です、雅です!』
「ミヤビっ! 思っていたよりも状況がヤバいわ! レイパー討伐と、避難誘導、どっちも手が足りないの! 今こっちにいるレイパーは、クズシロ含めて三体よ! すぐに動いて頂戴! 敵がいる場所と、避難所は――」
「レイパーの場所はこことここ、あとこの辺りです! それに、避難所はここ!」
バスター署長が地図を指差すと、伊織がULフォンの地図機能を操作し始める。
それをチラリと横目で見ると、
「今から伊織が位置情報を送るわ! メンバー選出はそっちに任せる! こっちは街の北側に向かうわ!」
雅に話をしながらも、レーゼは動いていた。
指示を出しながら、勢いよくバスター署の外に出るレーゼ。
『分かりました! じゃあ――』
「待ちなさい!」
通話を切ろうとする雅を、レーゼは止め、空を仰ぐ。
見ているだけで気が滅入り、息苦しくなりそうな、重苦しい鈍色の雲。
レーゼは苦い顔をさらに歪めてから、口を開いた。
「そろそろ雨が降りそうよ! 濡れたら地面が滑りやすくなるから、充分注意しなさい!」
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