季節イベント『軟派』
二二一九年、七月十日。午前十一時二十四分。
ここは新潟駅近くにある、大型のショッピングモール。
雅と優……当時中学二年生だった二人は、一緒に遊びに来ていた。
「おまたせ、みーちゃ……あれ?」
お手洗いから戻って来た優だが、辺りを見回しながら、眉を寄せる。
雅がいないのだ。ここまでは、確かに一緒にいたはずなのだが。
すると、
「えー? そうなんですか? ふふっ、すごいです! こんなに凝っているのに、意外と時間が掛からないんですねぇ!」
聞きなれた親友の声が聞こえ、途端、優の顔が、ちょっと怖い笑顔になる。
ゆっくりと振り向き、
「あ、あいつ……」
思わずそんな言葉が漏れる優。
そこには、雅がネイルショップにいる女性――見た目からして、三十代だろう――と楽しそうに話をする姿があった。
雅の声がやたらと甘ったるい。こういう時は大体、雅が女性をナンパしている時である。――巧妙なセクハラ付きで。
雅が女性の手を握りながら話をしているというのがその証拠。大方、ネイルを見せて欲しい等と言って、合法的に触っているのだろう。
女性の方も、雅と話していて楽しそうな感じなのが小憎たらしい。
「おい」
見ていたらイライラしてきて、ズカズカと雅に近づくと、怒りの感情を隠そうともせずに声を掛ける。
「あ、はい? ……あ、さがみん!」
「なーにが『あ、さがみん!』よ! ベタベタベタベタと……ちょっと目を離した隙にあんたねぇ!」
「いや、これは本当に偶然偶々ついうっかり――」
「もう知らない!」
「え、ちょ――」
適当な事を言って誤魔化し始めた雅に腹を立てた優は、雅が制止する言葉も聞かず、早足でその場を立ち去ってしまった。
***
あの女癖の悪さは、どうにかならないものか。
優の頭の中で浮かび上がる雅への愚痴や文句を、一言で纏めるならば、これに尽きる。
今に始まったことでは無いが、呆れるだけで終わらすのにも限度がある。
(全く……私と遊びに来ているのに、他の女に現を抜かすなんて……)
優がそう思うのも、無理からぬこと。
イライラした気持ちを抱えたまま、ショッピングモールの外を、優はうろつく。
どこへ向かおうという考えは無い。足が勝手に動くのだ。
すると、
「ねぇねぇそこの君、ちょっといいかな?」
後ろから、そんな声が聞こえる。
どうにも、自分に向けたもののようで、優は怪訝そうな顔で、そちらを振り返る。
「……は? 私?」
「そっそ。君だよ君。暇なら、お茶でもどうかな?」
「おぉぅ……」
思わず声が漏れる。
まさか自分がナンパされるとは……心の中で、苦い顔になる優。
彼は中々に整った顔立ちだ。充分にイケメンな部類と言えるだろう。
ただ、外見だけでときめくほど、優の心は安くは無い。
「あー……すみません、そういうのはちょっと」
「えー? いいじゃん? 退屈させないからさ」
適当に流そうとするも、食い下がる男。
だがその瞬間、優の目が鋭く光る。
大方、一人でほっつき歩いている優をナンパしようと近づいたのだろうが……今は絶望的にタイミングが悪い。
思わず自身の弓型アーツ『霞』を出して脅かしてやろうかと思ってしまう程に、今の優は機嫌が悪かったのだから。
男は何やら色々と言ってくるが、湧き上がる自分のイライラを押さえることに必死な優には、全て逆効果。
「だからさ、いいっしょ? ほらほら――」
「あの――」
きつめに文句を言ってやろうかと、声を上げた、その時だ。
「はい、そこまでですよー! すみませんねー、この子、私のなので、横入りはノーセンキューでお願いします!」
優と男の間にスルリと割り込んでそう言い放ったのは、桃色のボブカットの少女。
雅であった。
「ちょ、みーちゃんっ?」
「お、何々? 彼女のお友達? だったら、君も一緒に――」
「ごめんなさい! 私達、これから用事ありますから!」
「えー? そんなこと言わずに――」
「興味ありません! ごめんなさいっ!」
男に笑顔でそう言うと、雅は呆気に取られる優の腕に自分の腕を絡ませ、そのまま早足でその場を立ち去る。
後に残された男は、ポカンと口を開けたまま、その場を動けないのであった。
***
「さがみん、大丈夫ですか?」
男から充分離れたところで、雅がこっそり、そう聞いてくる。
「別に何かされたわけじゃないし……まぁ、ありがと。それより、何でここが?」
「GPSに決まっているじゃないですか。それより、さっきはごめんなさい! 折角さがみんと一緒に遊びに来ているのに、ほっぽらかすような真似しちゃって……」
「まぁ、いいわ。もうそんなに怒っていないし」
図らずとも雅に助けられ、腕を組んで一緒に歩いていたら、意外なことにイライラも治まって来た優。
過ぎてしまえば、何をつまらないことで怒っていたのかと思う程だ。
そんな自分が滑稽で、思わずクスリとしてしまい、釣られて雅もクスクスと笑いだす。
「ふふふ。お詫びに、昼食一回でどうですか?」
「別にいいわよ、そんなの。まぁ、でもそろそろ昼時か。近くに安くて美味しいお店があるし、そこ行こうよ」
「あ、多分そこ、知ってます! この間愛理ちゃんが勧めてくれたお店なんです。いいですねー、実は行ってみたかったんですよ」
と、そんな時、
「あ、電話だ。ちょっと失礼します」
「ん? はいよー」
「あ、由美さんですかぁ? ええ、ええ……ええっ! いいですよ! じゃあ、私の家の住所教えますね!」
その会話に、優は怪訝そうな顔になる。
聞いたことのない名前だ。雅の声に、どことなく興奮の色がある。
「……ん?」
すぐに、ピンと来た。
その後も色々話を済ませ、通話を切ったタイミングで、優は、努めて冷静に口を開く。
「みーちゃん、今のってもしかして、さっきの女の人?」
自分でも驚く程、いつも通りの声が出た。ちょっと自分を褒めてやりたいと思った優。
「ええ、そうです! さっきのネイルショップの人で、実は来週、うちで一緒にお泊り会をすることに――あっ!」
笑顔で言いかけて、途中で「あ、ヤベっ」と言わんばかりに言葉を止める雅だが、時既に遅し。
優が、笑顔で青筋を浮かべていた。
ゴゴゴ……という音が、背中から聞こえてくる。幻聴だろうが、やたらとリアルで、実に恐怖を掻き立てた。
初対面の女性を口説いて家に連れ込めるそのナンパ技術は褒められるべきか否か……今は後者であろう。
「みーちゃん?」
「あ、いや違うんですよさがみん、これはですね、さがみんに叱られる前に約束したとことと言うか――」
「頭」
「はい?」
「頭、出せ」
「……はい」
ダラダラと冷や汗を流す雅は、観念して、言われた通りに頭を垂れる。
刹那、優の拳骨が直撃した。
昼食に追加でケーキ一回奢り……それでようやく、優の機嫌が直るのだった。
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