第248話『偽装』
「あぁ、間違いない。村を襲った化け物は、こいつだ」
アサシン種レイパーを倒してから、ライナ達と近くの村で合流した優、愛理、セリスティアの三人。
ULフォンで録画しておいた戦闘映像を見せたところ、村長はそう断言する。
「お面が無いのが気になるが……だが、奴が倒されたのなら、もう怯える必要は無いんだな。本当に、ありがとう」
「いえいえっ、こちらこそ、あの時助けて頂いてありがとうございました。腕はこっちで治療されたと伺いましたけど、どんな具合ですか?」
頭を下げる村長に、優がややあたふたしながらも、包帯が巻かれた彼の腕を見ながらそう尋ねる。
「処置が早かったから、命に別状はないそうだ。まだ少し、痺れたような感覚は残っているが……命拾いしたよ、本当に」
そう言って、小さく笑みを浮かべる村長。
「あの、聞きたいんですけど……あのレイパーが被っていたお面って、こんな感じでした?」
「……あぁ、そうだ。この不気味なお面だ」
優がULフォンを操作して写真を空中に映し出と、村長は苦い顔で頷く。
姥の面……雅達が以前、ワルトリア峡谷で遭遇した、悲しそうな顔をしたお婆さんのお面の写真である。
ワルトリア峡谷で殺された被害者は、ヨボヨボなお婆さんのような顔にされていた。今回の村の被害者も、顔をズタズタにされる前は、老けたような顔になっていたと言っていたので、こいつの仕業では無いかと思ったのだ。
「あー……ところで君達は、確か異世界の人だったかな? 珍しい髪色と名前だと思ったが」
余程お面を見たくなかったのか、露骨に話題を変える村長。
「ええ、日本という国の、新潟からやって来ました。そう言えば、こちらでは黒髪って珍しいんでしたっけ?」
いつだったか、雅から何気無く聞かされた異世界の事情の話を思い出しながら、優はそう答える。
すると、
「あぁ。ならば、今日の午前中来た男性も、君達の知り合いかい?」
思いもかけない質問に、思わず「えっ?」と目を丸くする優。
優達がノストラウラにやって来たのは今日の昼。それ以前から、こちらに来ている仲間はいない。
その時、優の脳内に電流が走った。
「あの……もしかして、こんな人でした?」
優は、レーゼから送られてきた写真を見せる。
そこに映っていたのは、ノストラウラでサルモコカイアを採取していた男。
葛城の部下だ。
そして、
「おぉ、そうそう! この人だ! いや、私達が村の様子を見に行った時、脇道から走って出ていくのが見えたんだ。黒髪だったから覚えていた。彼が、君達を助けに呼んでくれたのかと思ったんだが……」
村長の言葉に、優は無言で首を横に振る。
その後も話を聞いたものの、それ以上の情報は無かった。
頭の中は疑問で一杯になり、村長達がいなくなった後、優は困った顔で後ろを振り向く。
「愛理、どう思う? なんでこの人、あの村に来ていたんだろう?」
「いや、私にもさっぱり……」
二人揃って、首を傾げる。
すると、
「……そう言えば、妙ですね」
ライナが、顎に手をやりながら、ボソリとそう呟く。
「妙?」
「ええ。殺された女性の顔ですけど、ズタズタに斬り裂かれていたのに、毒で腐食していた様子が全くありませんでした。あそこまで徹底的にやられているなら、もっとひどい有様になっていたはずです。あのレイパー、毒の付いた武器を使っていたんでしょう?」
「あの死体はあまり直視出来なかったが……言われてみれば、そうだったかもしれない。……む? まてよ? では、なんだ? つまり、死体の顔を傷つけたのは、別の何者かということか? まさか、葛城の部下の仕業だと? まぁ確かに、彼はサルモコカイアを採取する用のナイフを持っていましたが……」
愛理の言葉に、ライナはコクンと頷く。
すると、
「街を壊したのも、あのレイパーじゃねえよな? そこまで攻撃力のある技があるなら、俺達との戦いで使っていたはずだ。こっちも、この男の仕業なんじゃねーか? クズシロの部下なら、人工レイパーに変身出来るはずだ。不可能じゃねぇ」
三人の会話に、セリスティアが入って来た。
彼女の発言を聞いた優は、眉を寄せて口を開く。
「葛城の部下が、偽装したってことですか? あの村の悲劇が、あのアサシンみたいなレイパーだと思われたくなかった? でも、なんで?」
優の言葉に、他の三人は唸るような顔になる。
いくら考えても、理由が分からない。
だがしばらくして、
「――いや、まて。逆か?」
愛理は軽く目を見開き、そう呟く。
「逆?」
「女性を殺して回っていたのが、別のレイパーだと思わせたかったのではないでしょうか? もっと言えば、お面に憑りつかれた葛城の仕業に見せかけたかったとか」
「え? どういうことですか?」
「葛城は般若のお面に憑りつかれた。束音とマーガロイスさん曰く、あの般若のお面に憑りつかれたレイパーは、女性の顔をズタズタに斬り裂いたそうだ。今回の死体も同じ状態にされていた。理由は、あの村を襲ったのが、般若のお面を着けた葛城だと思わせたかったからでは?」
「いや、アイリ……なんでそんなことを? 理由が分からねぇ」
「多分、ここに我々を滞在させたかったからだと思います。恐らく、久世の指示でしょう」
久世は、雅達がウラに来ていることを知っている。
ならば、他の仲間達もウラに来るのは予想出来たはずだ。
葛城が逃げた方向に向かう、ということも。
久世の目的は、お面。それを見つけ、葛城に装着させるために、雅達を利用した。
だが、そこから先のことはどうか?
それを手に入れる際に、誰かに邪魔されることは極力避けたかったはずである。
「久世はお面を手に入れるまで、私達を足止めする必要があったはずです! だから部下を使って、殺人を偽装させたんですよ! ここに葛城がいると見せかけるために! 他の村でも、同じような事件があったと村長さんが言っていた! きっとそこでも、同じような偽装工作をしていたはずです!」
「そうか! そうすりゃあ、俺達はここでクズシロを探す! しかもクズシロの部下や、あののっぺらぼうの人工レイパーもいるとなりゃあ、対処しねぇ訳にもいかねぇ!」
そう言うことか、と納得したように、セリスティアは目を大きく見開き、そう言う。
「でも、私達があの村に着いたのは偶然よ?」
首を傾げてそう言ったのは、優だ。
「村長は、他の村でも同じような事件があったと言っていた。恐らく葛城の部下は、そこでも女性の死体に傷を付けて回っていたに違いない。ノストラウラで葛城を探せば、いずれどこかの村で、同じような現場に出くわしたはずだ」
愛理の推理はまだ続く。
「それに、もう一つのお面……姥のお面のこともある。さっき戦ったアサシンのようなレイパーは、元々そのお面を着けていたのに、無くなっていた! もしかすると――」
「お面を捕えようとした葛城の部下と交戦して、お面を剥ぎ取れられてしまった?」
愛理の言葉を引き継いだのは、ライナ。
だが、愛理は首を横に振る。
「葛城の部下がお面を奪えたのなら、久世やのっぺらぼうの人工レイパーにすぐに渡すはずだ。それがされていないってことは、逃がしたということだろう」
「あっ、じゃあまだサルモコカイアを探していたのって……」
「あぁ。逃がした姥のお面を呼び寄せるために違いない! その作戦の準備をする時間稼ぎの側面もあったのかも。……問題は、じゃあ葛城は、本当はどこにいるのかということだが……」
「こんな小細工をしておいて、近くにいるとは思えません! クズシロは北に逃げたのは間違いないですから、そっち方面とすると……」
「ウラの一番北……国境の辺りに険しい崖があるんだが、その近くに『ティップラウラ』という小さい街があったはずだ! 多分、そこじゃねぇかっ?」
「まずい……早くティップラウラに向かわないと!」
まんまと久世にしてやられたと、優が拳を握りしめる。
だが、悔やんでいる時間は無い。
「アイリはレーゼ、ユウはミヤビに、このことを連絡してくれ! ライナは念の為、愛理の推理が合っているか、他の村の状況を確認してくれ! アイリはレーゼ、ユウはミヤビに、今の話を伝えろ! 俺は、ティップラウラに向かう足を確保しておく!」
テキパキと指示を飛ばすセリスティアに、三人は頷き、すぐに行動を始めるのだった。
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