第247話『気配』
アサシン種レイパーが姿を消したのと同じタイミングで、セリスティア、愛理、優の三人の体を、白い光が包む。
防御用アーツ『命の(サーヴァルト・)護り手』を発動させたのだ。
命の(サーヴァルト・)護り手には二つのモードがある。発動時間が短い代わりに防御力が高いモードと、防御力が低い代わりに発動時間が長いモード。今は後者の方を使用した。
敵の武器に塗られた毒が厄介な為、少しでも長い時間身を守ろうという考えだ。
さらに、
「お前ら、俺と背中合わせろ! そうすりゃ、背後からの奇襲は防げる!」
「な、成程!」
「背を合わせたら、目の前に集中! とにかくまずは凌ぐぞ!」
「は、はい!」
姿が見えない敵に動揺する二人に、テキパキと指示を飛ばすセリスティア。
何とも頼りになると、愛理と優は舌を巻く。
とは言え、指示を出したセリスティアは、内心でほとほとに困り果てていた。
敵は姿を消す能力と、毒が付いた武器で攻撃してくる。
ここは崩壊した建物や瓦礫等のせいで、ただでさえ敵が身を隠すには打って付けな場所。ナイフや針で奇襲を仕掛けることにも向いている。強力な毒を持っている以上、一発でもモロに喰らってしまえばアウトだ。
本来ならもっと開けた場所に移動して戦いたいところだが、万が一にもライナ達の方へと向かわれては困る。
(地の利は奴にある……。やべぇ、どうすりゃいい……?)
二人には『凌ぐぞ』と言ったものの、いつまでも防戦一方というわけにはいかない。命の(サーヴァルト・)護り手の効果時間は五分。それを過ぎれば、毒を防ぐ手段が無くなってしまう。
どこかで攻めに転じなければならない。
(奴は俺の攻撃が当たった時、姿を現した。まぐれでも何でも、当てられれば何とかなるか……?)
等と考えていた、その時だ。
「……っ! アイリ!」
「えっ? ――いっ?」
刀型アーツ『朧月下』を構え、辺りを警戒していた愛理の腕に何かが命中する。
その衝撃で、思わず刀を吹っ飛ばされてしまった。
「愛理っ? このぉ!」
叫びながら、スナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』を構え、敵がいそうなところへとエネルギー弾を放つが、空しく空を切るのみ。
「ぐっ……針か……!」
腕を抑えながら呻く愛理。
彼女を襲ったのは、毒の塗られた細い針だ。
命の(サーヴァルト・)護り手のお蔭で毒に侵されることは無かったが、それでも強い衝撃で、腕に痺れたような感触が残っていた。
「っ? ユウ!」
「――きゃっ?」
セリスティアが警告を飛ばした直後、優の背中に、何かに斬りつけられたような衝撃が襲う。
「そこかっ!」
セリスティアが爪型アーツ『アングリウス』を振ると、爪先に何かが引っ掛かるような感触が僅かにしたものの、クリーンヒットはしない。
だが、
「っ! ユウ、後ろに跳べ!」
セリスティアの鋭い指示に、優は必死でその通りに動く。
刹那、今まで優がいた場所を、針が通過した
さらに、
「アイリ! 右から来てるぞ!」
「っ?」
咄嗟にその場を跳び退く愛理。そのすぐ横を、何かが通り抜けた感じがして、彼女は顔を強張らせる。
そして、
「おらぁっ!」
セリスティアがアングリウスを振ると、高い音と共に、空へと何かが弾き飛ばされる。レイパーの投げた針だった。
そこで、優と愛理は確信する。
セリスティアは敵の攻撃が読めるのだ、と。
(んだよ、最初は焦ったが……案外、分かるもんじゃねぇか!)
姿が見えないだけで、存在はあるのだ。針を飛ばしたり、ナイフを振ったりする動作をすれば、空気が揺れる。
経験則から、セリスティアはそれを感じとっていた。
敵の動きが分かれば、
「アイリ、ユウ! お前ら、そこ動くなよ!」
作戦も思い浮かぶ。
セリスティアは二人にそう叫ぶやいなや、自身のスキル『跳躍強化』を発動する。
脚力を何倍にも上げるこのスキルで、セリスティアは勢いよく地面を蹴った。
地面を水平に跳ぶその動きは、さながら高速移動。
瓦礫等を足場にすれば、移動の方向を変えることも容易だ。
着地と同時に再びスキルを使い、さらにまた次も同じように……縦横無尽に、無茶苦茶に動き回る。
敵に強烈なタックルを仕掛けるつもり……では無い。当たれば儲けものだが、姿が見えない相手に簡単に当たることなど、セリスティアは端から期待していなかった。
目的は、敵の動きを制限すること。
セリスティアが移動するその射線上に、敵はいられないし、迂闊に動けない。
そして、
「アイリっ!」
「……っ!」
動き回る途中、愛理が弾き落された朧月下を、アングリウスの爪で掬い上げ、彼女へと放り投げる。
その瞬間、愛理はセリスティアの本当の作戦を理解する。
刀を受け取り、愛理と優の視線が交錯。
その僅かなアイコンタクトの直後、愛理は自分の背中へと斬撃を繰り出した。
相変わらず敵の姿は見えない。
だが、セリスティアが何にもぶつからないのであれば、敵がいる場所は自ずと限られる。
そして我武者羅に動き回っているように見えて、セリスティアは愛理の背後だけは、一切通らないようにしていた。
つまり……レイパーは、そこにいるということだ。
「ッ!」
「いたっ!」
何かに当たった手応えの後、レイパーが姿を現したのを見て、作戦が成功したことを確信する愛理。
レイパーは腕を押さえていた。今、愛理が斬ったのはそこだろう。
再び姿を消そうとするレイパーだが、それより早く、愛理の二撃目の斬撃が、横に一閃放たれる。
思わず仰け反ってそれを躱しつつ、完全に姿を消してしまうレイパー。
愛理の口角が、勝利を確信して上がったことに、気が付かない。
次の瞬間、愛理の姿が消える。自身のスキル『空切之舞』を発動したのだ。
このスキルは、敵に攻撃を避けられてしまった際、敵の死角に瞬間移動するというもの。
姿が見えなかろうが関係無い。
愛理が移動したその目の前に、必ず敵はいるのだ。
「そこだ!」
相変わらず見えないが、愛理とて伊達に色んなレイパーと戦ってきた訳では無い。
近くにいるのだと思えば、何となくでも敵の居場所は掴める。
確かな抵抗と共に、刀を振りぬく愛理。
刹那、アサシン種レイパーは姿を現した。黒いローブは背中を斬り裂かれ、くっきりと本体に傷を付けている。
噴き出す緑色の血液。確実にダメージを与えられた証拠だ。
だが、息の根を止めた訳では無い。
レイパーは背中を手で押さえながら振り向き、ナイフを振り上げる。
しかし……一歩遅い。
敵の斬撃が繰り出されるより早く、愛理の刀が振り上げられる。
「ッ?」
切っ先が、正確にナイフの根元を捉え――鋭い音を響かせて弾き飛ばすと、レイパーの眼の赤い光が、驚愕したように強まる。
「ラ、ラタイ……ラガリニラミ!」
捨て台詞を残すように吐き捨てると、愛理に背を向けるレイパー。
逃げるつもりなのだろう。その姿が、スーッと消えていく。
だが、その刹那。
「もう逃がさない!」
「ガァッ?」
レイパーが完全に消えるより早く、白いエネルギー弾が、背中を貫く。
人間で言えば、丁度、心臓がある部分を。
レイパーが振り向けば、そこには優が、ガーデンズ・ガーディアの銃口を向けていたのが見えた。
スキル『死角強打』により、視認していない攻撃の威力が上げられた一発。
致命傷を与えるには、十分な一撃だ。
血がドクドクと溢れるところを手で押さえながら、体を大きく震わせ、そして――アサシン種レイパーは、爆発四散するのだった。
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