第246話『殺屋』
「何?」
優は、足音が聞こえてきた方に顔を向ける。
だが……そこには誰もいない。
「……気のせいかな?」
「いえ、私も聞こえました。何かがいるのは、間違いありません」
そう断言したのは、ライナ。
彼女の顔は、険しい。
隠密行動専門のヒドゥン・バスターであるライナだからこそ、分かる。今聞こえてきた音は、明らかに気配を殺しながら歩く者の足音だ。ただものでは無い。
「皆さん、ここを――」
と、ライナが言いかけた、その時。
「――っ!」
「きゃっ?」
村長が突然、優を突き飛ばす。
「ちょ、ちょっと、何を……っ?」
尻餅を付いた優が上げた抗議の声は、最後まで発せられることは無い。
何故なら、
「ぐ……ぅ……」
「村長さんっ?」
村長は蹲り、苦しそうな呻き声を上げていたからだ。
右腕からは血がドクドクと流れている。
「お、おい! どうしたっ? 何があったんだっ?」
「や、奴だ……村を襲った奴が、そこに……」
村長は震える腕を伸ばし、自分の右側の方向を指差す。
そこには誰もいない。
だがこの村長の様子を見れば、彼の言っていることが嘘ではないのは明らかだ。
「そこの嬢ちゃんに、針みたいなものを飛ばそうとしているのが見えて、それで……」
「待て、あんま喋んな! やべぇ……こいつは毒だ! 早く治療しねぇと!」
村長の腕の傷口が、明らかに紫に変色しているのを見たセリスティアの顔が、ひどく強張る。
「私が別の村まで連れていきます! 案内してください!」
「あ、あぁ! 分かった!」
村民の男性にそう声を掛け、負傷した村長を担ぐと、ライナ達はその場を離れていく。
後に残ったのは、愛理、優、セリスティアの三人だけ。
優の左薬指と、愛理の右薬指に嵌った指輪が輝き、二人の手にアーツが出現する。
優の手には、白いスナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』。
愛理の手には、メカメカしい見た目をした、刀身が一メートル程もある刀型アーツ『朧月下』だ。
セリスティアの両腕にある小手も円盤状に大きく変化し、銀色の爪が生えてくる。爪型アーツ『アングリウス』である。
「気を付けろ二人とも! 何かいるぞ!」
「何かって……でも、見えませんよっ?」
「村長さんは、村を襲った奴だって言っていたけど……全然気配が無い!」
会話をしつつも、辺りにしきりに見回す三人。
愛理と優の言う通り、近くにいるはずの敵は、どこにもいない。聞こえてきた足音でさえも、もうしない。
「もしかして、私達を無視して、システィア達を追ったのでは――」
「アイリっ!」
「っ!」
中々姿を見せない敵に、ふとそんなことを思ってしまった愛理へ、セリスティアが警告を飛ばしたその時。
空気を切り裂き、何かが迫る気配を感じて、愛理はその場を跳び退く。
パラリと、愛理の三つ編みの毛が数本切れ落ち、地面にハラリと落ちる。
「愛理! 大丈夫っ?」
「あぁ! だが……」
そう言って、愛理は自分の三つ編みをチラリと見る。
切られたところが、チリチリと焦げたようになっており、嫌な臭いもした。
「多分、毒を塗ったナイフか何かを持っている! まともに喰らったらおしまいだ!」
「ちぃ! 面倒な……!」
姿が見えず、しかも毒を持った敵となれば、厄介なことこの上無い。
「お前ら、念のために――っ?」
不意打ちによる即死だけは防げと指示を飛ばそうとしたところで、セリスティアは不意に、近くに迫っていた何かの気配を察知し、右腕を上げる。
直後、甲高い音と共に、何かがアングリウスの爪にぶつかる衝撃が走る。
姿は見えないが、感触からして、愛理の言っていた『毒の付いたナイフ』だと直感するセリスティア。
ならば、だ。
「にゃろう……姿見せろオラァッ!」
そのナイフを持った奴が、そこにいるということ。
セリスティアは反対の腕を思いっきり、敵がいると思われる方向へと振り上げる。
そして――
「捕えたっ!」
アングリウスの爪が、何かにぶつかり、吹っ飛ばす。
刹那、空間が僅かに揺らめき……三人を襲う、その『敵』が姿を見せる。
「何あれ? ……フード?」
「……システィアの表現が正しかったか。まるでアサシンだな」
現れたのは、身長ニメートル弱程の人型のレイパー。
優と愛理の言葉通り、まるでアサシンのような姿をしている。フードとコートで全身を覆っているが、赤く光る眼と口元だけは露わになっていた。
そんな眼や口の周りには、僅かだが骨が見える。こいつの頭部は頭蓋骨のような感じに違いないと、三人は思った。
分類は『アサシン種レイパー』か。
右手にはナイフ、左手には針が、コートの袖からチラリと見えていた。明らかにこれが、三人を襲った凶器だ。ナイフも針もよく見れば、透明な液体で、表面をコーティングされていた。
だが、
「……妙だな、お面が無いぞ?」
村長は『お面を被っていた』と言っていたが、そんなものはどこにも見当たらない。
すると、レイパーはゆっくりと、口を開く。
「ロタレコレコヘレモキヤボトムトッノ。フマヘルホゴオヘユホヒニカオルダ」
「お前ら、イージス使っとけ! ――来るぞ!」
レイパーの言葉の後に、セリスティアの指示が飛ぶ。
刹那、アサシン種レイパーの姿が、再びスゥーっと消えた。
――まるで、最初からそこにいなかったかのように。
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