第243話『火炎』
よく考えてみれば、当然のことだった。久世の仲間が、ウラにいることなど。
葛城がお面に憑りつかれたのだから、お面を求める久世が、何もアクションを起こさないはずはない。葛城がお面に憑りつかれるよう仕向けたのだから、尚更だ。
嫌な予感がした時、何故、人工種のっぺらぼう科レイパーが来ていると想像出来なかったのか。
レーゼは目の前に現れた、全身黒いタイツを身にまとったような、顔の無い人型の化け物を見て悔やむ。
敵は二体。人間態のまま、レーゼ、希羅々、志愛の三人を相手に出来る男。そして、こののっぺらぼう。
のっぺらぼうの人工レイパーは、頭を動かさぬまま、背後にいる男へと、ジェスチャーで逃げるよう指示をする。
(葛城の部下を襲わない? どうやら、ミカエルの予想は正しかったようね……)
男が黙って頷き、三人に背を向けたのを見て、レーゼは彼とのっぺらぼうの人工レイパーが仲間同士であると確信した。
「マ、待テッ!」
「っ! 駄目よシア!」
逃げる男を、つい追いかけようとしてしまった志愛。
レーゼは警告を飛ばすが、時既に遅し。
「グゥッ?」
自身から意識を逸らしてしまった志愛を、人工レイパーは見逃さない。
素早く彼女の背後に接近すると、背中に膝を打ち込み、吹っ飛ばしてしまう。
攻撃される直前、咄嗟に『命の護り手』を発動させたものの、鉄の棒で貫かれたと錯覚するような痛みに、志愛の口から血が零れる。
人工レイパーは志愛へと飛び掛かり……止めを刺さんと右腕を振り上げた、その瞬間。
「させない!」
レーゼが、人工レイパーの横顔目掛け、剣型アーツ『希望に描く虹』で突き攻撃を放つ。
寸前でレーゼの殺気に気が付いた人工レイパーは、僅かに仰け反りその攻撃を躱すと、体を捻り、レーゼの横腹に肘打ちを入れる。
だが、レーゼは顔を歪めるだけで、志愛程ダメージは受けなかった。
スキル『衣服強化』を発動させ、さらに命の護り手も発動させていたことで、防御力を上げていたからだ。
それでも、重い物を投げつけられたかのような衝撃を感じていたが。
(こいつ……前に戦った時より、力が強くなっているっ?)
人工レイパーが続けて放った回し蹴りや拳の乱打を腕で受け流しながら、レーゼの額に汗が浮かぶ。
スキルと防御用のアーツを使っているにも拘わらず、体に襲いかかる衝撃が重いのだ。
敵の攻撃が一瞬止まった隙を見計らい、回転斬りを繰り出すが、人工レイパーはバク転してそれを躱してしまう。
すると、
「こっちにもいますわよっ!」
希羅々が、人工レイパーの背後から、レイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』による突きを放った。
狙いは、背中のど真ん中。
空気を裂くようにして向かっていく、レイピアのポイント。
人工レイパーは体を傾け、その突きを回避する。後ろに目がついているのかと思う程、悠々とした動きだ。
人工レイパーは、攻撃してきた希羅々に反撃しようとするが、
「こっちよ!」
不意にレーゼの声が轟き、間髪入れずに、剣の刃が顔面へと迫る。
希羅々が気を逸らした隙にレーゼが接近し、アッパーのような斬撃を繰り出していたのだ。
人工レイパーは体を後ろに逸らしてその攻撃を躱し、続けて放たれるであろう攻撃を警戒するが……何故か、レーゼの気配が遠ざかる。
彼女がバックステップで、人工レイパーと距離を取っていた。
レーゼがそんな行動をとった理由を知ったのは――上空から、空気を切り裂いて何かが迫って来る気配を感じた時だ。
巨大なレイピアが、人工レイパーへと落下してきていた。
これは希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』による攻撃だ。巨大なレイピアを呼び出し、敵を貫く必殺の一撃である。
人工レイパーの意識が自分からレーゼに移ったと分かった希羅々は、一気に敵と距離をとり、このスキルで仕留めようと構えていた。
その意図を悟ったレーゼが、希羅々に合わせたというわけだ。
「これで止めですわっ!」
希羅々の声が、轟いた。
***
一方、木陰で息を潜めていたミカエルはというと、赤い宝石のついた、節くれだった白いスタッフ『限界無き夢』を人工レイパーに構えながら、レーゼ達を援護する構えを取っていた。
最初こそレーゼの指示に不満を覚えていたミカエルだが、今はレーゼの判断が正しかったのだと理解していた。
素晴らしい危機察知能力だとレーゼに感心する一方で、現れた人工種のっぺらぼう科レイパーの身体能力に舌を巻く。
希羅々が必殺スキルを放ち、これで勝負が決まったと思った。
だが――すぐに、ミカエルは目を見開く。希羅々やレーゼの驚愕の声も聞こえた。
人工レイパーは、迫る巨大なレイピアを見ると、その側面に跳び乗ったのだ。
そのまま空まで駆け上る人工レイパーを、魔法で撃ち抜こうとしたミカエルだが、焦る気持ちを必死で押し留める。
志愛が吹っ飛ばされた時や、レーゼと希羅々が敵と戦っている時など、何度か援護しようという気持ちが顔を出したが、それもグッと堪えていたミカエル。
敵の動きは機敏だ。魔法による奇襲攻撃も、簡単に回避されると直感していた。下手をすれば、却って味方の動きを邪魔しかねないとも思ったのだ。
(敵は、多分私には気が付いていない。なら、最初の一発が勝負……!)
巨大レイピアを駆けのぼる人工レイパーだが、いつかは飛び降りる時が必ず来るはずだ。
その時が、魔法を当てるチャンス。
息を殺し、魔力を集中させ、ミカエルは必死に我慢する。
そして、ついにその時がやって来た――のだが、
「っ?」
人工種のっぺらぼう科レイパーの顔に、火男のお面が現れたのを見て、ミカエルは驚愕で魔法を撃ち損ねてしまう。
地上にいるレーゼ達も、驚いていた。
この火男のお面は、以前新潟で、のっぺらぼうの人工レイパーが体内に取り込んでいたもの。
それが表に出てくるとは、全く想像もしていなかった。
火男のお面の口から、炎が噴き出る。
火炎放射だ。
このお面を前に被っていたピエロ種レイパーも火炎放射を放って攻撃してきたが、今回放たれた火炎放射は、地上にいるレーゼ、希羅々、志愛の三人を纏めて焼きつくせる程の、極めて強力なもの。
「権さんは私が! お逃げなさい!」
「っ!」
希羅々の切羽詰まったような声が響き、レーゼが躊躇うような顔をしながらも、すぐに言う通りにする姿が、ミカエルは見えた。
レーゼが全力疾走し、跳び伏せて炎の攻撃範囲から逃れ、
「キ、桔梗院っ?」
「あぐぅぁっ?」
希羅々が命の護り手を使いつつ、志愛を抱いて炎から守る。
防御用アーツのお蔭で火傷することこそ無いが、熱による痛みは完全には防げない。
何という威力か。
――勝てない。
今の火炎放射を見て、ミカエルは、瞬時にそう理解する。
ならば、打つ手は一つしかない。
空中を落ちる人工レイパーに向けていた杖を、すぐにその下の地面へと向け、火球を放つ。
出来上がったクレーターの中心に着地する、人工レイパー。
刹那、大量の白い煙が、辺りを覆った。
「レーゼちゃん! しんがりは私が!」
「くっ……ごめん、ミカエル!」
レーゼに駆け寄り、ミカエルは杖を構えたまま、レーゼにそう叫ぶ。
そして、
「二人とも! 逃げるわよ! 私の肩に!」
「ス、すみませン……桔梗院、しっかりしロ!」
「くっ……」
満身創痍の志愛と希羅々を抱え、その場を逃げ出すレーゼ。
ミカエルは杖を振って、分厚い炎の壁を創り出すと、その跡を追うのであった。
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