第241話『採取』
八月二十六日日曜日。午後四時二十二分。
ここはノストラウラ。ウラの北部にある街だ。雅達が葛城と戦った荒野から、一時間程北上すると見えてくる。
ウラの中では田舎よりの街で、砂漠や荒野等が広がる南側と比べると、北側は自然が見える。ノストラウラは、林や草原の間に、村が点在しているのが特徴と言えだ。
エントラウラから物資が入って来ることや、ウラでも比較的過ごしやすい気候のためか、割と快適に生活が出来る。ウラの金持ちが、別荘を建てる候補地として挙げる程だ。
そんなノストラウラの林に、列を組んで歩く四人の少女の姿があった。
先頭の青髪ロングの、腰に剣を下げた少女は、レーゼ・マーガロイス。
ツーサイドアップの髪型をした、ツリ目の少女は、権志愛。
ゆるふわ茶髪ロングの娘は、桔梗院希羅々。
そしてしんがりには、金髪ロングで、白衣とローブを合わせたようなデザインの服を纏う女性の姿がある。ミカエル・アストラムだ。
ここにはいないが、優やライナ、セリスティアや愛理も、ノストラウラにいる。
今日の昼下がりに、彼女達はウラへと到着していた。
当初はエントラウラで雅達と合流する予定だったのだが、葛城の一件があり、彼が向かったと思われるノストラウラに、レーゼ達が先行でやって来たという訳である。
現在、二手に別れて捜索中だ。
そんな中、
「はぁ……はぁ……」
「ミ、ミカエル。やっぱり休んだ方が……」
「ええ。もう捜索開始から二時間近く歩きっぱなしですし、そうしませんこと?」
先端に赤い宝石のある、節くれだった白いスタッフを杖にしながら、息を切らせるミカエルに、レーゼと希羅々はおずおずとそう提案する。
志愛も口には出さないが、『その方が良いのでは』と言う顔をしていた。
魔法使いであるミカエルは、近接戦闘がメインのレーゼ達と比べると、どうしても体力的に劣ってしまう。どことは言わないが、重量のある物体を二つも体にぶら下げているのだから、尚更だ。
しかし、ミカエルは首を横に振る。
「わ、私が足を引っ張るわけには……これくらい、平気よ」
明らかに無理をしている声。
このやりとりも、既に三度目。年長者が足手纏いになる訳にはいかないという責任感が、ミカエルに『休む』という選択を選ばせない。
頑張ろうという熱意は伝わってくるだけに、誰も強く言えないのが困ったところだ。
うぅむ、と唸るレーゼ。これではいざ敵を見つけても、満足には戦えないかもしれない。どう考えても、少し休憩を挟んだ方が合理的だ。
しかし、どう言えば、ミカエルは素直に休んでくれるだろうか? この場にミカエルの弟子、ノルンがいれば、きっと上手いこと丸め込めただろう。不在なのが悔やまれる。
一人で悩んでいると、
「……体力的なことを抜きにしてモ、一度ここら辺で立ち止まった方が良いでス。ずっと探しているけド、葛城は見つからなイ。捜索方法を練り直した方が良いと思いまス」
「え、ええ。そうですわね。そうしましょう。マーガロイスさんとアストラムさんも、そうしませんこと?」
志愛の言葉の真意を理解し、希羅々がさかさず同意する。
ミカエルは二人の顔を交互に見て、何か言おうと口を開きかけたが……善意から気を使われていることは理解していたため、反論が出来ない。
一瞬口をもごつかせてから、「分かったわ」と了承した。
「シア、ありがとう。助かったわ」
「いエ。ミカエルさんが提案を受け入れてくれテ、ホッとしましタ」
近くの木陰に向かう途中、レーゼが志愛にこっそりお礼を言うと、彼女は小さくウインクをしてからそう返すのだった。
***
そして捜索方法再検討という名の休憩も終わり、再び歩き出すこと一時間。
「…………」
木陰に身を潜めながら、レーゼ達は怪訝な顔をしていた。
彼女達の視線の先には、地面にポツポツと生える笹のような植物と――日本人男性の姿。
ほぼ間違いない。葛城の最後の部下だ。
葛城は、ウラに二人の部下を連れてやって来ていた。今目の前にいる彼は、葛城のパワーアップに必要な『サルモコカイア』という植物の採取を担当している男である。
葛城もそうだが、彼も放っておくことは出来ない。見つけたら捕まえるつもりだったレーゼ達。
しかし、
「ねぇ。どういうこと? 何であの男は、まだ採取活動をしているの?」
困惑の色が強いレーゼの言葉。
彼女の言葉の通り、男は地面に生えたサルモコカイアを集めている様子だ。大きめのナイフで、サルモコカイアの根元を刈り取っている。
葛城は、あのサルモコカイアの隠された効果により、般若のお面に憑りつかれてしまった。
もう、サルモコカイアを採取する必要は無いはずなのだ。
「葛城がこんな状態になっていることを、彼はまだ知らないのではありませんか? ここから荒野まで遠いですし、状況を把握出来ていないのかも……」
「依頼主とハ、連絡がとれない状況のはずダ。そんな状況デ、今まで通りの活動を続けるとは思えないガ……」
「ねぇ、ふと思ったんだけど……」
男の行動に、頭に『?』を浮かべる希羅々と志愛。その後ろで、ミカエルが顎に手をやりながら口を開く。
「クゼはどうやって、クズシロが裏切ろうとしていることを知ったのかしら? サルモコカイアの廃液を注入したことだって、誰かに教えてもらわなければ、分からないと思わない?」
「……はっ! もしかして、彼が久世と繋がっていたということですの? 裏切りの件や、サルモコカイアを手に入れたことも、全部彼が久世に伝えた?」
「じゃあ、今も彼が採取活動を続けているのは……もしかしてクゼから、そうするよう指示されているから?」
「なんでそんな指示ヲ? ……ッ! まさカ、サルモコカイアをまだ悪用するつもりなのでハ?」
顔を見合わせる四人。
レーゼの右手が、スーッと腰の剣の柄へと伸びる。
「あいつを捕まえるわよ。この予想が正しいか分からないけど……どのみち、あいつを捕えれば全部分かるわ」
レーゼの言葉に、三人はコクンと頷くのだった。
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