第25話『理由』
お待たせ致しました! 第4章、スタートです!
ナランタリア大陸の中辺りを帯のように真横に広がる国、ナリア。ナランタリア大陸で最も小さいこのナリアという国には、大きく分けて二つの都市がある。西にあるウェストナリアと、東のイーストナリアだ。
ウェストナリアは土地の三分の二程を学院が占領している程の学院都市であるが、ではイーストナリアはどうかと聞かれれば、遺跡都市だろう。イーストナリアの中央から東側には、数多の遺跡が存在している。この遺跡見たさに足を運ぶ人が毎年絶えず、観光都市としても有名だ。
雅達はイーストナリアにある遺跡の一つ、ガルティカ遺跡へと向かっている。そこで雅の世界にしかないはずの、アーツを収納するための指輪が落ちており、元の世界とこちらの世界を行き来するための方法が見つかるかもしれないと思った束音雅、ミカエル・アストラム、ファム・パトリオーラ、ノルン・アプリカッツァは訪れてみることにしたのだ。その際、雅は「どうせなら」と考古学者見習いのライナも誘ったため、五人での遠征となっている。
ウェストナリア学院を出発してから、三時間。時刻は午前十一時。
雅達を乗せた馬車は現在、イーストナリアとガルティカ遺跡の間を走っていた。なおこの馬車はウェストナリア学院で乗った馬車とは違う馬車である。二時間前にイーストナリアに到着し、宿泊予定の宿に大きな荷物を置いた後、別の馬車でガルティカ遺跡へと向かっているのだ。
そしてその馬車の中では。
「…………」
「…………」
「…………」
ミカエル、ノルン、ライナの三人の女性が、苦笑いを浮かべていた。
向かい合わせになった三人掛けの椅子に四人が座っている。ファムは今席を外しており、ここにはいない。片方にはミカエルとノルンが、反対側にはライナと――雅が座っている。
そんな雅は、ライナの腕に自分の腕を絡め、ぎゅっと引っ付いてライナの肩に頭を乗せていた。出発してから、長い事こんな調子だ。
「あ、あの……ミヤビさん。暑いのでちょっと離れて欲しいんですけど……」
「えーいいじゃないですかぁ。何ならもっと絡み合いたいくらいですよ私は」
このやりとりも、もう既に何十回か分からない程やっている。
「二週間近くもレイパーと戦わなくて済んでいるのって本当に久しぶりなんですよ。この世界に来てから、もうずっとアドレナリンが出まくりで……やっと落ち着いてきたからなのか、もう人肌が恋しくって仕方ないんです」
こちらの世界に来てから、週一、二体くらいのペースで戦い続けていた雅。元の世界では年に一、二体くらいしかレイパーと遭遇することは無く、全く遭遇しない年も珍しくない。こんなに戦い詰めなのは初めてだ。自分で選んだ道だから後悔はしていないのだが、それでも精神は結構磨り減ってしまう。
普段もそうだが、ストレスがある程度溜まると、雅は人肌を求める癖があった。先日までは立て続けにレイパーと戦っていたから我慢していたものの、最近は姿を見せておらず、多少余裕が出来た事もあって、雅は欲望を解放させていたのだ。
しかし、ライナ達はそんなこと知る由も無い。
抱き付かれているだけで、それ以上の行為はされていないとは言え、長時間に及べばライナだって困る。
特に困るのが、雅の抱きつき方だ。体の柔らかいところを的確に当ててくるのだ。同性が相手だと言うのに、嫌でも淫猥な気持ちにさせられてしまう。
その気持ちを抑えられている理由は、雅の顔がだらしない惚けかたになっているが故である。何故か偶に、突然真顔になる時があるのだが……それでもライナを冷静にさせるには充分だった。
「ミ、ミヤビさん。もし人肌が恋しいのであれば、私に抱き付きませんか?」
流石にずっと抱き付かれたままのライナを不憫に思ったのか、ミカエルがそう提案する。
すると雅の視線は、ミカエル……のダイナマイトわがままボディに自然と吸い込まれてしまう。
「――じゅるり」
「ちょっとミヤビさんっ? 駄目です師匠は渡しません! 師匠も簡単に体なんか差し出さないで下さい!」
「ご、ごめんなさいノルン」
「むぅ……まあ、仕方ないですね」
雅は溜息を吐くと、ようやくライナから離れる。そして「ファムちゃんを探しに行って来ます」と言って、席を立ってその場を立ち去った。
その背中を見て、ライナはホッと安堵の息を漏らす。
「……お疲れ様ですライナさん」
ノルンの言葉にどう返せば良いか分からないライナ。
結局、曖昧な笑みを浮かべるしか出来なかった。
***
「あ、いました」
「んぅ? なんだミヤビか」
どこにいるかと探し回って見れば、ファムは客車の屋根で昼寝をしていた。
雅が来た事に気がつき、今目を覚ました次第である。
「車掌さんに怒られちゃいますよー」
そう言いながらも、雅は辺りを見回してから、窓から身を乗り出して自分も屋根へと登る。
「平気平気。ちょっとだけならバレやしないって」
当然だが、結構な速度で走る馬車の客車の屋根で昼寝は危ない。ファムは『シェル・リヴァーティス』があるから最悪落ちても地面に激突することはないだろうと踏んでのことだ。
なお言うまでも無い事だが、走る馬車から身を乗り出すのはマナー違反。屋根で昼寝などもっての外だ。ただ最近の若い子はあまりこのマナーを守らないのだが。
「こんなところで眠れますか?」
「風が気持ち良くて、意外と快眠出来た。出来ればもっと寝ていたいんだけど……あんまり長居し過ぎるとノルンが怖いかな」
「座席も陽が当たってポカポカ気持ちいいじゃないですか」
「いや目の前でいちゃつかれると惰眠に集中出来ないじゃん」
ファムはジト目を雅に向け、雅は下手な口笛を吹いて顔を背ける。
「……まぁいいや。それより、どうしたの? ミヤビも昼寝……ってわけじゃ無いよね? ライナがキレたから逃げてきた?」
ジト目を止め、ファムはニヤりと笑ってからかうようにそう聞く。
「そんなわけないじゃないですか。ライナさんが困りはじめたようなので退散してきたんです」
「困りはじめたっていうか、最初から困っていたけどね」
「……そこは議論の余地があるとして……退散ついでにファムちゃんを探していたんです。ちょっと聞きたいこともあったから」
「聞きたい事?」
「二つです。でもただの興味本位で聞くだけなので、言い辛かったら無理に言わなくてもいいんですけど……ファムちゃんって、アーツはどこで手に入れたのかなって。私の世界だとアーツって皆が持っているんですけど、こっちの世界だとバスターみたいに限られた人しか持たないじゃないですか」
ファムが最初にアーツを出した時からずっと気になっていたのだが、タイミングが無くて聞けていなかったので、どうせならこの機会に聞こうと思ったのだ。
ファムは若干思案顔をしたものの、すぐに「まあいいか」と呟いて頷く。
「実はこのアーツ、元々は死んだおばあちゃんの物だったんだ。おばあちゃん、バスターだったから。昔はよくおばあちゃんに抱っこされて空を飛んでいて、私なんか『いつか私も自分の力で空を飛びたい』なんて言ってたみたいで……。きっとおばあちゃん、それを覚えていたんだろうね。五年くらい前だったかな? 亡くなる前に、私にくれたんだ」
「じゃあそのアーツ、おばあちゃんの形見なんですね。私の持っている『百花繚乱』も、おばあちゃんから貰ったんですよ。私の場合は形見じゃなくて、中学校の入学祝で買ってもらったものなんですけどね」
そう言って、雅は右手の薬指に嵌った指輪を見せる。
「……ミヤビのおばあちゃんは?」
「二年前くらいに……」
「……そっか。なんかごめん」
「大丈夫です。それより、もう一個聞きたいことなんですけど」
雰囲気がちょっと暗くなりはじめたので、雅は慌てて話題を変える。
「その……どうして今回の旅に着いて来てくれたんですか? ファムちゃん、なんだか面倒臭そうな顔してたから、断られるかもって覚悟していたんですけど……」
「あー……いや、それは……」
聞かれた途端、ファムは言葉を濁して目を逸らす。
しばらく悩むような仕草をしてから、ブンブンと首を横に振った。
「そっちは内緒。それよりそろそろ戻ろう。ノルンに説教されちゃう」
「あ、ちょっとファムちゃんっ?」
そう言って雅の返事も待たずにファムは客車の中に戻ってしまった。
苦笑いを浮かべてから、雅もその後を追う。
速足で先を行くファムの顔は、僅かに赤らんでいた。
彼女がこの旅に同行した理由――それは、きっかけを作ってくれた雅へのお礼だ。
「あ、ファムちゃん! おかえりなさい!」
「もうファムったら。どこへ行っていたの?」
「ん。まあちょっとね」
戻ってきたファムの姿を見つけたミカエルとノルンに明るく声を掛けられ、はにかみながらファムは片手を挙げて呟くようにそう言うのだった。
そしてそれから約一時間後。
雅達を乗せた馬車が、ガルティカ遺跡へと到着した。
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