季節イベント『父贈』
「きゃぁっ!」
薄暗い洞窟の中に響き渡る、少女の声。
ライナ・システィア。当時十四歳。
先程の声は、地面の石に躓き、転んでしまった彼女の悲鳴だ。
ライナは手に持った鎌……アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』を支えに立ち上がり、小さく唸りながら、服に着いた砂を払ってから、落としてしまったランタンを拾い上げる。
「あぁ、もう。また悪い癖が出ちゃった……」
ここは、セントラベルグから西に大きく外れたところにある洞窟。
遥か昔は、ゴブリンやらオーガ、ゴーレムといった魔物がうじゃうじゃいた場所――つまり、ダンジョンだった場所だ。
入口は自然が巧妙に隠しており、ごく一部の人間しか知らない、秘密の場所。
実はライナは、この洞窟の奥にある『あるもの』を求め、ここにやって来ていた。
それは、
「いけない、いけない。ここには観光じゃなくて、父の日のプレゼントの材料探しに来たんだから。でもまさか、こんな場所に巡り合えるなんて」
ライナは自分に言い聞かせるようにそう言いながらも、どこかうっとりとした表情で辺りを見回し――すぐに、ブンブンと雑念を払うように首を振る。
異世界にも父の日というのがあり、ライナは万年筆を贈ろうと思っていた。
ただの万年筆では特別感も無いので、高級なものをと思い、文具屋に行ったのだが、中々父親に合いそうな物が見つからない。
すると、店主がライナに声を掛けてきて、事情を話すと、材料さえあれば、ここにある文具以外の物も作れると言ってきたのだ。
作れる物のラインンアップを見せてもらうと、そこに良い万年筆があるではないか。
ライナは即決し、その材料――ミスリルを求め、ここに来たという訳である。
ミスリルは貴重な鉱石であり、ナイフやら防具やらに使われていたものだ。しかしレイパーが蔓延る世の中になってからは、あまりそういう使い方をされなくなり、今では高級な家具や文具に使われている。
肝心の材料がどこで採れるのかは教えてもらえなかったため、自力で調べ、ここに辿り着いた。
だが、ライナは想像もしていなかったのだが……中は風化しているものの、当時使用されていた跡がきちんと残っていたのだ。
壁には松明を刺すための穴や、魔物の言葉と思わしき文字が彫られており、捕えた獲物を閉じ込めておく牢獄等もある。極めつきは、当時使用されていたであろう武器や防具の残骸等もあった。
遺跡等の古物が好きなライナからすれば、垂涎ものと言って良い。ついつい好奇心が先走り、足元の石が見えなくなってしまっていたのである。
気を引き締めるライナ。こういった場所は観光名所として利用されるものだが、そうなっていないのには、ちゃんと理由があるのだ。ごく一部の人間しか知らされていないのにも、訳がある。
それは……
「おっと!」
ライナが、何かが迫る気配を感じて、その場を跳び退く。
刹那、壁から、巨大なサーベルが倒れてきた。
鈍い音を立てて、地面に刺さるサーベル。刃は錆びついているとは言え、気が付くのが遅かったら、怪我をしていただろう。
サーベルはひとりでに浮き上がると、壁の中へと吸い込まれていく。傷の付いた地面も、あっという間に元通りになった。
ダンジョンの中に仕掛けられている、魔法仕掛けのトラップだ。
昔のダンジョンだが、実はトラップはまだ生きている。
これがあるため、一般公開出来ないのだ。
「おぉ、凄い……。こういうのを作れる魔物がいたってことだよね。どんな魔物だったんだろう? インプかな? いやもっと強いアークインプ?」
壁を見つめながらあれこれ考察を巡らし始めるライナ。
彼女が目的思い出したのは、それから五分後のことであった。
***
そして、入り組んだ洞窟の奥へと進むこと、十分後。
「あっ、まただ」
トラップが発動した時の感じが、何となく分かって来た――壁に魔力が走る感じがあるのだ――ライナ。
特に慌てた様相も見せず、その場を離れた、その時。
「……?」
壁からぬいぐるみが出現した。インプをデフォルメしたようなぬいぐるみである。
それを見たライナは、細く息を吐く。
「い、意外と可愛い……」
つぶらな瞳で、手の平サイズのぬいぐるみだ。そこに魔物のような禍々しさは一切無く、街中で売っていれば、それなりに手に取る人も多そうである。
ぬいぐるみは壁から続々と現れ、地面にずらりと並ぶ。その数、十体。
だが、ライナは忘れていた。これが、トラップで出現したものだと。
「……あれ?」
ぬいぐるみが白い光に包まれるのを見て、何となく嫌な予感がしたライナ。
次の瞬間、
「っ?」
ぬいぐるみの腕がひとりでにライナの方へ向き、突風が放たれる。
(ぬ、ぬいぐるみが、魔法を撃ってきたっ?)
想像以上に風の勢いがあり、油断していたライナは、あっという間に後ろへと吹き飛ばされてしまう。
そして……地面に魔法陣が発生したと思ったら、そこから何かが伸びてきて、ライナの体に纏わりつく。
一体何が……と、ライナが、にゅるっとした嫌な感触を覚えながらもそれを認識すると、顔からサーっと血の気が引いた。
「えっ? うそっ? きゃぁっ!」
触手だ。
真っ黒くて、変な臭いのする粘液を纏った触手が、魔法陣から何本も生え、ライナに絡みついていたのである。
袖や襟元からも触手が入り込み、肉体的、精神的な嫌悪感から、ライナは悲鳴を上げてジタバタもがくのであった。
***
後日、自宅にて。
「はい、お父さん。これ、プレゼント」
「おぉ、そう言えば、今日は父の日か。ありがとう。開けてみてもいいか?」
「うん、勿論」
夕食の後、ライナからプレゼントを渡された父、ジョゼス・システィア。
ラッピングを丁寧に剥がし、中を開け、そこに入っていた万年筆を見て、目を丸くする。
「おぉぅ……ミスリル製の万年筆じゃないか。随分と高級なものを……」
「文具屋さんに作ってもらったの。ほら、知っているでしょ? 裏通りの、あのお店」
「あぁ、あそこか。材料さえ持ち込めば、色々作ってくれるところだな。だが、材料はどうしたんだい?」
ライナがダンジョンに潜り、手に入れたとは知らないジョゼス。
一般に販売されているミスリルは、高価過ぎて、とてもライナが手を出せる物ではない。
だからこそ、そう尋ねたのだが……それを聞いたライナの顔が、固まった。
思い出されるは、あのダンジョンの触手トラップのこと。
ヴァイオラス・デスサイズを我武者羅に振り回し、何とか抜け出したものの、正直あまり思い出したくない。
故に、
「うーん……内緒」
不自然な程に良い笑顔で、ライナはそう言った。
「おいおい、気になるじゃないか」
「駄目だよ、お父さん。それ以上突っ込むのは、デリカシーに欠けるなー」
「えぇ? いいじゃないか。ちょっとくらい」
「お父さん?」
「う、うむ? す、すまない」
何やら得も言えぬ凄みに、本能的に危機を感じたジョゼスは、大人しく引き下がる。
そんな彼の目に、写真立てが飛び込んできた。
そこに映っているのは、生まれたばかりのライナを抱くジョゼスと……妻、つまりはライナの母親。
ふと、ジョゼスは思い出す。
妻も、触れられたくないことを尋ねると、笑顔で威嚇してくることを。
今のライナの笑顔は、それにそっくりだった。
「……全く、困ったところが似たものだな」
「ん? 何か言った?」
「いや、何でも無い。それより万年筆、本当にありがとう」
少し懐かしいような、嬉しいような、そんな気持ちを抱きながら、ジョゼスはそう言うのであった。
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