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第27章閑話

 八月二十五日土曜日、夜九時四十分。


 ウラ北部にある、とある集落。


「はぁ……はぁ……っ!」


 月明り以外の灯りの無い、薄暗い夜道を駆ける、一人の女性の姿がある。歳は三十半ばといったところか。


 頻りに背後を振り向きながら走るその様子からは、どこか明確な目的地があるようには見えない。


 それもそのはず。


 今、彼女は『化け物』から逃げ回っているのだから。


 仕事が終わり、夫や子供の待つ我が家へと帰っていた途中だった女性。


 一通りの少ない道に差し掛かったところで、異様な気配に気が付いた。振り返れば、そこには異形の化け物の影。


 悲鳴を上げ、すぐにその場を逃げ出したのだが、そいつは追いかけて来た。


 脇目もふらずに走り、今に至るという訳である。


 女性の顔は青い。何故なら、自分が向かう先は、行き止まりだと知っているからだ。


 分かっていてこんなところに逃げてきた訳では無い。化け物に捕まらないよう逃げていたら、自然とここへと来てしまった。


 それだけ、この化け物の追い詰め方が巧みだったということだが、それに女性が気付くことは無い。


 そして、


「あ……あぁっ?」


 ついに、逃げる道が無くなってしまった。


 ゆっくりと忍び寄って来る、化け物の気配に震えながら、女性は後ろを振り向く。


「た……助けて……助けてぇっ!」


 そう叫ぶが、周りに人はいない。


 その悲鳴を聞くものは、どこにもいないのだ。


「……っ?」


 闇からゆらりと姿を現す、化け物。


 ずっと影や気配だけの存在だったその化け物の様相を、この時初めて見て、女性は絶句する。


 逃げながら、薄々、自分を追ってくるこの化け物はレイパーだと思っていた。


 だがその姿は、自分が想像していたようなものでは無い。


 そこにいたレイパーは、不気味なお面を着けていた。


 ゆっくりと歩み寄るそのレイパーに、女性の悲鳴も一層大きくなる。


 一切の躊躇なく、女性に迫るレイパー。


 それから程無くして――この女性は、殺された。




 ――そして、その二時間後。


「…………」


 ひっそりと出ていく、お面を着けたレイパー。


 この集落にはもう、命は消えていた。




 ***




「やはり葛城程度では、あのお面の力を制御出来んか」


 高台から、崩壊した街を見下ろす、一人の男。


 久世浩一郎だ。


 頭上にはドローン。この久世は、立体映像だ。


 そして、彼の隣には、


「…………」


 真っ黒い、人型の化け物が立っている。


 以前三条市下田地区でレーゼ達を襲った、のっぺらぼうの人工レイパーだ。


 人工レイパーは表情の無い顔で街を見つめたまま、久世の言葉には何も反応を示さない。


 そんな人工レイパーの方に、久世はチラリと視線を向ける。


「あれを見ると、改めて君の素晴らしさが分かるな。彼とは格が違う」

「…………」

「相変わらず、無口か……。それにしても」


 久世の視線が、再び街へと向けられる。


「制御は出来ずとも、力は充分。暴走はしているが、あの男の煩わしさが消えた今の方が扱いやすそうだ。これならば、計画も問題なく進められるだろう」


 そこまで言ってから、久世は、今度はエントラウラのある方を見る。


「映像越しでははっきりとは分からなかったが、葛城と戦っていた彼女達は恐らく、まだ生きているだろう。あの仲間達も、もうすぐこちらにやって来るに違いない。好都合だ。彼女達にも、我々の計画の助けになってもらうとしよう」

「…………」

「どうした? 大丈夫なのか、と言いたそうだな。構わん。彼女達が本当に煩わしくなったその時は、君が彼女達を始末すれば良い。今はまだ、彼女達にも利用価値がある」


 そう言うと、久世はのっぺらぼうの人工レイパーにいくつか指示を出すと、その場から消えるのだった。




 ***




 そして、久世のアジトにて。


「――さて、仕込みは上々。葛城よ、もう少し役に立ってもらうぞ」


 立体映像での通話を切った後、久世は一人、そう呟いた。

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