第240話『計略』
「よし! 流石にもう倒したでしょ!」
ファムが、吹っ飛ばされた人工種ドラゴン科レイパーを見て、安堵の表情を浮かべる。
ノルンの顔も明るい。罅の入った鱗に、強力な攻撃が直撃したのだ。口にこそ出さないが、ファムと同じ考えだった。
「ふぇぇ……つ、強かったし、怖かった……」
片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』を支えにしながらも、ヘナヘナと座り込む真衣華。何度もパワーアップを繰り返し、どんどん強くなっていった葛城に、何度『もう駄目だ』と思ったことか。
「ははは、大丈夫ですか、真衣華ちゃん? でも、もうちょっと頑張りましょう。葛城を拘束しないとですし。――あれ? シャロンさんに四葉ちゃん、どうしました?」
あちこち痛む体に鞭を打ちながら、真衣華に手を差し伸べる雅。
しかしそこで、険しい顔のままのシャロンと四葉を見て、雅の顔が少し曇る。
二人の目は、人工レイパーが倒れているであろう場所へと向けられていた。
土煙が巻き上がり、そこにいるはずの葛城の姿は確認出来ない。
そこから目を逸らさぬまま、シャロンが口を開く。
「いや、儂も手応えがあったのじゃが……妙だとは思わんか?」
「人工レイパーも、レイパーと同じように、倒したら爆発するんでしょう? 誰か、それを見た?」
シャロンの後に、四葉はそう続ける。
その言葉に、四人はハッとした顔になった。
誰も、その爆発を目撃していない。
それは、つまり――。
皆がその意味に気が付いた、その刹那。
「い……いい気になるなよ、小娘どもめぇ……!」
ガサリ、ガサリと体を引きずりながら、土煙から現れたのは、深紅の鱗に、爪や角、翼を生やした、人型の化け物。
発せられたその声は、背筋を凍らせ、動くことが出来なくなるような、冷たさと威圧感を帯びている。
そいつは、そう。
葛城――人工種ドラゴン科レイパーだった。
全身ボロボロの状態。鱗は大きく損傷しており、その奥がむき出しになっている部分もある。爪や角も欠けているところがあり、翼もひどく傷ついていた。
だが、それでも生きている。
人工レイパーは自分の体を眺めると、小さく舌打ちをしてから、口を開く。
「困りましたねぇ……流石に受けたダメージが大きすぎる……。仕方ありません、一時退散すると致しましょう……!」
「ふざけるなっ! 絶対に逃がしは――っ?」
人工レイパーに飛び掛かろうとした四葉。
しかし、ガクンと膝を付いてしまう。
四葉自身が思っている以上に、彼女の体はダメージが蓄積していたのだ。先程まではアドレナリンのお蔭で動き回れていたが、一度『敵を倒した』と安心してしまったが故に、もう四葉の体は言うことを聞かなくなってしまっていたのである。
そして……
(くっ……マズい! パトリオーラとアプリカッツァは限界! タバネとタチバナも動けぬ!)
まだ動く元気が残っているのは、シャロンだけだ。
四葉は勿論、雅や真衣華も気力はあるようだが、立ち上がるのがやっと。
ファムとノルンに至っては、それすらも厳しい。
(儂一人でやるか? いや、手負いと言えど、奴と戦えるほどの力は……じゃが、ここで逃がすわけにも……)
雅達と人工レイパーを交互に見ながら、逡巡するシャロン。
――その時だ。
「随分な醜態だな。葛城」
不意に、上空から男の声が聞こえ、シャロン達……そして人工レイパーの思考が、一瞬停止する。
この場にいるはずのない人間の声だ。
シャロンに四葉、ファムとノルンの四人は、予想外のことに困惑するだけで済んでいた。
だが、雅と真衣華の二人……そして名前を呼ばれた葛城がフリーズした理由は、予想外だったからだけでは無い。
ドクン、ドクンと、心臓が跳ねる。
この声には、聞き覚えがあった。
雅達が、まるで油の切れた機械のように、ぎこちない動きで空を見上げ――そこにいる人物を見て、ギリっと奥歯を鳴らす。
スーツ姿の、五十代くらいの男性。
そう、彼は――
「く、久世っ? 貴様、何故ここにっ?」
葛城の上ずった声が、辺りに木霊する。
現れたのは、人工レイパーを創った張本人……久世浩一郎。
何故ここに? 一体何時からいたのか? どうして宙に浮いているのか?
一気に疑問が駆け巡るが、すぐに全員、気が付く。
久世の上空を飛ぶ、小型のドローンの存在に。
この久世は、ただの立体映像だ。
本人は、安全なところから語り掛けているだけ。
そんな久世は、葛城の質問に失笑すると、口を開く。
「私がお前の企みに、気が付いていないと思っていたのか?」
「ッ!」
久世の言葉に、葛城の目が大きく見開かれる。
葛城は久世の命令でウラに来ていた。『あるもの』を捕獲するよう、命じられていたのだ。
だが、彼はその指示を遂行しながら、同時に自身をパワーアップさせるための植物、サルモコカイアを探していた。
全ては久世を倒し、自分が人工レイパーのトップの座に君臨するために。戦う力のない久世は、葛城にとって目の上のたんこぶ。上から命令される等、我慢ならないことだったからだ。
そういう事情がある故に、事を慎重に進めていたはずだが……今、このタイミングで現れるのは、葛城には完全に想定外のことだった。
挙句、それが見抜かれていたという等、思ってもみないことである。
だが、そこで……葛城は、ふと思い出す。
これまでの、不自然な出来事を。
「……まさか貴様、私を罠に嵌めたのかっ? 思えば、あの時……四葉と鎌使いの娘がアサミコーポレーションに侵入した時から、何かがおかしくなっていた! 処分したはずの報告書が残っていたり……お前が、ULフォンに細工したのだな!」
「私とライナが侵入した時……? そうかっ!」
四葉が声を上げる。
そもそも、葛城が久世の仲間だと分かったのは、彼の所持していたUlフォンに、その証拠が残っていたからだった。
しかし、その時におかしいと思うべきだったのだ。
滅多に使わないものならともかく、日常的に使用するULフォンに、少し探しただけで見つかるような証拠をわざわざ残すだろうか、ということを。
葛城の言葉が正しいことを証明するように、久世は小さな笑みを浮かべる。
「その通りだ。その浅見の娘がお前の周りを嗅ぎまわっているという情報が入ったからな。これは良い機会だと思ったのだよ」
「私を始末するためにかっ? だが、そう上手くいくものか! 満身創痍の奴らから逃げることくらい、簡単なこと! この傷が治ったら、真っ先に貴様を――」
「何を勘違いしている?」
久世がそう言った、その直後。
「ッ?」
嫌な気配が、この場にいる全員に降り注ぐ。
恐怖を掻き立てるような、そんな気配。だが、どうすればいいのか分からない、強い不安感。
一体何が起きるのか……そう思ったのも、一瞬。
空から何かがやって来た。白くて小さい、何かだ。
見た瞬間に、嫌な気配の主はそれだと悟る雅達。
そして、それが何か分かった瞬間――大きく目を見開いた。
やって来たのは、お面。
以前雅や四葉、レーゼの前に現れた、般若のお面だった。
「あ、あれは……おごッ?」
そのお面は、驚愕で動けなかった葛城……人工種ドラゴン科レイパーの顔に、がっちりと憑りついてしまう。
慌ててお面を剥がそうとする人工レイパーだが、取れない。
呆気に取られる雅達とは対照的に、久世は満足そうな表情を浮かべていた。
「お前の始末等、特に考えていない。私が『良い機会だ』と言ったのは、お前にサルモコカイアを使わせる『良い機会だ』という意味だ。そのお面を手に入れる為に、な」
「ま、まさか貴様っ? あの報告書は……!」
「ああ。お前の野心には気が付いていたから、それとなく情報を提示した。だがお前ときたら、正体バレを恐れ、中々本格的な行動に起こさない。お前の尻に、どう火を点けようかと悩んでいたのだよ」
久世の言葉に、葛城の断末魔のような叫び声が轟く。
自分の心や行動の全てが利用されていた……その事実は、葛城にとって、余りにも耐えがたいことだった。
「お前の自我が無くなる前に、教えておこう。サルモコカイアを煮詰めた際に出る液体には、肉体を強化するだけでなく、魔物をおびき寄せる効果がある。無臭なように感じるかもしれないが、実は竜等の特定の魔物は、甘く、香ばしい匂い……有体に言えば、良い匂いに感じるようだ」
「良い匂い……あっ!」
久世の説明の途中で、雅が大きな声を上げる。
シャロンがウラに来て、雅や伊織、ラティアを見た時、「美味しそうな匂いがする」と言っていたことを思い出したのだ。
雅達はマフィアのアジトを物色しており、その時にサルモコカイアも見つけていた。それを麻薬に加工する現場も確認した。恐らくその時に、現場に残っていた煮汁の香りが服や髪等についてしまったのだろう。
あれは、そういう訳があったのだ。
「サルモコカイアを加工する際に、煮汁は捨てるものだと言われなかったか? もうその理由を知っている人間は数少ないが、そう言った事情があるのだよ。……そして、そのおびき寄せてしまう魔物の中には、一部のレイパーも含まれる。そうだ。今お前が着けている、その般若のお面が、それだ」
「ク、クゼと言ったな! お主、自分の部下を、あのお面をおびき寄せるためだけに利用したというのかっ?」
淡々と語る久世に、戦慄の表情を浮かべるシャロン。
彼女の言葉に、久世は「その通りだ」と即答する。
「お前達のように力のある誰かが、葛城が人工レイパーだという証拠を掴めば、慌てた彼は必ず行動に移す。君達は当然、彼を追うだろうし、戦闘になれば追い詰めるだろう。そうなれば、葛城は危機を脱するために、サルモコカイアの液体を注入すると踏んだのだよ」
「な、何ということを……!」
「そ、そんな……そんなの、酷いよ!」
グっと拳を握りしめるシャロンと真衣華。
だが……久世に意識を向けている余裕は、本当は無かった。
「ね、ねぇ、ヤバいよあれ! 助けた方が良いって!」
「で、でもファム! どうやってっ?」
ファムとノルンの悲痛な声に、シャロンは慌てて視線を久世から人工レイパーへと向ける。
未だもがいている人工レイパーだが、その相貌に変化があった。
ボロボロになっていた鱗は修復され、紅い体に、禍々しい黒い線が、まるで血管のように全身に伸びている。
元々生えていた爪はさらに伸び、形状も鉤爪のようになっていた。
般若のお面に憑りつかれた人工レイパーの口が、大きく開かれる。
我を忘れ、我武者羅に攻撃するのだと分かった者は、この場で久世、ただ一人のみ。
ヤバい――雅達がそう思った、次の瞬間。
巨大な炎のブレスが、雅達に放たれるのだった。
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