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第238話『緋竜』

 葛城――人工種ドラゴン科レイパーが、サルモコカイアの液体を体に注入した瞬間、敵の体から炎が噴き出ると同時に、腕や足が膨れ上がる。


「グルァァァァァァアッ!」


 およそ生き物とは思えないような、おぞましい声。


 それが、空気を震撼させる。


 本能的にヤバいと感じた雅に、竜化したシャロン。だが敵の咆哮に、その場から吹き飛ばされないように堪えるのが精一杯だった。


 戦慄の表情を浮かべる二人の前で、人工レイパーは見る見る内に、姿を変えていく。


 全体的に細身に近かった体は、がっちりとしたものになり、黒かった鱗は、今や緋色に染まっている。


 歪だった頭部も、大分整った形に近づいたが、その眼から発せられる濁った光は、捕えた全てを恐怖に叩き落すような威圧感があった。


 そんな人工レイパーは、自分の姿を見下ろすと、ニヤリと口元を歪ませる。


「ふふ、ふはは……素晴らしい……。これは良き力だぁ……!」


 そこまで呟いた後、ガっと大きく口を開き、翼を広げる。


 その先にいるのは――雅だ。


「タバネ! 下がれ!」


 言うが早いか、シャロンは雅の前に出ると、腕を前に出す。


 人工レイパーが炎のブレスを放つのと、シャロンが雷球型アーツ『誘引迅雷』により電流の盾を創り出すのは同時。


 だが、


「で、でかいっ?」


 雅の驚愕の声。


 敵の放ったブレスは、今までとは比にならない程、巨大なものだった。


 激しく発光しながらぶつかり合う、炎と雷。


 シャロンは誘引迅雷の出力を上げ、盾のサイズを倍にするが、それでも敵のブレスを完全に防ぎきることは出来ず、両脇から溢れる炎がシャロンの体を襲う。


「シャロンさんっ?」

「だ、大丈夫、じゃっ!」


 ジリジリと身を焦がす炎。竜の鱗は熱に強いはずだが、それでも刺すような痛みを感じてしまう。それだけ、強力なブレスだということだ。


 シャロンは気合を入れるように咆哮を上げ、盾を操る。


 ブレスを帯電させ、反発の力もフルに活用。


 徐々に盾の向きを傾け、そして――ついに、ブレスを明後日の方向に逸らすことに成功する。


 だが、


「がぁぁぁあッ!」

「っ?」


 既に右側から、人工レイパーが迫っていた。


 猛スピードで突っ込み、放たれる掌底。


 シャロンは腕をクロスさせて受け止めるが、重く響く衝撃音と共に、後ろの雅ごと吹っ飛ばされてしまう。


 シャロンの顔は、痛み以上に、驚愕に歪んでいた。


 自身の巨体に加え、頑強な鱗をものともしないパワー。それが、余りに想像を超えていたのだ。


 まさか、ここまでパワーアップするとは思ってもいなかった。


 地面に背中を打ち付け、土煙を上げてしまうシャロン。雅が下敷きにならなかったのは、不幸中の幸いか。


 そんなシャロンに向けて、人工レイパーは上空からテールスマッシュを放つ。もう防御は間に合わない。


 襲い掛かるであろう衝撃に備え、身を強張らせた、その時。


「はぁぁぁあっ!」


 雅が自身のスキル『共感シンパシー』で、セリスティアのスキル『跳躍強化』を使い、迫り来る敵の尻尾に向かって跳び上がる。


 さらに志愛のスキル『脚腕変換』を発動。跳躍の際に足に加わった衝撃を、全て腕力に変え、人工レイパーの尻尾を、剣銃両用アーツ『百花繚乱』による斬撃で弾いて逸らす。


 そしてその隙に、弾かれた敵の尻尾へと、電流の鞭を巻き付けるシャロン。


 そのまま地面に叩きつけようと、腕に力を込める。


 だが、


「甘いッ!」

「なんじゃとっ?」


 人工レイパーが尻尾を振れば、シャロンの巨体が遠くまで放り投げられる。


 何というパワーであろうか。


 急いで鞭を解き、次の攻撃に移ろうとしたシャロンだが、そこに敵の姿は無い。


 直後、


「――っ?」


 シャロンの脳天を、重い衝撃が襲う。


 人工レイパーはシャロンを吹っ飛ばした後、素早く彼女の頭上へと移動し、先程の礼だと言わんばかりに、地面へと殴り落としたのである。


 さらに人工レイパーは、シャロンへと追撃せんと、急降下。


 腕を振り上げ、シャロンの腹部をえぐり取らんとする構えをとる。


 すると、


「させないっ!」

「何ィッ?」

「タバネっ?」


 雅と人工レイパー、シャロンの声が同時に響く。


 雅がシャロンの腹部から湧き出るように現れ、敵の攻撃を百花繚乱で受け止めたのだ。


 この雅は、『共感シンパシー』により発動した『影絵』のスキルで創り出された分身。体が白い光に包まれていることから、『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』を発動させてある分身だ。本物の雅は、今もシャロンの方へと向かって走って来ている。


「チィッ! 邪魔ですねぇッ!」

「くっ……!」


 繰り出される爪の攻撃を、剣で受け流すようにして凌ぐ分身雅。


 だが、分身雅の動きは明らかに敵の攻撃についていけていない。


 シャロンが助けようにも、腹部の上にいられては、それも難しい。


「さ、下がれタバネっ! もう二分が経つ!」

「で、でも……っ!」


 スキル『帯電気質』を発動した状態で創り出した分身も、本体同様に身体能力が上がっている。しかし、そのパワーアップは二分しか続かない。


 スキル『共感シンパシー』には一度使ったら日を跨ぐまで同じスキルが使えない制約がある以上、ここで『帯電気質』の効果が切れれば、あっという間に分身が倒されてしまうのは明白。


 そして、効果が長持ちするようになったとはいえ、命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)の防御も、その内終わるだろう。


 だが雅も引けない。ここで敵を凌がなければ、シャロンの身が危ないのだから。


 だが、ついに――


「――っ!」

「貰ったァッ!」


 分身雅の体から電流が消え、動きが鈍る。


 その隙をつき、人工レイパーの爪の一撃が、分身雅の首を刎ねた。


「きゃぁぁぁあっ!」


 離れたところから聞こえる、本物の雅の悲鳴。分身が倒されたことで、ダメージがフィードバックされたのである。


「次は貴方ですよォッ!」


 分身雅を撃破した人工レイパーが、シャロンの腹部を貫こうと、腕を振り上げる。




 その時。




「はっ!」

「ッ?」


 人工レイパーの後頭部に強い衝撃が襲い掛かり、遠くまで吹っ飛ばされる。


 地面に頭から叩きつけられた人工レイパーだが、よろめきながらもすぐに立ち上がり、攻撃が飛んできた方向を見れば、そこには銀色のプロテクターを纏った人物がいた。


 ――次の瞬間。


「えぇぇぇえぃっ!」


 気合の籠った声と共に、背後から何者かが迫る。


 思わず振り向いた人工レイパーの目に移り込んできたのは、巨大な斧を振るう、エアリーボブカットの少女の姿。


 人工レイパーが防御するよりも早く、彼女の放った斬撃が腹部にヒットする。


 僅かによろめく、人工レイパー。


 刹那、体に何枚もの羽根が突き刺さり、爆発。


「こ、この……」

「やぁっ!」

「ッ?」


 怯んだところに巨大な風の球体が直撃し、人工レイパーは吹っ飛ばされ、仰向けに倒れる。


「……ちぃっ」


 人工レイパーはゆっくりと上半身を起こすと、苛立ったような視線を、シャロンと雅に向けた。


「謀りましたねぇ、あなた達……」


 実は戦いながらも、人工レイパーはずっと違和感を抱いていた。


 サルモコカイアによりパワーアップしてから、雅とシャロンはどこか、手加減をしていたように感じていたのだ。


 それ自体は、間違いだ。二人は手加減などしておらず、本気で戦っていた。


 だが、


「たった二人で私を倒す気等、さらさら無かったという訳ですか。小癪な……」

「あ、当たり前じゃ……。お主を倒すならば、これが一番確実な方法じゃからな」


 本気を出す、というのは、『敵を倒す』ということだけでは無い。


 援軍が来るまで、きっちり『生き残る』ために、雅もシャロンも本気で戦っていた。


 シャロンの目が、その『援軍』へと向けられる。


「すまぬ、助かった……!」


 やって来たのは、浅見四葉に橘真衣華、ファム・パトリオーラ。


 雅を担ぐ、ノルン・アプリカッツァの姿もあった。


「休んでいて悪かったわね……もう戦えるわ!」

「さっきのお返し、するよ!」

「援護は任せて!」

「皆で戦えば、きっと何とかなります!」




 葛城にやられ、大ダメージを負っていた彼女達が、戦線復帰したのだ。

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