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第237話『雷球』

「はっ!」


 アーツ、『誘引迅雷』を携えたシャロンが、両腕を前に突き出す。


 腕の周りに存在する雷球から電流が迸り、巨大な網を作って、葛城――人工種ドラゴン科レイパーを捕える。


 刹那。


「……っ! ちぃっ!」


 人工レイパーの顔が、苛立たし気に歪む。


 自身の体に纏わりついた電気の網が、バチバチという音を鳴らして放電をしていたのだ。


 頑強な竜の鱗のお蔭で大したダメージは無いが、鬱陶しいと感じる程度の痛みはある。


 人工レイパーは電気の網に覆われながらも、シャロンの方へと向かって行く。


 だが、シャロンと人工レイパーの間に、桃色の髪の少女が割り込んできた。


「やぁぁぁあっ!」


 雅だ。


 その手に握られているのは、メカメカしい見た目をした巨大な剣。剣銃両用アーツ『百花繚乱』である。


 敵の進行を止める為、力いっぱいに剣を振り下ろす雅。


 だが人工レイパーは、鈍い音と共に、その一撃を、腕で受け止めてしまった。


 刹那、雅の脳裏に、モノクロの映像が浮かび上がり、咄嗟にその場を跳び退く。


 他の人のスキルを一日一回だけ使える雅のスキル『共感シンパシー』により、ノルンのスキル『未来視』が発動し、雅に危険を知らせたのだ。


 人工レイパーが反撃として放った掌底は、雅の眼前スレスレまでしか届かない。


 それでも拳圧によろめいてしまった雅。そんな彼女に、さかさず次の一撃を繰り出そうとする人工レイパー。


 その時だ。


 雅の背後から、頭を飛び越え何かが迫る。


 鞭だ。電気で出来た、鞭である。


 シャロンが誘引迅雷によって作り出したのだ。


 思わずそれを跳んで躱す、人工レイパー。


 そのまま大きく口を開け、ブレスで二人を纏めて始末しようとし――そこで、シャロンの姿がどこにも無いことに気が付く。


 瞬間、人工レイパーの視界が陰る。


 見上げれば、そこにはシャロン。


 全長三メートルもの、山吹色の竜だ。完全に竜化したシャロンが、そこにいた。


 だが、人工レイパーの目に映ったのは、シャロンの姿だけではない。


 シャロンと人工レイパーの間に、直径一メートル程の、巨大な雷球もあった。


 そして、その雷球が、放電を強めた瞬間。


「ぐ、ぐぅッ?」


 人工レイパーの体が、まるで磁石に引き寄せられるように、雷球へと飛んでいく。


 人工レイパーは、己の体に未だ纏わりつく電流が強まったのを感じて、理解する。


 最初に投げられた電流の網は、自分を拘束するためのものでも、ダメージを与えるためのものでも無かったことに。


 本当の目的は、自分を帯電させることだということに。


 この大きな雷球は、電気を纏ったものを引き寄せる力があるのだ。


 自由に体を動かすことも出来ず、雷球――もとい、大きく腕を振り上げるシャロンへと、人工レイパーは勢いよく近づいていった。


 そして、雷球が消えた刹那……シャロンは咆哮を上げながら、人工レイパーを思いっきり殴りつけ、地面へと叩き落とす。


 轟音と共に出来上がる、巨大なクレーター。


 その中心で仰向けに倒れる人工レイパーの頑強な鱗には、罅が入っていた。


 それでも、まだ意識はあるのか、すぐに状態を起こす人工レイパー。


 シャロンはさらに咆哮を上げると、上空に雷雲を呼び起こした。


 派手な電流が迸り、人工レイパーへと雷が放たれるのと、人工レイパーがその場を跳び退くのは同時。


 何とか攻撃を躱したと、人工レイパーが僅かにホッとしたのも束の間。


「はぁっ!」

「ッ?」


 鋭い声と共に、雅が敵に飛び掛かる。


 その動きは俊敏で、髪は逆立ち、体やアーツには電流が迸っていた。『帯電気質』という、電流を自分の体に流し、身体能力を上げるスキルを使っているからだ。


 先の雷は、人工レイパーに追撃するためだけのものでは無い。近くにいた雅に、このスキルを使わせるためのものでもあった。


 雅が放った斬撃は、鱗の罅の合間に命中すると、激しくスパークする。


「ぎゃぁぁぁッ!」


 悲鳴と共に噴き上がる、緑色の血飛沫。


 それを全身に被りながらも、雅は声を張り上げ、腕に掛かる抵抗感ごと、一気に剣を振りぬいた。


 さらに、


「ふんっ!」

「がぁッ?」


 腕や尻尾、羽だけを竜化させたままの人間態に戻ったシャロンの、強力な爪の一撃。それが敵の体に抉り込み、相手を大きく吹っ飛ばす。


 辛うじて着地するも、片膝立ちになってしまう人工レイパー。


 しかし、休む暇は無い。


 既に、雅が迫っていた。追撃の一撃を当てるために。


 横に一閃、放たれた斬撃。それを、人工レイパーは跳び退いて回避する。


 だが咄嗟に回避行動をとってしまったことを、人工レイパーはすぐに悔やんだ。


 慌てて尻尾を振り上げ、雅へと放った――が、既に彼女の姿はそこには無い。


 刹那、横から殺気を感じ、人工レイパーは体を捩ると、メカメカしい見た目をした剣が、すぐそばを通り過ぎる。


 攻撃してきたのは雅だと分かったが、反撃しようと拳を振り上げた時にはもう、彼女は消えていた。


 瞬間、背後から雅の気配。


「チィ! 速いッ?」


 今までに無い速度で動く雅。


 これは、雅が『共感シンパシー』により、『空切之舞』というスキルを使ったためだ。このスキルは、自分の攻撃が外れた時、三十秒間だけ瞬発力を大幅に上昇させることが出来る。


 先程、人工レイパーは雅の斬撃を防御するのではなく、ついうっかり避けてしまったために、このスキルの使用条件を満たしてしまったのだ。


 二撃、三撃……と、色々な方向から放たれる斬撃。それらを、人工レイパーは全て回避する。


 そして四撃目。


 背後に回り込み、さらなる斬撃を繰り出そうとした雅だが、この時ばかりは人工レイパーの方が動きは早かった。


 雅が死角から攻撃すると予想し、振り返り、大きく口を開けていたのだ。


 そこから放たれる、高熱のブレス。


 接近していた雅に、これを避ける術はないはずだった。


 だが――その刹那、雅とブレスとの間に、雷で出来た円盤が出現する。


 これは、盾。シャロンが電流で創り出した盾だ。


 電流の盾は、最初はブレスから雅を守っていたが、すぐに挙動を変える。


 僅かに盾が傾くと同時に、ブレスは明後日の方向へと飛んでいった。


 炎を帯電させ、反発させたのである。


 驚愕する人工レイパー。


 その両脇から、シャロンと雅が声を張り上げて迫る。


 雅が斬撃を、シャロンが爪の一撃を放ち、それを腕で受け止める人工レイパー。


 鈍い音と共に、空気が激しく震えた。




 ***




「凄い……あのクズシロに、二人で喰らいついている……!」


 岩陰で雅とシャロンの戦いを見ていた、ノルンの第一声がこれだ。


 攻撃を防がれてしまった雅とシャロンは、すぐに次の行動に移り、今も見事なコンビネーションで人工レイパーを攻め立てている。


「ねぇマイカ。シャロン、いつの間にあんなアーツを手に入れたの?」

「私達がこっちに来る前かな。私もちょっと前に相談されてね。シャロンさん、今よりも強くなりたいって言っていたから」


 どんなアーツがシャロンに合うのか、本人と一緒になって考えた結果、今使っている『誘引迅雷』を勧めた真衣華。


 あれは、攻撃用のアーツではない。あくまでも、サポート用のアーツ。攻撃力は殆ど無い。


 両腕の十二個の雷球から発せられる電流を繋ぎ合わせ、網や鞭等を創り出せるアーツだ。


 先程のように敵を帯電させ、大きな雷球に引き寄せるような使い方も可能。


 最初は武器系のアーツも検討したが、そんなものが無くとも、シャロンの全力の一撃は、敵にまともに当てれば大ダメージを与えられる。


 故に、その一撃を敵にぶつけるチャンスを生み出すためのアーツを選んだのだ。


「使いこなすのに苦労していたみたいだけど、ちゃんと扱えるようになったみたいで良かった。……あれ? どうしたの、四葉ちゃん?」


 ホッとしていた真衣華だが、ふと、得も言われぬ顔で雅を見つめる四葉が目に入り、首を傾げる。


 聞かれた四葉は一瞬だけ真衣華へと目を向けた後、すぐに雅へと視線を戻し、口を開いた。


「……あの娘、あんなに強かったの?」


 以前、火男のお面を着けたピエロ種レイパーと一緒に戦った時とは、明らかに動きが違う。


 それが、四葉の率直な感想だった。


 すると、


「ミヤビ、最近はトレーニングの時間を増やしていたからね。前に、どこかの誰かさんの足を引っ張っちゃったのが、相当キたみたいだよ?」

「…………」

「私も、ミヤビさんが夜遅くまで、レーゼさんやセリスティアさん達と模擬戦しているところ、何回か見たよ」

「…………」


 グっと、四葉の拳に無意識に力が籠る。


 雅があそこまで強くなったのは、ファムが遠回しに言った通り、自分が切っ掛けだろう。


 どこか雅のことを『足手纏い』と思っていた四葉。


 だが、事実として、自分ですら苦戦させられた葛城相手に、ここまで戦えている。


 それが純粋に、悔しかった。




 ***




「ぐぅっ……! 鬱陶しい奴らめぇ!」


 人工レイパーはそう吠えると、尻尾を雅の方へと叩きつける。


 だが、


「させん!」


 シャロンが誘引迅雷で創り出した、電流の鞭が、その尻尾を弾き飛ばしてしまう。


 刹那、


「はぁぁぁあっ!」


 雅がアッパーのように放った斬撃が、人工レイパーの体を捕え、空高く浮き上がらせた。


 人工レイパーは宙に飛ばされながらも、反撃しようとしたが……そこで、完全に竜化したシャロンが、既に空中へと飛翔していたのを見て、本能的に危機を悟る。


 しかし、時既に遅し。


 翼を広げ、顎門を開いてエネルギーを集中させるシャロン。


 被膜が激しく発光した瞬間、人工レイパーへと、一気にブレスを放つ。


 咄嗟にブレスで迎え撃つ人工レイパーだが、どちらのブレスが強いか等、比べるまでも無い。


 ちんけな炎は、あっという間に神々しい雷に呑み込まれ、敵に直撃。


 そして激しい轟音を響かせながら、人工レイパーを地面まで吹き飛ばす。


 爆音と共に濃密な土煙が舞い、地響きと共に出来上がるクレーター。


 それを見て、雅は小さく「よしっ」と叫ぶ。


 だが……シャロンの目は、険しい。


「タバネ! 気を抜くな! 奴はまだ倒れておらん……!」

「えっ?」


 慌てて目を凝らし、百花繚乱を構えなおす雅。


 すると、程無くして、




「……ふん。雑魚だと侮っていましたが、存外やりますねぇ」




 低い、唸り声のような声が、雅とシャロンの背筋を凍らせる。


 土煙の中から、ヨロヨロと出てくる、人工種ドラゴン科レイパー。


 明らかに満身創痍だが、その目はまだ死んでいない。


 寧ろ、今までよりもさらに、ギラギラと不気味に燃えている。


 その時、二人は気が付いた。


 敵の手に、何やら注射器のようなものが握られていることに。


 中に入っているのは、琥珀色の液体。


 あれは、サルモコカイアの液体。葛城が、部下に入手させていたものだ。


 人工レイパーは注射器を見つめ、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「これを使わなくても勝てると思っていましたが、そういう訳にはいかないようです。困りましたねぇ。直打ちすると、体への負担が大きいんですよぉ……?」


 そこまで呟いた瞬間、目をカッと見開く。


 ヤバいと思った雅とシャロン。


 だが、もう葛城は止まらない。




「絶ッッッ対に殺してやりますからねぇっ! この小娘がぁぁぁあっ!」




 そう叫ぶと、注射器を、自分の首元にブスリと突き刺すのだった。

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