第234話『香匂』
「左肩を狙いなさい! 奴の傷は、まだ癒えていない!」
「はいっ!」
四葉の声が轟き、返事をするノルン。
先日、アサミコーポレーションで戦った際、人工種蛇科レイパーは左肩を貫かれていた。先程戦った時、それが完治していないことを、四葉は見抜いていたのである。
ノルンが、赤い宝石の付いた杖型アーツ『無限の明日』を振るい、緑色の風を集めて作られた球体を、四葉に指示された部分に飛ばす。
だが、
「狙いが安直ですねぇ!」
その魔法を、人工レイパーは腕を振って弾いてしまう。
その瞬間、
「それはどうかなっ!」
翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』で空を舞っていたファムが、突如横から、足を向けて突っ込んできた。狙いは勿論、人工レイパーの左肩だ。
ノルンがわざと魔法を防がせ、その隙をファムが突いたというわけである。
しかし、
「甘いっ!」
人工レイパーとて、それを予想していなかった訳では無い。
ファムが来るのは見えており、それ故に素早く腕を動かし、ファムの蹴りを受け止める。
刹那、
「はぁぁぁあっ!」
「――っ?」
続く第三撃には、対応出来ない。四葉が接近しており、人工レイパーの顎目掛け、膝蹴りを繰り出していた。それが、激しい轟音と共に、命中する。
脳天が吹っ飛ぶと錯覚する程の衝撃に、人工レイパーは声を上げることなく、弓なりに吹っ飛ばされていく。
そしてその隙を、ノルンは見逃さない。
「皆さん、伏せて!」
言いながら、アーツを大きく振るう。放たれるは、風を集めて作られた、巨大なリング。切断性に富んだ、ノルンの最大魔法だ。
吹っ飛ばされる人工レイパーの左肩に命中させるのは難しいが、ノルンの狙いはそこではない。
ノルンの魔法が真っ直ぐに向かう先は――人工レイパーが落ちる先の、地面。
風のリングは地面を砕き、大量の土の破片を巻き上げる。
出来上がった歪なクレーターの中心に、人工レイパーが体を打ち付けた直後、
「やぁぁぁあっ!」
「えぇぇぇいっ!」
人工レイパーの上から、ファムと真衣華が迫る。
ファムは空から急降下し、再び蹴りをお見舞いしようと。
真衣華は自身のスキル『鏡映し』で、二挺に増やした片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』を振りかざして。
意識が朦朧として、さらに大量の土の破片のせいで視界が悪くなっていては、人工レイパーに二人の攻撃を躱す術はないはずであった。
しかし、
「ちぃいっ! 小娘どもめぇ!」
人工レイパーは二人を寄せ付けまいと、尻尾を振り回す。
そして――
「っ? ファムちゃんっ!」
「ぅぉっと!」
尻尾が、ファムの胴体に巻き付いたのだ。
そのまま、ファムを真衣華にぶつけようとする人工レイパー。
だが……その行動に移る直前で、尻尾から嘘のように力が抜け、ファムの体から離れてしまう。
「――何っ?」
「へっへーん! ――今だよ、マイカ!」
ファムが自身のスキル『リベレーション』を発動したのだ。このスキルは、自分に掛けられた拘束を解く効果がある。
隙が出来たところに襲い掛かる、真衣華。
スキル『腕力強化』を使い、二挺の斧で強烈な攻撃を繰り出す。
人工レイパーは咄嗟に両腕を盾にして、その攻撃を受けるが、
「この……っ!」
「っ! くぅっ!」
真衣華の予想以上のパワーに、顔を歪ませる。
一方の真衣華も、敵の鱗が予想以上に硬く、攻撃が通らないことに苦悶の表情を浮かべる。
すると、
「マイカさん! 避けて!」
ノルンの声が聞こえ、すぐさま真衣華が横っ飛びした直後、人工レイパーの体に、風を集めて作られた球体と、衝撃波が同時に直撃し、敵を吹っ飛ばした。
ノルンと四葉の攻撃だ。
そして、
「橘! 私が左肩を狙う! あなたはもう一つの弱所を! ライナから聞いているでしょう!」
「ライナちゃんから……? っ! うん!」
ライナが『アサミコーポレーション』で戦った際、人工種蛇科レイパーを足止めしようと、大量の分身を放ち、全身に無茶苦茶に攻撃をさせたことがあった。
大抵の攻撃は大して効きもいなかったのだが、ある一部分だけ、人工レイパーが痛みに顔を顰めたことに、ライナは気が付いていたのである。
真衣華や四葉は、ウラに行く前、ライナからその情報を教えてもらっていた。
四葉が真衣華を抱え、勢いよく飛翔。
そしてそのまま、片膝立ちになっている人工レイパーへと接近。
「はぁぁぁあっ!」
「えぇぇぇいっ!」
四葉が真衣華を放り投げ、自身も敵に突っ込んで行く。
一気に加速し、四葉の蹴りが、人工レイパーの左肩に直撃。
怯んだところに、真衣華の放った強烈な斬撃が向かう先は――人工レイパーの右脇腹。
ここが、敵のもう一つの弱点だ。
「ッ!」
悲鳴も上げられない程、痛みに悶える人工レイパー。
そこに、四葉が叩きつけるように衝撃波を命中させ、人工レイパーを大きく吹っ飛ばしたのであった。
***
一方、ここはエントラウラの病院。
誘拐されたラティアを、念のために検査してもらっていた雅と伊織。
診断も終わり、特に異常は無いとのことで、ホッとしていた時だ。
「あ、シャロンさんだ!」
何気無く窓の外に目を向けていた雅。
上空を物凄い速度で飛ぶ、山吹色の竜が見えた。
よく見ると、竜の出現に驚いた人達が、外に集まっている。
レーゼから、シャロンがこちらに向かっているというのは聞いていた雅達。
しかし、思っていたよりもずっと早い。
雅が慌てて外に出て、剣銃両用アーツ『百花繚乱』を出すと、上空に向かって桃色のエネルギー弾を放つ。
シャロンはそれに気が付くと、雅達のいる病院へと降りてくる。
着陸寸前で体が光り、あっという間に、ポンパドールの髪型をした少女の姿に変わる。これが、シャロンの人間態だ。
「タバネっ! サエバっ! ここにおったのか! ラティアも無事そうじゃなっ! ――タチバナ達は?」
「ここから北にある、荒野に向かっているそうです! 私が案内します!」
「うむ、助かる! ……む?」
「ど、どうしました? シャロンさん?」
「あ、いや……何と言うか、お主ら……美味しそうな匂いがするのぉ」
「えぇー? なんですかもぉー? 私、食べられちゃうんですか?」
鼻をひくつかせながら、シャロンが妙なことを言い出し、雅が何故か嬉しそうに体をくねらせる。
雅とシャロンの発言に、後ろにいる伊織は、ラティアを自分の後ろにさっと隠す。
「す、すまんすまん! なんかこう、本能を刺激するような、そんな匂いでつい……。何故じゃろうかのぅ?」
「いや、分かんねーっす。特別何か匂いのつくようなことは……。つーか、そんな匂い、何もしねーっすよ? 無臭っす」
「儂は人よりも鼻が利くでの。いや、まぁそれより、すぐに行くぞ、タバネ!」
「はい! 伊織さん、ラティアちゃんお願いします!」
「分かったっす! こっちは任せるっすよ! 気を付けるっす!」
伊織の言葉に、ラティアがコクンと頷く。その目は、「頑張って」と言っていた。
雅とシャロンは二人にサムズアップすると、荒野へと向かって行く。
再び竜化したシャロンの背中に雅が乗り、空へと飛び立つのを見ながら、伊織は首を傾げた。
「匂い……マフィアどものアジトで、何か変なもん付いたんすかねぇ?」
***
その頃。人工種蛇科レイパーと戦っていた、四葉達は。
「やったかな?」
「……いや、まだね」
四葉の放った衝撃波により、大きく吹っ飛ばされた人工レイパー。
地面に仰向けに倒れる人工レイパーは、ピクリとも動かないが、まだ息はある。
すると、
「……思っていたよりも、随分厄介ですねぇ、あなた達」
「っ!」
ゆっくりと立ち上がる人工レイパー。
その体から発せられる、異様な気配に、四人は思わず後ずさる。
「……致し方ありません。本当はまだ隠しておきたかったのですが、私も本気を出しましょう」
「みっともない言い訳ね、葛城。散々ボコられた挙句、まだ本気じゃありませんでしたって言うの?」
「ええ。光栄に思いなさい。――この姿を見せるのは、あなた方が初めてですよぉ!」
そう言った直後、人工種蛇科レイパーの体が、激しい光に包まれた。
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