第3章閑話
雅達がイーストナリアへと旅立った日の夕方四時過ぎ。
ノースベルグの北西にある、広大な畑にて。
作物は荒らされ、地面には荒々しく開けられた穴ぼこがいくつもある。土煙が辺りに舞っており、視界がすこぶる悪い。
そんな中に、二人の女性が離れた距離で立っていた。片方は剣を持ち、もう方方は両腕に巨大な小手を装備しており、小手からは銀色の長い爪が伸びている。
「レーゼェェェエッっ! そっち行ったぞ!」
赤いミディアムウルフヘアーの女性が、そう声を張り上げ警告を発する。
「分かっているわセリスティア! 任せなさい!」
声を掛けられたスカイブルーのロングヘアーの女性はそう返して、持っていた剣を構える。
セリスティア・ファルトとレーゼ・マーガロイスである。
二人は今、レイパーと戦っていた。
レーゼの足元の土がムクッと盛り上がり、彼女がその場を飛び退いた瞬間、土が爆ぜ、地面から紫色のレイパーが姿を表す。
全長三メートル程もある、巨大な蟻の姿をしたレイパーだ。口元には一メートル程の大きさの顎があり、それで十二人もの女性の体を切断し、捕食していた。そこに連絡を受けた二人がやってきて、戦闘になったという訳である。
レイパーの皮膚は硬く、まるで高い硬度を誇るアダマンタイトのようであり、大きさを除けばナランタリア大陸南の地域に生息する『アダマンアント』という蟻によく似ていた。
故に分類は『アダマンアント種』――と言いたいところだが、全長が三メートルを越すレイパーには、頭に『ミドル級』という呼称を付けるルールとなっている。
よって『ミドル級アダマンアント種』が正しい分類だ。
地中からの奇襲に失敗したレイパーだが、すぐさま躱したレーゼ目掛けて顎で挟みにかかった。
だが、それがレーゼの体を切り裂くことは無い。レーゼが『衣服強化』のスキルを発動し、攻撃を防いでいた。
顔を顰めるレーゼ。
レイパーの顎の力が強く、服越しにもかなりの衝撃が走る。
全身が痺れたような感触に襲われ、気を抜けば膝をついてしまいそうな、そんな一撃。
それでも気合で四股に力を込め、レイパーが顎で挟む力を弱めた瞬間、それを振り払い地面を蹴って一気にレイパーへと接近する。
自分の攻撃の間合いに入ると、手に持っていた剣型アーツ『希望に描く虹』を振り上げ、レイパーの目玉を斬りつけた。
斬撃の軌跡には、美しい虹が作り出される。
眼から緑色の血を撒き散らし、痛みに悶えるレイパー。
その隙にセリスティアが、自身のスキル『跳躍強化』を使い、激しく暴れるレイパーの背中を器用に伝って頭部へと近づく。
レイパーの皮膚は硬い。しかし間接部分は可動しなければならない都合上、どうしたって柔くなる。セリスティアはそこを狙っていた。
勿論、レーゼも同じ考えを持つ。
セリスティアは自身のアーツ『アングリウス』を振り上げる。
そしてレイパーの頭の間接部分に、上からセリスティアの爪が、下からレーゼの刃が、それぞれ突き刺さった。
くぐもった声を上げ、のたうち回るレイパー。二人がアーツに力を込めると、肉のちぎれる生々しい音と共に、頭部が体から落ちた。
二人は急いでその場を離れる。
ミドル級アダマンアント種レイパーは頭部を失っても尚、もがき続けるしぶとさを見せたが、それも長くは続かない。
二人がレイパーから充分距離を取ったところで、ようやく爆発四散した。
***
その後、レーゼの自宅にて。
「あー……つっかれたー……」
帰ってきて着替えるやいなや、セリスティアはダイニングの椅子にどっかりと腰を下ろし、背もたれに体を預ける。
そんな彼女に、エプロンを着けたレーゼも呆れ顔だ。
「ちょっとセリスティア、休んでないで、あなたも夕飯の準備、手伝いなさいよ。食器出しくらいできるでしょ」
「うぃーっす」
気だるげな返事に、レーゼも溜息を漏らす。
当たり前のように夕飯を二人で食べることになっているのは、今セリスティアはレーゼの家にご厄介になっているからだ。
セリスティアがノースベルグに着た目的は、セントラベルグで逃げられた『パラサイト種レイパー』の行方を追ってのことだ。
ノースベルグのバスター署でレーゼと出会い、雅からの手紙を渡したところ、レーゼは事情を理解し「私もレイパーの捜索に協力する」と言ってくれたのである。
その上、当初の予定ではセリスティアはこの街にいる間は宿屋で寝泊りしようと思っていたのだが、レーゼは「どうせ部屋は余っているから」と居候を勧めてくれた。
昔は気にもしなかったのだが、雅と一ヶ月以上一緒に過ごす内に、一人でいるのは少し寂しいと感じるようになったレーゼ。雅が仲間と認めた相手なら悪い人では無いと判断したのだ。
ただ確かに悪い奴では無かったのだが、いかんせん家事全般がからっきしのセリスティア。流石にレーゼは如何なものかと思わずにはいられない。
「しっかし毎回思うけどよ、レーゼは偉いよな。ちゃんと料理出来るもんな」
「昔は全然だったけどね。基本売っているお惣菜で済ませていたし」
「俺は今でも惣菜だな。手間がかからなくて良い。ミヤビが家にいた間はあいつが色々作ってくれたが」
「向こうにいた時は、ミヤビから教えてもらわなかったの?」
聞けば、雅がセリスティアの家に居候していた間は、料理や掃除は全部雅がやっていたと言う。それならば雅の方から何か言いそうなものだと思ったレーゼだが、セリスティアはちょっと微妙そうな顔をした。
「一回ミヤビにしつこく勧められたからチャレンジしてみたけど……どうも俺ぁ、料理みたいな細かいことは性に合わなくてなぁ……」
出来上がった物がダークマターで、心が折れたことを思いだすセリスティア。料理なんて自分には一生無理だと悟った瞬間だ。
「あなたねぇ……女として、それでいいの?」
「いやー、分かっちゃいるんだけどな。前ミヤビの奴に『嫁にどうですか?』なんて言われて断っちまったけどよ、やっぱ貰っておけば良かったぜ! ……なーんて。はっはっは!」
ジト目のレーゼに、セリスティアは途中で慌てて笑い飛ばして誤魔化す。
「……ミヤビが聞いたら、大喜びするわよ。今度会ったら言ってあげたら?」
「……ぶっちゃけると、寝ている間に裸で抱きついてきたり、一緒に風呂入った時にどさくさに紛れて体のあちこちを触ってきたりしなけりゃ、とっくに言っていたかもしれねぇんだよなぁ」
「……やっぱりあなたもされたのね。私もよ。あれさえなければ本当に良妻になれるのに、勿体無いわ」
「そう言えば、セントラベルグに来る前、どうやらミヤビの奴、セクハラで捕まったっぽいんだよ。本人はセクハラじゃないって否定してたんだけど」
「ちょっとその話詳しく聞かせなさい。全く、あの子は何をしているのかしら……」
その後、なんやかんやそこの看守であるリアロッテという女性と仲良くなったらしいという話を聞いて、レーゼは苦笑いを浮かべるのだった。
***
食後。
「……結局、今日も見つからなかったわね。セリスティアが探しているレイパー」
「……こっちには来てねえのかな? そうすっとミヤビが向かった方に逃げていったのか?」
お茶を飲みながら、そんな話をする二人。
未だセリスティアの目的は達成されていない。
元々簡単に見つかるとは思っていなかったが、こちらに来てから約二週間が経過している現在、何の足取りも見つからないとまでは思っていなかったのだ。
ノースベルグで仕事は見つかっているため、お金の心配はあまりしていないが、想像以上に時間がかかっており、セリスティアも頭を悩ませる。
「もう一度、情報を整理してみましょう。あなたが追っているレイパーは、見た目はクラゲとイカを足したような見た目なのよね。それで、女性に寄生する能力を持っている……と」
「ああ。姿に関しては俺とミヤビがはっきりと見たから、間違いねえ。能力もだ。人に寄生して体の自由を奪い、他の女性に危害を加えたり、窃盗とかの犯罪を犯させた後、寄生した人の脳みそや肉体を内側から破壊して殺すっていう卑劣な奴だ」
言いながら敵のやり口を思い出したようで、セリスティアの顔が険しくなる。
「一番ふざけているのは、あいつ、本当に殺したい女性には最初には寄生しないことだな。その女性が大事に思っている人に寄生して、ターゲットの目の前で、寄生した女性を惨たらしく殺して、トラウマを植え付け心を壊したところで改めてちゃんと寄生するんだ」
実際にはそのレイパーを見ていないレーゼも、話を聞いただけで胸糞が悪くなる程だ。雅やセリスティアの怒りは相当なものだと推測する。
「傷が癒えるのを待っているってことは無いわよね?」
「ああ。悔しいが、基本は奴は女性の体に入り込んでいたからな。迂闊に攻撃出来なかったんだよ」
まさか寄生された女性ごと攻撃するわけにはいかなかった。流石にレイパーも二対一では分が悪いと思ったのか、その時寄生していた女性を囮にし、二人が気を取られた隙に逃げていったというわけだ。
「……一度見つかったから、しばらくは目立たないようにしているのかもしれない。少なくとも、犯行を止めるってことは無いはずよ。今もどこかで、女性に寄生しているに違いないわ」
「だとすると厄介だな……。くそっ、やっぱりあの時倒せなかったのは痛いぜ……!」
「落ち着きなさい。少し捜索方法を変えるわよ。まずは――」
二人はその後も、レイパーについて話し合う。
夜は長い。
二人は遅くまで、対策を練るのだった。
***
同じ頃。某所にて。
とある家の一室。そこに男がいた。
男は部屋の明かりもつけずに、机の椅子に座り、目の前に映し出された映像を眺めていた。
これは映像再生の魔法によるものだ。この世界にはビデオカメラのように、動画を撮影出来る魔法具が存在し、それによって録画したものを、映像再生の魔法で空中に映しだすことが出来る。
映像再生の魔法は少し勉強すれば誰でも使える、極めて初歩的な魔法だ。魔法具もピンキリだが高性能の物でなければ安価で入手出来る。
映し出されているのは、雅が黒いフードの『何か』と戦う姿。かなり低い位置からのアングルで撮影されているが、見る分には何も不都合は無い。
映像は雅が黒いフードの『何か』に奇襲されてから、ファムが加勢にきて、レイパーが出現して戦闘が中断されるところまで。男はここまでの流れを延々ループして、ジッと眺めていた。
何度目かのループが終わると、ようやく男は映像を消し、机の引き出しから羊皮紙を取り出す。
そして羽根ペンの先にインクを付けると、手紙を書きはじめた。
この世界には、手紙を一瞬で届けたい相手に送る魔法が存在する。
故に、手紙には宛名を書く必要は無いのだ。
誰に向けて手紙を書いているのかは――彼にしか分からない。
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