第233話『差向』
ウラの真ん中あたりには、荒野がある。
粘土質土壌の土地が広がっており、草木一本生えていない。人間の頭サイズの巨大なサソリや、全長五メートル近くもある蛇、そして小さな虫が若干生息しているが、基本的には命の気配が殆どない。
遥か昔はここに小さな街があったのだが、住民の殆どが、もっと生活の便が良いエントラウラや、北にある別の街へと移住したことで、完全に滅び、風化した。
その名残で、住居の壁だったものが辺りに点在しており、知らない人間が見れば遺跡のように見えなくも無い。
その上空を飛ぶ、二つの影がある。
一つは、銀色のプロテクターを身に着けた少女。その腕には、エアリーボブの華奢な体の娘が抱えられている。
浅見四葉と、橘真衣華だ。
もう一つは、薄紫色の、ウェーブ掛かった髪の少女。彼女もその手に、もう一人女の子を抱えている。緑のロングヘアーの少女だ。二人とも、四葉と真衣華よりも少し幼い。
ファム・パトリオーラと、ノルン・アプリカッツァである。
地上を見渡す四人だが、不意に、四葉から「あそこね!」という言葉が発せられた。
その視線の先には、小さなテント。
風化した瓦礫の近くに、隠すようにして張られている。
四葉達の目的地は、あそこだった。
人工レイパー開発の重要参考人、葛城裕司。四葉達がウラに来ているのは、彼を捕まえるためだ。
そして一時間ちょっと前、葛城の部下の人工レイパーを倒した四人。その変身者から、葛城の潜伏先を教えてもらい、先回りして待ち伏せようと考えた、というのが、ここまでの経緯である。
「……よし、葛城はまだ来ていないようね」
「うん。誰もいないみたいだし、先にテントの中を調べちゃう?」
地上に降りた四葉と真衣華は、辺りを警戒しながら、そんな会話をする。
「いや、それより先に、隠れる場所を探さない? ここじゃすぐ見つかっちゃうって」
「大丈夫だよ、ファム。何かあれば、私の『未来視』のスキルで――」
続いて降りてきたノルンだが、そこまで言いかけたところで、頭の中にイメージが浮かび上がる。
何者かが奇襲を仕掛け、自分達全員を纏めて始末する、そんな映像だ。
今しがた言いかけた『未来視』のスキルが、ノルンに危険を教えたのだ。
「皆、こっちです!」
奇襲を仕掛けようとしてきた人物は分からなかったが、十中八九、葛城で間違い無い。
そして――四人が急いでその場を離れた直後、今まで彼女達がいた場所に、太い尻尾が叩きつけられる。
轟音と共にクレーターが出来上がり、土の破片が飛散。
誰がやって来たのか、と尻尾の元に目を向けた四人の顔に、緊張が走る。
そこにいたのは、頭部が歪な、異形の化け物。
蛇のような顔で、長い尻尾を持ち、左腕は鰐の頭のような形状になっているそいつは、『人工種蛇科レイパー』だ。
葛城が変身する、人工レイパーである。
「おやおや……随分と勘がよろしいようで」
「ちっ……随分と早いお出ましだこと」
「部下が倒された反応がありましたからねぇ。私の拠点に先回りして、奇襲でも仕掛けようと思っているのではと思いまして、少し急いでやって来たというわけですよ」
相変わらず、人をイライラさせるような声と口調に、四葉は再び舌打ちをする。
「何の用です? これでも私、忙しい身なのですがねぇ」
「そんなあなたに朗報よ。先日、あなたの除名処分が正式に決まったわ。仕事が減って良かったわね。とっとと牢獄にぶち込んであげるから、覚悟しなさい。人工レイパーについてのこととか、エントラウラで受け取っていた妙な薬のこととか、色々教えてもらうわよ」
そう言いながら、四葉はゆっくりと戦闘体勢を取る。
葛城が隙を見せたら、すぐにでも先制攻撃が出来る構えだ。
その後ろで、真衣華達もアーツを構えようとする。
だが、
「あなた達は、そこで見ていなさい」
「え、ちょっと四葉ちゃんっ? 一人で戦うなんて――」
そこまで言いかけたところで、真衣華は言葉を止める。
こちらを振り向いた四葉の目が、「いいから言うことを聞きなさい」と、得も言われぬ気迫を宿していたからだ。
「はっ! いいんですか、四葉嬢? 先日は二対一でも敵わなかった相手に、たった一人で勝てるとお思いで?」
「なら、試してみる? この間の私と同じと思ったら、大間違いよ!」
「減らず口を……」
嘲笑しながらも、葛城――人工種蛇科レイパーも、戦闘態勢に入る。
その構えに、一切の隙は無い。
二人の間に、僅かな刺激で爆発してしまうような、そんな緊張が走る。
次の瞬間。
「――っ!」
「はぁぁぁあっ!」
四葉と、人工レイパーが、同時に地面を蹴って、相手に殴りかかる。
拳が激突し、それにより発生した衝撃が、真衣華達まで伝わる程に、ビリビリと空気を震わせた。
互いの力が均衡したのも、一瞬。
四葉がすぐさま蹴りを放ち、人工レイパーが腕で防ぐ。
さかさず敵の尻尾が動いて四葉に襲い掛かるが、刹那、四葉はしゃがんでそれを躱すと同時に、足払いを繰り出した。
「っ?」
「ふんっ!」
人工レイパーの体勢が崩れたところで、アッパーを繰り出す四葉。その拳が相手の腹部に直撃し、鈍い音を発生させて敵を吹っ飛ばす。
しかし人工レイパーは何事も無かったかのように、空中で後ろに一回転して地面に着地すると同時に、四葉に頭から突撃する。
勢いよく迫る、頭突き攻撃。
だが四葉は大きく仰け反ると、相手の頭突きを、己の頭突きで迎え撃つ。
大きな音を立ててよろめく両者。
それでも、互いの目は、相手から逸れていない。ガンガンと頭に響く痛みで視界がうねる中でも、次なる攻撃を繰り出さんという気迫が、そこにはあった。
先に動いたのは、四葉の左腕。
空を斬り裂く程の、鋭い左ストレート。
それが、正確に、人工レイパーの顔面に向かっていくが、命中することは無い。
人工レイパーの左手の平が、四葉の拳を防いでいたからだ。
お返しと言わんばかりに動く、人工レイパーの左腕。
その腕は、鰐の頭になっており、大きく顎を開いて、四葉の右腕に噛み付いた。
「その腕っ、もらいましたよぉっ!」
「それは……どうかしらっ?」
「――何っ?」
人工レイパーの眼が、大きく見開かれる。
鰐の顎に力を込めているにも拘らず、四葉の腕はびくともしなかったのだ。
以前戦った時は、プロテクターの上からでも、その力の前に四葉は顔を顰める程のダメージを受けていた。だが、今回はその様子が無い。
「ちぃぃぃいっ! この小娘ぇぇぇえっ!」
「葛城っ……なめるなぁぁぁあっ!」
声を張り上げ、相手を押し倒さんと全身に力を込める四葉と人工レイパー。
その気迫とパワーは、二人のいるところを中心に、地面に大きな亀裂が発生する程だ。
互いの力は、完全に拮抗していた。
見ていたファムとノルンは思わず後ずさり、真衣華はゴクリと鍔を飲み込む。
そして、
「はぁぁぁあっ!」
「――っ!」
力比べに業を煮やした人工レイパーが、四葉から手と顎を離して、その場を大きく跳び退いた。
「…………」
自身の左腕の鰐の頭と、四葉を交互に見る人工レイパー。
やがて、軽く息を吐くと、口を開く。
「成程。言うだけのことはありますねぇ……。確かに、前とは違う」
「舐めるな、と言ったはずよ。私の『マグナ・エンプレス』は日々改良されている。勿論、防御力もね。あなたも知っているでしょう?」
「ええ、勿論。――しかし、それでも勝てますかぁ? 私はまだ、本気を出していないのですがねぇ?」
「勝てる」
「何ぃ?」
「勝てるわよ。今の攻防で分かったわ。あなた程度なら、私達四人で戦えば必ず勝てる!」
力強くそう断言し、ちらりと背後を見る四葉。
その視線の先にいるのは、真衣華にファム、ノルンだ。
先に自分一人で戦ったのは、ただの小手調べ。
「癪だけど、力を借りてあげる……。あなた達、行くわよ!」
本当の闘いは、これからだ。
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