第26章閑話
一方、四葉達が葛城の手下と戦っていた頃。時刻にして、真夜中一時五分。
新潟県北蒲原郡聖籠町にある、『StylishArts』にて。
未だ建物は完全に復旧していないが、それでも修繕工事には着手し、後二ヶ月もすれば元の姿を取り戻すことだろう。
そんな『StylishArts』には地下がある。こちらは以前あった大穴も塞がれ、精密機械のいくつかが稼働不可なことを除けば、ほぼ元通りになっていた。
そして、地下三階。
開発中のアーツを使った模擬戦が出来るよう、広いスペースがあるエリア。
そこで、激しい爆発音が響いている。
「ふんっ! はっ! ほっ!」
「やるわね、シャロンさん! ――スピード上げるわよ!」
「うむ! こっちも慣れてきたでの! 頼む!」
声の主は、白衣のようなローブを着た金髪の女性と、山吹色のポンパドールの幼女。
ミカエル・アストラムと、シャロン・ガルディアルだ。
何をしているのかと問われれば、模擬戦である。
何故こんな時間に……と思うかもしれないが、これにはいくつか理由がある。
大きなところの一つは、ミカエルと派手に戦う都合上、周囲に被害が出ないように『StylishArts』のこの場所を使いたかったからだ。日中は社員がいるが、誰もいなくなったこの時間なら、許可を貰えば使うことが出来る。
近くでは、真衣華の父親の蓮が、ULフォンで多数のウィンドウを開きながら、二人の戦いを観戦している――と言いたいところなのだが、二人の戦闘で発生した煙のせいで、肉眼では何も見えない。
そのためサーモグラフィで、何とか二人の動きを確認していた。
時間が時間だが、夜型の三人にとってはここからが本番といったところ。集中力も爆上がりで、二人の動きや技のキレにも磨きが掛かる。
小さな体ですばしっこく動き回るシャロンに、下手に動かず強力な魔法を放ちまくるミカエル。
小さな標的に技が当てられないミカエルだが、シャロンも中々彼女に近づくことが出来ない。実力は膠着していると言っていいだろう。
そんな戦闘が続くこと、三十分弱が経過した頃。
「……よし! そろそろ終わりにしよう!」
「むっ? なんじゃ、もうそんな時間か」
蓮の言葉に、シャロンもミカエルも動きを止める。
「うーん……結局、シャロンさんに火球は当てられなかったわね。残念。私ももっと頑張らなくちゃ」
「何を言うアストラム。今までの儂なら、とっくに押し切られておったわ」
「二人とも、いい戦いぶりだった。後で真衣華に今の模擬戦の録画データを送っておくから、確認してくれ。――それよりガルディアルさん、それの使い心地はどうだい?」
「うむ、バッチリじゃ」
蓮が、シャロンの足元のアンクレットを見て尋ねれば、彼女は見た目相応に、小生意気そうににんまりと笑みを浮かべてそう答える。
このアンクレットこそが、わざわざこの時間、この場所で模擬戦をしていた、もう一つの理由だった。蓮がここにいるのも、これが理由だ。
「値は張ったが、それに見合うだけのものじゃな。もっと早くに欲しかったわい」
「お金を貸してくれたミヤビちゃんには、感謝しないとね」
「……返済の当てが無いのが辛いところじゃがの。どうしたものか」
以前、真衣華の母親が経営する喫茶店でバイトをしたことはあるが、それでどうこうなる金額ではない。身に圧し掛かる借金の大きさに、シャロンは唸り声を上げる。
「まぁ、しばらくはコツコツ何かで稼ぐしかないでしょうね。頑張って。――あ、ごめんなさい。ノルンから連絡が来たわ」
通話の魔法が発動したことを感知し、ミカエルが二人に背を向ける。
「……ええ、ええ。えっ? クズシロの仲間と戦ったっ? それで、今から隠れ家に突撃するっ? だ、駄目よノルン! 危険すぎるわ! ……い、いや、確かにそうだけれども!」
不穏な話に、シャロンと蓮は顔を見合わせる。
その後もミカエルは色々と言っていたが、ノルンに強引に通話を切られたのだろう。「ど、どどど、どうしましょうっ?」と、目に涙を浮かべながら二人に迫ってきた。
「あ、あの娘達、今からクズシロと戦いに行くみたいなの! マイカちゃんも一緒だって!」
「なんだってっ?」
「ラティアちゃんも誘拐されて、それで探してたらなんかそんなことに巻き込まれたみたいで!」
「こ、これ二人とも! 落ち着かんかいっ!」
可愛い弟子と娘が、何か危険なことに巻き込まれたと知ってパニックになる二人に、シャロンは大きな声を上げる。
「アストラム! アプリカッツァはどこにいるんじゃっ?」
「エントラウラだって言っていたわ!」
「それが分かれば充分じゃ! アストラム! 儂が向こうに行く!」
「っ! 分かったわ! 私を乗せて――」
「いや、儂一人で行く!」
「ええっ?」
「本気で飛べば、ここからウラまで一時間ちょっとじゃ! しかしそうなると、生身の人間の体は耐えられん! 一人で行かねばならん!」
言うが早いか、地上へと走り出すシャロン。ミカエルと蓮も、その後を追う。
「お主らはタバネやタチバナ、サエバに連絡を取り、儂が向かっていると伝えてくれ! そうすれば、どこにいるか、何かしらの合図はくれるじゃろう!」
「え、ええ! 私達も、すぐにそっちに向かうわ!」
「うむ!」
シャロンが力強く頷くと同時に、その体を光に包む。
あっという間に巨大化し、現れたのは、全長三メートル程の山吹色の竜。シャロンの本当の姿だ。
翼を広げ、気合を入れるように咆哮を上げると、一気に空へと舞い上がる。
足に着けた二本のアンクレットを月明りに照らしながら、その姿はあっという間に小さくなっていくのだった。
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