第232話『麻薬』
四葉達が人工種キンシコウ科レイパーと戦っている頃、雅達はというと。
「うわ……これ、人身売買の記録ですね。こっちは貸金の帳簿かな?」
『ちょっと見せて。――完全に暴利ね。呆れたもんだわ、全く』
アジトの一室にあるデスクに、様々な書類を広げながら、雅は渋い顔をする。
雅の言葉に答えたのは、レーゼ。ULフォンのビデオ通話で、彼女と話をしていた。
ラティアを攫った犯人を尋問したところ、人攫い以外にも色々と悪いことに手を染めていると白状したのだ。所謂マフィアという連中だった。
ファミリーは全員拘束しており、伊織がラティアを連れて、エントラウラのバスターを呼びに行っている。
その間、雅はレーゼと連絡を取りながら、アジトを調べている、というわけだ。
『クズシロを追ってきたっていうのに、面倒なことに巻き込まれちゃったわね。でも、大手柄よ。そっちのバスターが大喜びするわ、きっと』
「探せば探す程、目玉が飛び出るようなものが出てきますもんね……。さて、向こうの棚は……えっと、これは……植物ですね。観葉植物っぽい感じじゃないですけど、なんだろう?」
まるで、日干しした笹のような見た目の植物が、棚一杯に置かれていたのだ。
無臭だが、雅は本能的に、それが『危ないもの』だと悟り、思わず一歩後ろに下がる。
『ふぅん、どんなの? ――って、ちょっとミヤビ! それ、絶対触っちゃ駄目よ!』
「おぉぅ! いきなり大声出さないでくださいよ、レーゼさん。ビックリしちゃったじゃないですか」
怒ることも多いレーゼだが、今のはあまり聞いたことのない声で、珍しく雅も文句を垂れた。
『あぁ、ごめん! それ、薬なのよ。と言っても、病気を治すものじゃないわ』
「あ……もしかして、麻薬ですかっ? 危ない薬というか……」
『あぁ、あなた達の世界にも同じようなものがあるのね! なら話は早い。そうよ、そういった類の物なの。この連中、薬の売買にまで手を染めていたのね!』
憤るレーゼの言葉に、雅は改めて棚を見渡す。
ざっと数えると、この麻薬の数は三十。量は少ないが、今回初めて集めたわけでは無いだろう。これまでどれだけ捌いたのか、想像もしたくない。
『ミヤビ、近くに帳簿は無い? 売買のリストがあれば、使用者もまとめて摘発出来るわ』
「ええっと、帳簿帳簿……あ、あった。これだ。――ん? この名前……」
棚の隅に仕舞われた帳簿を手に取り、何気無く中を確認した雅だが、そこで目を丸くする。
そこに記載されていた名前の一つが、どう見ても、日本人の名前だ。しかも、購入したのはここ数日である。
自分達の他に来ている日本人なんて、心当たりは一つしかない。
そう、葛城の仲間である。
***
「あぁ? ……あぁ、こいつか。よく覚えているよ。妙な依頼をしてきたからね」
五分後、マフィアのボス――商人のフリをして雅達を騙そうとしていた女だ――に、尋ねたところ、そう言われ、雅は首を傾げる。
「妙な依頼? 薬を買ったんじゃないんですか?」
「いや、違う。あの薬は『サルモコカイア』という植物から作られるんだが、この男はそれを持ってきて、加工してくれと頼んできたのさ。しかも、出来上がった薬じゃなくて、その時に出る琥珀色の煮汁が欲しいなんて言うんだよ」
「煮汁……ですか?」
「そうそう。普段は廃棄しろと厳命されている液体なんだがね。そんなもん、何に使うんだか」
煮汁には興奮作用等は無く、おまけに薬の方は貰ってくれて構わないと言われた。
断る理由も無かったので承ったが、今にして思えば、少々怪しい話だった気がして、マフィアのボスは眉を寄せる。
だが、雅は彼女の言葉を聞いて、さらに頭に『?』を思い浮かべた。
「絶対処分しろと厳命された? 誰にですか?」
「前のボスからさ。理由は教えてくれなかった……と言うか、ボスも知らなかった。そのボスも、その前のボスから聞かされていたみたいだね」
そんな訳の分からない命令に従っているのは、それを守らなかったことで、ボスにひどく拷問されたことがあるからだと、彼女は言う。
「一応、物のやりとりはしたんで、帳簿には載せておいたってわけさ。それだけだよ」
「……レーゼさん、どう思います?」
『話を聞く限り、何か嫌な予感はするわね……。本当に何も効果の無いものを欲しがるとは思わないわ。それにサルモコカイアって確か、中々手に入らない希少な植物だったはずよ。どこで手に入れたのかしら?』
「入手経路については気にはなったけど、そこまで詮索なんざしちゃあいないね。――ところで嬢ちゃん、随分と面白いもんを持っているじゃないか。あんたの住む国で売っているのかい?」
「ULフォンですか? ええ、日本で普通に販売されていますね。……あ、欲しくてもあげませんよ。ちゃんと罪を償ってから、真っ当に稼いだお金で買ってください」
「おいおい、まだ何も言っちゃいないだろう? まぁ、欲しいのは事実だけど。……なぁ嬢ちゃん、ところで相談なんだが、この拘束を解いてくれんか? ちょっと体が痛くなってきてねぇ」
『ミヤビ、絶対解くんじゃないわよ。いい? 絶対だからね』
いきなり話を変えてきたと思ったら、とんでもないことを言い出してきたマフィアのボスに、レーゼは怒りを通り越して呆れた口調になる。
「横から口を出すんじゃないよ。私は嬢ちゃんと話をしているんだからねぇ。なあ頼むよ、後生だ」
いかにも演技臭そうに、辛そうな顔になる彼女に、雅は思わず苦笑いを浮かべた。一周回って、大したものである。
「そんなことを言われても、駄目ですからね?」
「……ちぇー、駄目かい! 嬢ちゃん、ちょっと甘そうな感じだったから、いけると思ったんだけどねぇ」
「あ、あははは……」
最早乾いた笑い声しか出てこない雅。
『……絶対に捨てろと厳命、か』
マフィアのボスを無視することに決めたレーゼは、一人でそんなことを呟く。
レーゼはそこが、最も気になっていた。知らないと、何かとんでも無いことを引き起こすのではないか……バスターの勘が、そう告げていた。
そしてこの謎を、この時解明出来なかったことを、レーゼも雅も、後で大きく悔やむことになる。
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