第231話『如意』

「あれは何？　シアさんの使う、棍みたい……！」

　四葉の腹部を強打したのは、橙色の長い棒だった。どこから出現させたのかは分からない。気が付けば、人工種キンシコウ科レイパーの手に握られていたのだ。

　ノルンが『未来視』のスキルでこれを知り、警告を飛ばしたことで、四葉は咄嗟に回避行動をとることが出来、それによりダメージは軽減。しかし、それでも痛みに顔を顰めている辺り、相当に強烈な一撃だったことを伺わせる。

　顔を上空に向ける、人工レイパー。

　視線の先にいるのは――ファムだ。

　殺気が飛んで来て、ファムが体をビクリと震わせた刹那。

「わっ！」

　人工レイパーの持つ棒が、突如長く伸びてきて、空中にいるファムに迫る。

　寸前でファムが仰け反ったことで、直撃は免れたものの、今の攻撃は彼女の顔スレスレを通過していた。

「棍じゃない……如意棒だよ！　リーチが長いから、気を付けて！」

「ちぃ！　ソンゴクウみたいな真似を……！」

　長さを自由に変えられる如意棒。今までは短くして隠し持っていたのだろうと、四人はここで理解する。

　四葉が眉を寄せた、その瞬間。

　人工レイパーは地面を蹴って、一瞬で四葉との間合いを詰めると、如意棒を振り回して乱打を仕掛けてくる。

　腕や足で、その攻撃をいなす四葉だが、顔は渋い。

　攻撃の間も、如意棒の長さを微妙に変化させてくるせいで、リーチが掴み辛いのだ。

「ぐっ？」

　ついに、如意棒の突きが四葉の胸部にヒットし、大きく吹っ飛ばされてしまう四葉。

　その時だ。

「皆、伏せて！」

　ノルンがそう叫ぶや否や、緑風で作られた巨大なリングを、人工レイパーの持つ如意棒目掛けて放つ。

　切断性に富んだ、ノルンの最大魔法。人工レイパーが、先程までの俊敏な動きから一転、棒術による戦法に切り替えた今なら、攻撃を当てられると思ったのだ。

　だが、

「っ？」

　人工レイパーは如意棒で、そのリングを受け止めてしまう。

　直径十センチもあるかどうかの、細い棒だ。そんなもので、この魔法を防がれるとは、ノルンは夢にも思っていなかった。

　ガリガリと音を立てる、魔法と如意棒。しかし、人工レイパーが如意棒を無理矢理振るうと、ノルンの放った緑風のリングは、人工レイパーの足元に着弾させられてしまう。

　巻き上がる、土煙。

　その瞬間、

「今だよ、マイカ！」

「やぁぁぁあっ！」

　ファムに抱えられた真衣華が、人工レイパーの背後から勢いよく接近していた。

　ファムに投げ飛ばされ、猛スピードで敵に突っ込みながら、真衣華は『鏡映し』により二挺に増やした片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』で、Ｘの字を描くように斬撃を放つ。

　だが人工レイパーは、接近してくる二人に気が付いていた。

　ノルンの魔法を防ぎ、間髪入れずに振り向くと、人工レイパーは、真衣華の斬撃を如意棒で防いでしまう。

　それでも、二人は諦めない。

「ファムちゃん！」

「うん！」

　ファムが、翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』から羽根を放ちながら、上空に逃げていく。

　無茶苦茶に放たれた羽根は、人工レイパーだけでなく、真衣華や地面にも直撃した。

　三度巻き上がる、土煙。

　そんな中、真衣華と人工レイパーは、ファムの攻撃を受けながらも、相手に攻撃を繰り出していく。

　人工レイパーが平気そうな顔をしているのは、その体がそれだけ丈夫だからに他ならないが、真衣華が平気そうなのは何故か。

　それは、彼女が防御用アーツ『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』を発動しているからだ。

　新たに追加された機能を使い、それに防御を任せ、敵に攻撃しているのである。

　如意棒の打撃を受けながらも、強引に斧を振り、人工レイパーの体に傷を付けていく真衣華。

　勿論、真衣華にも痛みはある。新たに追加された機能では、防御力は少ししか上がらない。ギリギリ致命傷を受けないだけで、現に彼女の体には傷や痣が出来ていた。

　それでも、歯を喰いしばり、真衣華は斧を振るう。この斬撃の嵐で、この人工レイパーを倒しきる、そういう気迫が籠っていた。

　だが、

「くっ……！」

　如意棒が腹部に入り、真衣華の呻き声が漏れる。

　構わず反撃しようとするが、その動きはやや鈍い。

　ノーガードで攻撃し続けていたツケが、回って来たのだ。真衣華の体に少しずつ蓄積されたダメージが、目に見える形として表れてきたのである。

　真衣華の緩い攻撃を悠々と躱した人工レイパーは、隙だらけになった真衣華を叩き伏せようと、如意棒を振り上げる。

　しかしその瞬間、何かに気が付いたように、人工レイパーは体を別の方向に向け、如意棒を体の前に持ってくる。

　直後、人工レイパーに、強い衝撃が襲い掛かった。

　四葉の飛び蹴りだ。今の衝撃は、それを如意棒で防いだことによるものである。

「真衣華！　ちょっと下がりなさい！　後はこっちで始末する！」

「ご、ごめん……！　ありがとう！」

　体を引きずり広場の隅へと向かう真衣華を尻目に、四葉は声を張り上げ、人工レイパーを如意棒ごと蹴りつける。

　僅かに怯んだ相手の腹部に、さかさず拳を叩き込んで仰け反らせた。

　その刹那。

　人工レイパーの腕に、風で作られた球体が直撃し、その手から如意棒を吹っ飛ばす。

　ノルンが、攻撃を放ったのだ。

　如意棒は頑丈なため、それを持つ手を狙ったのである。

　魔力を溜め、決定的な隙が出来るのを、ノルンはずっと待っていた。

　武器を吹っ飛ばされた人工レイパーの手が、すぐさま背中に動く。実はそこに、予備の如意棒を隠してあるのだ。

　武器を失ったと思っている四葉は、勢いよく殴りかからんと拳を振り上げていた。当然、その腹部はがら空きだ。

　そこを目掛け、再び如意棒が伸びていく。

　だが、

「ヨツバっ！」

「っ！」

　それが当たる寸前で、ファムが横から、四葉を抱き上げ空中に舞い上がる。

　ファムは、敵の持つ如意棒が一本だけでは無いと、予想していた。人工レイパーの手が動いた瞬間、嫌な予感がして、四葉を助けたのである。

「全く、もう！　やっぱり私達の助けが必要じゃん！」

「……ちっ」

　ファムの文句に、四葉は軽く舌打ちをして――地上にいる人工レイパーに目を落とす。

「……パトリオーラ。今だけは、あなたが子供だってことを忘れてあげる。一緒に行くわよ！」

「最初からそう言いなよ！　まぁ、いいけどさ！」

　ファムが四葉を放り出し、四葉はアーツの力で空中に浮遊する。

　そんな二人を狙い、如意棒が伸びてくるが、それをギリギリのところで躱すと、二人揃って人工レイパーの方へと急降下していった。

　人工レイパーは、再び如意棒で攻撃をしようとするが、動いたのは四葉の方が速い。

　真っ直ぐ左手を伸ばし、衝撃波を放つ。

　狙いは人工レイパー……では無く、その足元。

　地面が爆ぜ、その衝撃で敵の体が宙に投げ出される。

　必然、隙だらけになる、人工レイパー。

「はぁあっ！」

「とりゃぁっ！」

　その体に、四葉とファムの、勢いを付けたドロップキックが同時に炸裂する。

　吹っ飛ばされた人工種キンシコウ科レイパーは、そのまま空中で爆発するのだった。