第229話『取引』
一方、街の一角でラティアを探していた四葉達はというと。
「そっか、よかったー! じゃあ、戻るね! ――皆! ラティアちゃん、見つかったって!」
真衣華が、雅との通話を切りながら、四葉達にそう伝える。
空を飛んでラティアを探していたファムと四葉にも声は聞こえたようで、二人揃って地上に降りてきた。
「どこにいたの?」
「ラティアちゃん、誘拐されていたんだって。あの商人さん、実は人攫いだったみたい」
「はぁっ? あの子、無事なのっ?」
「うん。眠らされていただけで、怪我とかはしていないって言ってたよ」
「そう、良かった……」
四葉は心底安堵したように、深く息を吐く。
すると、
「……なんか、意外です」
ノルンが、そんな四葉を見て、思わずボソリとそう呟いた。
「ヨツバさん、ラティアちゃんのこと苦手っぽそうに見えていましたけど、実は結構気にかけていますよね。いなくなったことにも、ミヤビさんと同じタイミングで気が付きましたし」
「あー、そうそう。今だって、一番一生懸命にラティアを探していた感じしたね」
「いや、別にそんなことは……」
ノルンとファムにそう指摘され、どこかむず痒そうな顔になる四葉。
明確に反論できないのは、それが事実だからだ。四葉は確かに、必死で彼女を探していた。
「でも、何となくラティアちゃんを避けている感もあるよね。なんかあったの?」
「…………」
三人にジッと見つめられ、四葉は苦い顔になる。
ラティアが苦手なのは、本当だ。だがその理由を、四葉は人にペラペラ喋りたくなかった。
何となく気まずくなって、プイっとそっぽを向いた、その時だ。
「……ん?」
四葉の眉が、ピクリと動く。
男が、裏路地に入っていくのが見えたのだ。
しかも、黒髪。チラっとだけ見えた顔も、アジア人系統だった。
少なくとも、異世界の人間ではないことは明らかで、裏路地に入った辺り、観光客とも思えない。
「あなた達、先に戻っていて。私、ちょっと行くところが出来たから」
「え? ちょ、私達も着いて――」
真衣華がそう言いかけるが、四葉はもう既に、男の後を追って裏路地へと入るのだった。
***
裏路地に入り、曲がりくねった一本道を進んでいくと、小さな広場が見えてくる。
そこに、男はいた。
四葉は物陰に身を隠し、広場の様子を伺うと――目を見開く。
広場には、もう一人男がいた。
蛇のような顔をした、中年の男……葛城裕司だ。四葉達が追っている男である。
(奴め、やっぱりウラに来ていたのね。こんなところで何をしているのかしら?)
今この場で捕まえようか……と一瞬だけ考えたが、すぐにその考えを否定する。
もう一人の男も、恐らく人工レイパーだろう。流石に二対一は分が悪い。今は、敵を観察することに専念すべきだと、そう思った。
「お疲れ様です。……さて早速、例の物を」
「こちらです、葛城様」
男が、懐から小瓶を取り出すと、葛城に渡す。
遠目からでははっきりとは分からないが、琥珀色の液体が詰まっていた。
(あれは何? 樹液……では無さそうね。薬かしら?)
「何しているのかな? 見た感じ、違法な物の受け渡しみたいに思えるけど」
「っ?」
葛城達のことに気を取られていた四葉は、背後からの声に、飛び上がらんばかりに驚いた。
振り向けば、そこにいたのは真衣華。後ろには、ファムとノルンもいる。
「あなた達、何でここに? 戻っていろと言ったでしょう?」
「了承した覚えは無いよ。『私達も着いていく』って言おうとしたのに、四葉ちゃん、突っ走っちゃうから」
「屁理屈を……それにしたって、この二人を連れてくることは無いわ。まだ子供なんだから……」
「ちょっとヨツバ、『子供』って何さ。大して歳、変わんないでしょ」
「中坊程度の年齢なんて、十分子供よ」
子ども扱いされ、不満そうな顔をするファムに、四葉はフンと鼻を鳴らしてそう言い放つ。
バチバチと、二人の視線の間に火花が発生する。
一触即発の雰囲気だ。だが、
「はいはい二人とも。歳なんかより、今はあっちに集中しましょう」
「そうそう。大事なところ、見逃しちゃうよ」
ノルンと真衣華は、取引現場を監視しながら、ファムと四葉を適当に宥めた。
四葉は全員を一睨みし、何か言おうと口を開きかけたが、取引現場を食い入るように見つめる三人を見て諦めたのか、舌打ちをして自分も監視に加わる。
丁度、葛城が渡された小瓶をじっくりと観察していたところだ。
だが、それが確かに自分の求めていたものだと確信したのだろう。ニヤリと、口元を歪めた。
「素晴らしい……。これがあれば、さらなる力が手に入る。誰も私に逆らえない。ふふ、戦えもしない久世に指図されるのは、もう我慢が出来なくなってきましたからねぇ……。頂点に立つのは、私こそがふさわしい。くっくっく……」
葛城のその言葉に、四葉達は顔を見合わせる。
てっきり、葛城は久世の指示で、ウラに来ていたと思っていた。
だが、どうもそうでは無いらしい。
「どういうことだろう? 葛城って人、久世の仲間じゃ無かったのかな?」
「仲間のフリをして、虎視眈々とトップの座を狙っていたようね」
「どうする? このまま放っておけば、あいつら勝手に内輪揉めして自滅してくれるんじゃない?」
「いや、ファム。多分、トップが変わるだけだと思う。状況は、大して変わらないと思うよ」
久世は人工レイパーになれない以上、人工レイパーになれる葛城と戦えば、間違いなく葛城が勝つ。それが分かっているから、ノルンの顔は渋い。
そんな彼女達を他所に、葛城達は会話を続ける。
「手に入ったのはこれだけですか?」
「はい。原料が少量しか採れないものでして……。しかし、現在集めさせています。三日程お時間を頂ければ、十分な数、作ることが出来るでしょう」
「ふむ、まぁ良い。時間はまだあります。いいですか? 久世には絶対にバレないよう、慎重に事を進めなさい。さて、私はこれで」
葛城は貰った小瓶を懐にしまうと、四葉達がいる通路とは逆側の通路へと姿を消す。
その場に残ったのは、男が一人。
「これはチャンスよ。あの男をぶちのめして、情報を聞き出せる!」
小さくそう言った四葉の目は、鋭い光を放っていた。
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