第228話『誘拐』
「伊織さん、いいんですか? だって――」
「雅ちゃん」
皆が向かった方と、伊織の顔を、焦ったように交互に見ながらそう尋ねる雅を、伊織は一言で黙らせる。
そして、鋭い目つきで、商人の女性の方を見ると、
「商人さん。――ラティアちゃん、どこに連れて行ったんすか?」
言葉遣いは変わらないのに、空気が凍るような声で、そう聞く。
その言葉に、眉を顰める商人。
「な、なんのことだい?」
「とぼけんじゃねーっす。あんた、商品を勧める最中の挙動がおかしかったっす。時々うちらの後ろの方を、チラチラ見ていたっすよね?」
「そ、それがなんだい?」
「あんたが来た後、ファムちゃんがうっかり、ラティアちゃんの手を離しちまったのは本当かもしれねーです。でも、それまでは、間違いなくそこにいたんすよ。あんたが見ていねーなんてこと、ありえねーっす」
ラティアがいなくなった後、伊織が商人に、ラティアがどこにいったか尋ねた際、彼女は『最初からいなかった』と言った。
ラティアは目立つ娘だ。商人の目に入らなかったとは思えない。
「なーんか変だなって思ったところに、これっす。あんた、商人じゃねーっすね? 多分、人攫いかなんかっす。仲間がいるっすよね。あんたがうちらを引き付けて、別の仲間がラティアちゃんを攫ったっす。ここら辺は人通りが多くて、うるさいエリア。人の波に流されたように見せかけて誘拐することも出来るし、物音が立っても目立たねー」
そう言ってから、伊織はギリっと奥歯を鳴らす。
街の外は治安が悪いと聞いていた。だから、それまでは警戒していたのだ。だが街に入った後は、少し気を緩めてしまった。
だが、よく考えれば、ラティアくらい小さくて可愛い子供なら、よからぬ人間に誘拐される可能性を考慮すべきだったのだ。おまけに彼女は声が出せない。誘拐犯からすれば、これ以上無いくらい、良い獲物だろう。
伊織が内心でそんな後悔をしているとは知らない商人の顔は、苦しそうに歪んでいた。
何か言おうと口をパクパクさせ、伊織と雅を交互に見た後、四葉達が行った方向に目を向けると、観念したように口を開く。
「……よく分かったね。まさか、視線だけで疑われるとは思わなかったよ」
「うちらの国にはね、『人を見たら泥棒と思え』っつー、ありがたい言葉があるんすよ。日本警察、舐めんじゃねーです。さぁ、御託はいいから、さっさとラティアちゃんのところに連れていくっす」
「……こっちだ」
あっさりと白状した商人……もとい、誘拐犯は、伊織と雅を連れて、ラティアがいるところまで向かうのだった。
***
二人がアジトへ向かう、その途中。
「雅ちゃんは、あいつが商人じゃねーって、どこで気が付いたんすか?」
「ファムちゃんに声を掛けたのに、ラティアちゃんのことを知らない素振りを見せた時ですね。視線がおかしかったことまでは、流石に分かりませんでしたけど」
誘拐犯の後ろを着いていきながら、伊織と雅は、コソコソとそんな会話をする。
「伊織さん。どうして四葉ちゃん達を別の場所に? あの人が誘拐犯グループだって分かっていたなら……」
「念の為っすよ」
伊織が四葉達をどこかに向かわせた理由は、二つ。
一つは、自分の推理が間違っていた場合のことを考慮したから。本当にラティアが人混みに流され、迷子になってしまった可能性はゼロでは無かった。
そしてもう一つは――
「さぁ、ここだ」
「はっ。こりゃまた、寂れたアジトだことっすね」
街の隅。ボロボロで、今にも崩れそうな倉庫を見て、伊織が苛立たし気に鼻を鳴らす。
「ほら、この中だよ。大丈夫。あの娘は無事さ。まだ何もしちゃいない」
そんなことを宣う誘拐犯を、伊織は一睨みすると、扉の取っ手に手を掛けた。
「雅ちゃん、準備はいいっすか?」
「ええ。大丈夫です」
「じゃあ、行くっすよ!」
そう言うや否や、伊織は扉を開けて、二人は中に足を踏み入れた。
倉庫に入った瞬間、誘拐犯の女性が、ニヤリと笑う。
刹那、二人の背後から、筋骨隆々な男が迫る。
その手には、鉄パイプ。
扉の近くに隠れており、二人が隙を見せたところで襲い掛かったのだ。誘拐犯の女性は、通話の魔法で伊織達のことを仲間に知らせており、待ち伏せさせていたというわけである。観念したように見せかけ、二人を嵌めようとしていたのだ。
だが、
「ふん、どうせこんなこったろうと思ったっす!」
伊織が振り向き様に、蹴りを繰り出し、男の鉄パイプを弾き飛ばす。
驚きの声を上げる、誘拐犯達。
このような企み等、伊織にはお見通しだった。これが、四葉達を別の場所に向かわせた一番の理由だ。
こちらの人数が減れば、きっと誘拐犯達は、自分達をアジトに誘い込もうとすると思ったのである。
「雅ちゃん! 後ろっす!」
「っ!」
伊織は男の腹部に蹴りを入れて吹っ飛ばすと、雅に警告の声を飛ばす。
陰に潜んでいた仲間は、彼だけではない。
反対側からも、体格の良い男が近づいてきており、雅に殴りかからんと拳を振り上げていた。
普通の人なら、その威圧感と勢いに飲まれ、あっという間にやられてしまうだろう。
だが、雅は違う。
迫る拳の軌道を冷静に見極め、僅かに体を逸らして攻撃を躱すと、相手の腕を掴み、四方投げをするような動きで敵を投げ飛ばした。
レイパーに比べれば、全くもって大した相手では無い。
「お、おい! 何をしているんだい! 早く取り押さえるんだ!」
誘拐犯の女性の、焦ったような声と共に、倉庫の奥から、五人もの人間が現れる。全員、彼女の仲間だ。
「雅ちゃん! あれはうちが何とかするっす! 早く、ラティアちゃんを!」
伊織はそう指示すると、果敢に敵へと突っ込んでいく。
応戦しようとする誘拐犯達だが、そこからは伊織の独壇場だった。
彼らの胸部や腹部に蹴りや拳を叩き込み、投げ飛ばし、あっという間に全員を倒してしまう。
「なんすか、手応えのねー奴らっすね。――後は、あんただけっす」
気絶した誘拐犯達を見渡していた伊織は、入口で腰を抜かしている女性に鋭い目を向ける。
「な、なんなんだ、お前達はっ? ……くぅ」
仲間が全員やられ、本当に観念したのだろう。彼女は、大人しく伊織に拘束される。
すると、
「伊織さん! ラティアちゃん、いました! 眠らされてますけど、無事です!」
雅が、倉庫の奥からラティアを抱えてやって来る。
ラティアはスゥスゥと寝息を立てているものの、外傷などは見られない。
それを見て、伊織はホッと息を吐くのだった。
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