第3章幕間
雅達がイーストナリアへと旅立った、丁度その頃。元の世界は六月の半ばに差しかかっていた。本日は土曜日。時刻は午前十一時を少し過ぎた頃である。
ここは桔梗院家。新潟市南区杉菜にある日本庭園付きの平屋だ。二千平方メートル近い敷地の中に建てられており、その家の角、一番日当たりの良い部屋が、ゆるふわ茶髪ロングの女子高生である桔梗院希羅々の部屋となっている。
家の外観は和風だが、希羅々の部屋は洋室だ。部屋は全体的にダークな色で統一されており、シックで大人っぽい印象を与えるコーディネートになっていた。
意外にも物が少なく、家具はベッド、クローゼット、勉強机、小さなキャビネット、ティーテーブルと椅子くらいだ。毎月親から結構な額のお小遣いを貰っているものの、部屋が物で溢れるのが嫌で、形として残るような物はなるべく買わないようにしているからである。
例えばこの部屋には時計が無い。世の中にお洒落な時計は数多くあれど、同時に時間を確認する手段もいくらでもあるため、希羅々は必要だと思わなかった。
そんな部屋だが特筆すべきは勉強机の横には女子高生には似合わない工具箱が置いてあることだろう。中にはアーツの手入れに使う道具が入っている。アーツの簡単な手入れなら日々の掃除等だけで充分だが、もう少し深い所まで自分の手で整備をしようとすれば専門の工具が必要になるのだ。
部屋の主は、ティーテーブルを出し、ティーカップを片手に眉間に皺を寄せていた。
ティーカップの中は烏龍茶。希羅々が一番好きな飲み物だ。
彼女の目の前には、いくつものウィンドウが出現している。希羅々の机の上には手の平に乗るサイズの丸いデバイスが置いてあり、これによって映し出しているものだ。
大昔に存在したパソコンやスマートフォンを足して、さらに高性能にしたようなこれは、『ULフォン』。
ULフォンが自身の半径五メートル以内にあれば、意思一つで空中にウィンドウを出してネットに接続したり、他人と通話することが可能だ。
ウィンドウには、電子メールの文面やニュースサイト等が映し出されている。かれこれ二時間、希羅々は画面と睨めっこしながらウィンドウに指を滑らせていた。
「……目ぼしい情報は無し、と。全く、これでは埒が明きませんわね」
思わずそう呟いてしまう希羅々。彼女は今、五月の終わり頃に愛理が見たという『謎の黒いレイパー』について調べていたのだ。
愛理が雅を探す手掛かりを求め、彼女が消えたビルの屋上に行った時に見たという、人型の黒いレイパーのことである。女性を一人殺害し、その後忽然と姿を消し、未だ見つかっていない。
この事件にはいくつか不可解な点があり、その一つに殺された女性の遺体が消えたというものがある。愛理が警察に連絡した後、近くにいた別のレイパーと戦うためにその場を離れたのだが、警察が現場に到着した時には既に遺体が無くなったというのだ。
争った形跡はあったため、誰かが殺されたのは間違いないと警察も判断しているものの、その遺体は今も尚見つかっていない。
殺された女性の身元は不明だが、直近で行方不明になった人の中で、あの辺りに住んでいる人が一人いたため、恐らく殺されたのはその女性ではないかと推測された。
希羅々はその黒いレイパーも女性の遺体も見ていないが、この話は愛理から聞いている。丁度、彼女と一緒に別のレイパーを倒した際に、聞かされた話であった。
警察にまかせっきりにしても問題ないのだが、気味が悪かったため、我慢出来ず希羅々もレイパーの正体を突き止めてやろうと躍起になっており、今に至るという訳だ。
そんな時、新たなメールを受信した旨を告げるアイコンが表示される。
「あら、また真衣華からだわ」
差出人の名前を見て、希羅々は目を丸くする。真衣華というのは希羅々の一番仲の良い友人であり、今回の事件の情報収集を一緒に手伝ってくれているのだ。
実は数分前に集めた情報を纏めたメールを貰っていたのだが、そこに書き忘れていたことがあったとのことで、再度送るとメールには書かれていた。
それを見た希羅々は、出かける準備をすると、家を出るのだった。
***
「ふむ。真衣華の情報によれば、ここで黒いレイパーの目撃情報があった、と。これまた随分と寂れた倉庫だこと」
やってきたのは新潟県五泉市土渕。希羅々の家から車で四十分程の場所。
山際にある、今は無人となった倉庫に希羅々は訪れていた。
一般的な広さの一軒家程度の大きさの倉庫だが、外壁がボロボロになっているせいか存在感が薄い。昔はとある企業が製品在庫の置き場にしていたらしいが、その会社が潰れてしまってからは誰も買い手が付かず、ほったらかしになっていた。
近くには早出川があり、少し上れば早出川ダムが見えてくる。早出川ダムまでの道のりはドライブコースとなっており、矢筈岳の雄大な景色が眺められる他、早出川自体も清流のため魚釣りや川遊びが楽しめるのだが、今回希羅々は別に遊びに来たわけではない。
先程もらったメールには、この付近で真っ黒なレイパーらしき姿を目撃したという情報があったため、やってきたのである。
メールには写真も添付されており、ピンボケしていたものの確かにレイパーっぽい印象を受けた希羅々。
他にロクな情報も無かったため、駄目元でここを訪れた次第である。
なお、こんな事を家族に言えば「危ないから止めろ」と制止されるのは明白だったため、希羅々はここまで公共の交通機関を使って一人で来ている。情報を送ってくれた友人も連れてこようかとも考えたが、どうせ今回は下見。一人でも問題ないと判断した。
それと希羅々も自分の我が侭で友人の時間を奪ってしまったと思っているので、これ以上付き合わせるのも悪い気がした、というのもある。
希羅々の右手の薬指に嵌められた指輪が光り、彼女のアーツ『シュヴァリカ・フルーレ』が出現する。金色のレイピア型のアーツで、全長七十センチ程もある、彼女の愛剣だ。
その場で軽く素振りをしてから、希羅々は倉庫の入り口の扉の取手を握る。どうやら鍵はかかっていないようで、なんと無用心なのかと希羅々が呆れた、その時だ。
「あれ? あんたがなんでここに?」
後ろからそう声を掛けられる。ひどく聞き覚えのある声だったため、希羅々が表情の無い顔で振り向き――盛大に溜息を吐いた。
「それはこちらの台詞ですわ。あなたこそ何故このような場所に? ……相模原さん」
そこにいたのは、胸元辺りまである黒髪サイドテールの少女。希羅々の同級生であり、雅の親友である、相模原優であった。
彼女は手に弓型アーツ『霞』を持ち、今まさに戦場に赴かんと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
優は希羅々の質問にフンと鼻を鳴らす。
「希羅々ちゃんには関係無いし」
そう言って、そっぽを向いてしまう。
その態度が無性に気に入らない希羅々は、眉を吊り上げる。
「私、ここには用があって来ましたの。遊びに来たのでしたらとっととお引取りいただけませんこと?」
「はぁぁぁあっ? 私もここに用があってきたんですぅー! あんたに私の邪魔されちゃかなわないわ! 急ぎの用じゃないなら、あんたこそ帰りなさいよ!」
「黙って聞いていればこの庶民……! 泣かせますわよ!」
「希羅々ちゃんの癖に生意気な! やれるもんならやってみなさいよ!」
「希羅々ちゃん言うな! ですわ!」
あまりにも子供っぽいやりとりである。もしここに愛理がいれば「また始まったか」と頭を抱えそうな光景だ。
その後もあれこれと下らない言い争いをしていたが、やがて疲れたのか、双方大きく息を吐いたことで争いは終わりを迎える。
「……全くあなたときたら、どうせいつもの如く、大事なご友人の捜索の一環でしょうに。素直に白状なさればよろしいのではありませんこと?」
「ちょ、あんたが何でみーちゃんを探していることを知っているのよっ?」
「情報元は極秘ですのであしからず」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」
図星であった。優もまた愛理から『謎の黒いレイパー』のことを聞かされており、その特異性から、雅に繋がる手掛かりになるのではないかと考えたのだ。そして偶然にも希羅々と同じ情報を彼女も得ており、ここへとやってきた次第である。
悔しそうに歯噛みする優の姿に満足した希羅々。ご機嫌な様子で再度倉庫の入り口の扉の取手を握る。
刹那、女性の甲高い悲鳴が、倉庫の裏の方から聞こえてきた。
希羅々と優は互いに顔を見合わせると、同時に声のした方へ走りだす。
倉庫の中には入らず、横の狭い道を希羅々が先頭になって進んでいき、辿り着いたそこは少し開けた場所となっていた。掃除されていないのか落ち葉が堆積し、地面は枯葉色に染まっている。
周りには木が生い茂る中、OLのような格好の女性が地面に倒れていた。三十代半ばくらいか。スーツはボロボロで、頭からはドクドクと血が流れ出ている。
二人は慌てて駆け寄る。希羅々が脈を測るものの、優の方を振り向いて力無く首を横に振る。
優は舌打ちをし、弓を構えて辺りを見渡す。
状況的に、先程悲鳴を上げたのはこの女性である。明らかに他殺であるが、犯人の姿が無い。悲鳴を聞いてから二人が駆けつけるまでに一分も掛かっていないことを考えれば、女性を殺した奴は間違いなくまだ近くにいるはずである。
二人はアーツを構え、背中合わせになって互いの死角をカバーし合いながら、油断無く犯人の姿を探す。
そして――
「――見つけたっ!」
優が突然弓の弦を引く。矢型の白いエネルギー弾が生成され、弦を離したと同時に放たれる。
その攻撃の先には、人型の黒い影。
背中を向けて現場から遠ざかっており、具体的な特徴は分からない。強いて言えば、かなりごつい体付きをしているくらいか。明らかに人間ではないのは確かだ。
きっとレイパーだと、優は判断した。
矢型のエネルギー弾が孤を描くように飛んでいく――が。
攻撃されたことに気が付いたのか、その黒いレイパーはエネルギー弾が命中する前に振り向き、腕を振って攻撃を弾き飛ばしてしまう。
だが、そのお陰で敵の顔を見る事が出来た。
希羅々も優も、その顔を見て息を呑む。
カラスのような顔だ。首から下には筋肉の鎧を纏っており、そこからイメージしていた顔付きとはかなりかけ離れていた。ミスマッチ……と言ってしまえば笑ってしまうかもしれないが、実際に見た二人にはただただ不気味でしかない。
分類は『人型種カラス科』……なのかもしれないが、姿形が歪でこのように分類してよいかは希羅々も優も疑問に思う。
カラスの顔をしたレイパーは、目玉をギョロつかせて二人を一瞥した後、再び逃げ出す。
その方向は、一般公道。先程まで希羅々達がいた場所だ。
慌てて後を追う希羅々と優。
希羅々は、手に持ったシュヴァリカ・フルーレをギュッと握り締める。
ここは木等が邪魔して視界が悪いが、開けたところに出たら、自身のスキル『グラシューク・エクラ』を使おうという腹積もりだ。
後を追いながら、次々と矢型のエネルギー弾を放っていく優。
レイパーの動きは速く、後ろに目がついているのかと疑ってしまいそうなくらいに的確に攻撃を躱してしまう。
それを見て、希羅々は舌打ち。攻撃する優が下手なのではない。あのレイパーの動きは、希羅々の目からしても相当なものだった。
これでは開けた場所に出ても、攻撃を当てられる自信は希羅々にも無い。
公道に出たレイパーは道を横切り、そのまま早出川の方へと走っていく。
そして川原に辿り着いたレイパーは、川の向こう岸を睨むと、そのまま足に力を入れ、跳躍する。川を泳ぐのでは無く、跳んで横切ろうというのだ。
だが優は焦らない。
レイパーが着地する地点を予測し、弓の弦を引き、狙いを定めて矢型エネルギー弾を放つ。
飛んでいったエネルギー弾は、レイパーが向こう岸に着地するのとほぼ同じタイミングで、レイパーの足元に着弾し、地面を抉る。
バランスを崩し、よろめくレイパー。
そしてそんな隙を、希羅々は見逃さない。
「はぁぁぁあっ!」
美しく、気高い叫び声を上げながら、希羅々は遠くのレイパー目掛け、レイピアを振るう。
刹那、空中に全長十メートルはあろうかという巨大なレイピアが出現する。そのレイピアは、今希羅々の持っているシュヴァリカ・フルーレと大きさ以外は同じ見た目のものだ。そのポイントがレイパーに向かって勢いよく接近していった。
これが希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』だ。命中すればレイパーなんて跡形も無く消し飛ばせる、一時間に一発しか使えない希羅々の必殺技である。
体勢がまだ整っていないレイパーに、これを躱す術は無い。
――もらった!
二人が同時に、そう確信した、その時。
水が爆ぜる音が響く。
川の中から、何かが飛び出してきたのだ。
一体何が出てきたのか……優と希羅々が目を向ければ、そこには全長一メートル程のピラニアのような生き物がいた。あまりにもでか過ぎる巨体。こんなピラニアは、二人は見た事が無い。見た目も全体的に暗い色合いで禍々しく、レイパーだというのはすぐに分かった。
分類は『ピラニア種』といったところか。カラス顔のレイパーに比べれば、しっくり来る分類である。
ピラニア種レイパーは、今まさにカラス顔のレイパーへと接近している巨大なレイピアのブレイドへと突進し、頭突きで軌道を逸らす。
その結果、希羅々の必殺の一撃はカラス顔のレイパーに命中することなく、大きく離れた所の地面へと衝突し、大地を砕いた。
舞い上がる土煙。
それが晴れた後に、カラス顔のレイパーの姿はどこにも無い。逃げられてしまった。
悔しい気持ちがふつふつと湧いてくるが、二人は一旦それを飲み込む。
ピラニア種レイパーは水中へと姿を消したが、魚影からまだこの場に残っているからだ。希羅々と優を殺そうと、隙を伺っているのだろう。こちらのレイパーを見逃すことは出来ない。
頭を切り替え、ゆっくりと川へと近づく希羅々。その後方から、いつレイパーが飛び出してきても良いように弓を構える優。
弓型アーツ霞の作るエネルギー弾は、水中では長時間形を保つことは出来ない。水面にいるならともかく、水の中に潜られていては攻撃を当てることが出来ないため、このように弓を構えることしか出来ないのだ。
希羅々は考える。『グラシューク・エクラ』を使ってしまった以上、水中にいるレイパーに攻撃を当てる手段は一つしかない。しかしそれには危険が伴う。
希羅々は軽く深呼吸すると、視線はレイパーへと固定しつつ、口を開く。
「……相模原さん。しくじったら殺しますわよ?」
「……っ! ふんっ! しくじるわけ、ないでしょ!」
優は、希羅々が何をしようとするのか悟り、眉を吊り上げ、そう返す。
そして希羅々は、勢いよく川に飛び込んだ。腰から下が、水中へと沈む。希羅々はレイピアを構えると、全神経を下半身へと集中させた。
魚影が希羅々へと向かってくるのが分かる。かなりの速度だ。
だが、希羅々に捕らえられない程では無い。
ピラニア種レイパーが希羅々の足を噛み千切るより早く、その頭をレイピアで突き刺す。
一瞬動きが鈍ったレイパーを、レイピアを持ち上げ水の中から引きずり出し、そのまま空中へと放り出した瞬間。
優の放った矢型のエネルギー弾がレイピアの腹へと命中し、風穴を開ける。
一瞬空気が静まり返り、そしてレイパーが爆発四散する。
爆風に目を伏せる二人。
辺りが静寂を取り戻し、それを少しの間噛み締めてから。
希羅々と優は、ホッと胸を撫で下ろすのだった。
***
「全く……服がびしょびしょになってしまったではありませんか」
結局、レイパーが爆発した際に発生した爆風のせいで水が舞い上がり、それを盛大に被ってしまった希羅々は全身ずぶ濡れになってしまっていた。
「脱げばいいじゃない。どうせ誰も見て無いんだから」
「嫌ですわそんな痴女みたいなこと」
そんな冗談を交わしつつも、優は仕方が無いと言わんばかりに大袈裟に溜息を吐き、着ていた上着を脱いで希羅々に放り投げる。
それを思わずキャッチしたものの、意図が分からない希羅々は怪訝な顔だ。
「……後で洗って返せ」
「これで拭けと?」
「タオルなんて持ってきて無いからね。濡れたままじゃ風邪引くでしょ。……それとも希羅々ちゃんは馬鹿だから風邪引かないんですかー?」
「あなたみたいな庶民と比べればおつむは良い方ですのでご安心を。ちゃんと風邪位引きますわ。……後希羅々ちゃん言うな! ですわ! ちょっと見張っていて下さいません?」
「はいはい」
優がやる気無さそうな声で返事しつつも、言われた通り誰も来ないか目を配り始めると、その後ろで、何やらごそごそと布が擦れる音が彼女の耳に飛び込んで来た。
内心「やっぱり脱ぐんじゃん」と思ったことは内緒だ。
希羅々は手早く体を拭き、服の水を絞り、着替えを済ませる。
「もういいですわ」
そう言われ、振り向く優。
水を絞ったからか、希羅々の服は皺だらけになってしまっている。男ならあまり気にしないかもしれないが、女性がこんな格好にならざるを得ないというのは優も同性として少し思うところがある。
そんな態度が顔に出ていたのかもしれない。希羅々は「同情は結構」とぴしゃりと言うと、川の向こう岸の方へと顔を向ける。
「あのレイパー……どう思います?」
「カラスの顔した奴だよね。何か嫌な感じがした」
二人とも何となくだが、先程のカラス顔のレイパーは、本当にレイパーだったのか疑問に思っていた。人間ではないことは間違いないと確信しているのだが……。
正体を突き止めたいし、被害がこれ以上広がらない内に倒したい気持ちはあるが、疲労が残っている今の状態であのレイパーを追うのは危険極まり無い。残念だが、今回は諦めるほか無いだろう。警察にレイパーの事を話し、他の大和撫子に捜索してもらうことにする二人。
あのレイパーの話は一旦終わりにしたところで、優は別の疑問を口にするため、口を開く。実は最初から気になっていたことがあったのだ。
「殺された女の人、なんであんなところにいたんだろう?」
人が来ない倉庫の裏に、スーツを着た女性がいることがあまりにも不自然に思えた優。
希羅々はしばらく考え込んだ後、口を開く。
「理由は分かりません。でも彼女、私のお父様の会社の社員でしたわ」
「……は? マジ? 何で分かんの?」
突然の事実に、目を丸くして優が聞くと、希羅々はしっかりと頷く。
「社員証が首からぶら下がっておりましたから。社員証の写真の顔と、彼女の顔も一致していましたから、間違いありませんわ。『StylishArts』、ご存知なくて?」
「はぁぁぁあっ?」
優は途端に、希羅々の顔と、自分の右手の薬指に嵌っている指輪を交互に見る。
その会社名を知らないはずは無い。何故なら『StylishArts』とは、大手アーツ製造販売メーカーなのだから。
優や愛理、雅が使っているアーツも、『StylishArts』から販売されているアーツだ。
希羅々は、優のその反応に呆れたような顔をする。
「この庶民……前々から思っておりましたが、あなた私に全然興味がありませんのね! 桔梗院家といえば、まず最初に『StylishArts』の社長である『桔梗院光輝』の名前が思い浮かびませんことっ?」
桔梗院光輝とは、希羅々の父の名前だ。
「いやあんたのお父さんの会社が作ったアーツにはお世話になっているけど……会社の名前は知っていても、社長の名前なんて覚えないって!」
「以後、私のお父様に感謝しながらアーツを使うと良いですわ!」
「ウ、ウザァ……」
何故かドヤ顔を浮かべる希羅々に、優はげんなりとした表情を浮かべるのだった。
***
四日後の、午後八時。
希羅々は自室にて、憮然とした顔で烏龍茶を啜っていた。
視線は、空中に出ているウィンドウへと向けられている。
先日希羅々達が戦った、カラス顔のレイパーは未だ逃走中。
実はULフォンで、あのカラス顔のレイパーの写真を撮影していた希羅々。愛理に、ビルの上で目撃したレイパーがこのレイパーだったか確認するためだ。
しかし愛理曰く、違うらしい。カラス顔のレイパーはかなりがっちりした体型であったが、愛理が見たのは、もっと細身の奴だったというのだ。
三人が出会った、二体の不気味な敵。正体が分からないのは、あまりにも気味が悪い。
もう一つ気になることもある。
優が、警察官である父親からこっそり聞いた話では、今回殺された女性には彼氏がいるらしい。だが、その男が行方不明だというのだ。
時期は、ちょうどあの女性が殺された時と同じ。
そして女性とその彼氏が、最近なにやら揉めていたらしいという話もあるそうだ。
無関係だとは、とても希羅々には思えない。
頭を悩ませる希羅々。
「……上等、ですわ」
希羅々は、誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
そして友人である真衣華に向けて、愛理が見た『謎の黒いレイパー』の他に、『カラス顔のレイパー』の情報収集も依頼するメールを打ち始めるのだった。
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