第226話『擦違』
「おぉ、またラティアちゃんがトップですね! 引き運強いです!」
「んじゃ、次私の番……っ?」
「あ、マイカのところにババいった。気を付けろー」
「ちょ、ファムちゃん! バラすの無しー!」
「…………」
船内の一角で、わいわい騒ぐ声がする。
雅達だ。今は皆で、ババ抜きで遊んでいた。
その中には、四葉もいる。
はしゃぐ雅達とは対照的に、能面のような顔で、トランプのカードを握っていた。
四葉は自問する。
何故自分は、彼女達とこんなことをしているのだろうか、と。
ウラ到着までは半日近く掛かるため、雅達が「トランプで遊ぼう」と話をしているのを聞いたのは覚えている。
だが何故、自分までババ抜きをしているのかが、分からない。
あれよあれよという間に彼女達の輪の中に入れられ、拒否する間もなくゲームがスタートしたのだ。
「はい、次は四葉ちゃんの番だよー」
「…………」
真衣華からそう促されると、油の切れたロボットのような動きで、四葉はカードを引く。ジョーカーだった。おどけた顔が、何とも小憎たらしくて仕方がない。
「やった、ババいなくなった!」
「マイカだってバラしてんじゃーん」
ファムの突っ込みに、周りがドっと湧く。
一体これの、何がそんなに楽しいのだろうかと、はたはた四葉は疑問に思うばかりだ。
結局その後、ジョーカーは四葉のところから動かないままゲームは進み、残りはノルンと四葉だけ。
そして手札は、ノルンが一枚、四葉が二枚。
「えっと、これで最後――あっ! 上がりました!」
「おっ、じゃあ四葉ちゃんがビリだね。罰ゲーム、何にする?」
「あっ、じゃあスリーサイズを教えて――」
「はいはい雅ちゃん、セクハラ系は駄目だよー」
身を乗り出してそんなことを言い出した雅を、真衣華が止める。今この場で、雅の変態行為を止められるのは真衣華と伊織だけ。優とレーゼからは、どうにもならないなら鉄拳制裁も許可されてある。
「んー……そうだ! 私『マグナ・エンプレス』をじっくり見たい! この間はそんな暇無かったしさー。ね? いいでしょー? 見せて見せてー!」
「真衣華ちゃんの趣味全開過ぎるっす。もっと違うやつが良いっす。ラップ調で早口言葉とか、どーっすかね?」
「馬鹿馬鹿しい」
最早付き合っていられない、と四葉は席を立つ。
「後はあなた達で遊んでなさい。私はもういいから」
「あ、逃げた。大人気ない」
「喧しい」
ファムのからかうような言葉に、ピシャリとそう言うと、そのまま彼女は本当に去ってしまった。
「……もしかしてヨツバさん、こういうの、実は苦手だったんでしょうか?」
気まずそうに、ノルンが皆の顔を見る。
すると、
「あ、ラティアちゃん?」
ラティアが椅子から降りて、四葉の後を追いかける。
雅も「私、ちょっと様子を見てきます」と言って、彼女に続くのだった。
***
十分後。
うろちょろと船内を歩く四葉の姿があった。
勢いで雅達から距離をとったものの、他にやることもない。
どうしようかと頭を悩ませていた、そんな時だ。
誰かに、背中を突かれ、四葉は跳び上がる。
慌てて振り向くと、そこにいたのは、ラティアだった。
「な、何?」
四葉を驚かせてしまったことに、少しばかり申し訳なさそうな顔になりつつも、ラティアは手に持っていたペットボトルを差し出す。
伊織から貰った、オレンジジュースだった。
そして、自分が今来た道を指差す。
どうやら「これを上げるから、一緒に戻ろう」と伝えているのだと、四葉は察する。
しかし、
「いらないわ」
素っ気なく言い放つと、四葉はラティアに背を向け、早足で歩きだす。
なおも着いていくラティア。
だが、
「着いてこないで」
すぐに冷たい鉄のような声色でそう言われ、ラティアはビクリと足を止めてしまう。
四葉も、言った後で、自分の言葉に顔を顰めた。ここまでつれない態度をとるつもりでは無かったのに、何故かそんな声が出てしまったのだ。
しまった、と思い、ゆっくりとラティアの方を振り返るが、ラティアはとぼとぼとした足取りで、皆のところへと戻っていく。その後ろ姿は、余りにも寂しい。
何か声を掛けようと、口をもごもごさせた四葉だが、結局何も言葉は出てこない内に、彼女は見えなくなってしまった。
仕方なく、彼女とは反対方向に向かう四葉。
すると、
「四葉ちゃん」
「っ?」
突然声を掛けられ、ビクリと体を震わせる四葉。
再び後ろを振り向けば、雅がいた。
「な、何?」
「ごめんなさい。驚かせちゃって。ただ、私達の遊びに無理矢理付き合わせちゃったみたいだったから、一言謝ろうかなって思って」
「……こっちこそ、空気を壊すような真似をして悪かったわ。でも、戻る気はないわよ」
「こっちは何時でもウェルカムなんですけどねぇ」
そう言って軽く笑う雅から、四葉は目を逸らす。
四葉は少し前に、雅と一緒にピエロ種レイパーと戦ったことがあった。しかしその時、彼女と上手く連携がとれずに敵を逃がしてしまい、どつくと同時に怒鳴りつけてしまったのだ。
別にそれ自体、自分が間違ったことをしたとは思っていないのだが……どうにも、気まずい。
雅の方が、その一件をあまり気にしていない雰囲気というのも、四葉の調子を狂わせる。
「そうだ。一個、四葉ちゃんに言おうと思っていたことがあったんだ」
「……何かしら」
「この間は、愛理ちゃんやライナさん達がお世話になったみたいで……。私からも、お礼を言わせてください」
「いや、別に大したことは……」
(この娘、なんでこんなにグイグイくるのよ……!)
「え? 四葉ちゃんと仲良くなりたいに決まっているからじゃないですか」
(頭の中を読まれたっ?)
戦慄の表情を浮かべる四葉に、雅はクスリと笑う。こういう態度をする人はたまにおり、四葉もその一人だったというだけの話。考えを読み取るのは、容易だった。
しかしここで、雅は少し真面目な顔を作ると、口を開く。
「ところで……ラティアちゃんと何かありました?」
「えっ?」
「いや実は、さっき二人が一緒にいるところ、見ちゃったから。覗き見するつもりは無かったんですけど」
「あー……それは……」
四葉の目が泳ぐ。
よく考えてみれば、ラティアが去った後に雅が声を掛けてきたのだから、あの場面を見ていても、何ら不思議はない。
「直感ですけど、四葉ちゃん、ラティアちゃんのこと、ちょっと苦手ですよね。ラティアちゃん、言葉が喋れないから、もしかすると何かすれ違いがあったのかなって思ったんですけど……」
「…………」
「ラティアちゃんに、そんな気は無いんです。あまり、悪いように思わないでもらえると――」
「そんなことは、分かっているわよ。余計なお世話だわ」
話の途中で、四葉は強引に割り込んで、雅を黙らせる。
そのままそっぽを向くと、逃げるようにその場を立ち去っていった。
「……困りましたねぇ」
彼女の背中を見ながら、雅は苦い顔になる。
理由は分からないが、四葉がラティアを苦手に思っているのは間違いなさそうだ。
しかし雅の知る限り、ラティアが特別四葉に何か失礼なことをした様子はない。
四葉の対応にしょんぼりするラティアを見るのは辛いが、四葉も自分の行いに罪悪感を覚えつつも、どうにも出来ないようだ。
四葉と仲良くなりつつ、ラティアが苦手な理由を探ろうと思ったのだが、これは中々に難航しそうだと、雅は頭を悩ませる。
その後も、色々な方法で四葉にアプローチを仕掛けたが、全て失敗。
上手くいかないまま、船は目的地へと到着するのだった。
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