第225話『遠征』
八月二十四日金曜日。午前四時十四分。
新潟市東区古湊町にあるフェリーターミナルにて。
夏とは言え、この時間はまだ空も暗い。
しかし、そんな時間帯にも拘らず、フェリーターミナルには六人の人影があった。
「ふぁ……。ねぇ、私やっぱり家で寝ていていい?」
その内の一人、薄紫色の髪の少女が、大きな欠伸をしながらそう呟く。声は既に眠たそうであり、放っておけばあっという間に夢の中に入ると思わせる程だ。
ファム・パトリオーラである。
そんな彼女の言葉に対し、
「駄目に決まっているでしょ! ほら、シャキっとする! ラティアちゃんを見習いなさい!」
ファムと対照的に、元気の良い声で、彼女に気合を注入するのは、前髪がハネた緑色ロングヘアーの少女。
ファムの親友、ノルン・アプリカッツァだ。
ノルンが指差した方向には、白髪の美しい少女。ファムとノルンよりも一回り年下に見える彼女は、ラティアである。
言葉が話せないラティアだが、目はバッチリ覚めているのか、辺りを興味深そうに見回していた。
「……うぃ、善処しまーす。てかさ、こんな朝早くから出るとか訳分かんないんだけど。え? 何? こんな時間に船に乗る必要ある?」
明らかにやる気のない声に、ノルンの頬がピクリと動く。
「あるの! 言ったでしょ! クズシロさんが何かしでかす前に、止めないとなんだから! ウラまで遠いんだし、今から出発して、到着するのは明日の昼なんだよ?」
「あー……そうだったねぇ……」
「何かあったら、私達で頑張らなきゃ! ほらファムも気合入れる!」
やたらやる気満々のノルンに、ファムは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
事情は、こうだ。
葛城裕司という男が、人工レイパーの開発に関わっていると分かったのが二日前。
その葛城が、どうやら『ウラ』という国で何かをしようとしていると知り、それを阻止するために、ノルン達もウラへと行くことになったのである。
なお、今日ウラへと向かうのは、今フェリーターミナルにいる六人だけだ。事情があって、他のメンバーは明日以降、出発することになっており、この場に、ノルンの師匠であるミカエルはいない。
ノルンはミカエルから、決して無茶をしないように言われているのだが……当の本人は、何としても、師匠が現地に来る前に、出来る限りの手掛かりを集めようと思っていた。
そうすればきっと、師匠は褒めてくれるに違いないと、そう思っているのである。
すると、
「おぉー、朝から元気っすね、ノルンちゃん」
そう声を掛けてきたのは、大人の女性。
おかっぱで、少し目つきは悪いが、声色は柔らかい。
彼女は冴羽伊織。警察所属の大和撫子である。ファム達の保護者役であり、葛城捕獲において、現地のバスターと協力する橋渡しが、今回の彼女の任務だ。
そんな伊織の手には、三本のペットボトル。
「ほい、これ飲み物っす。オレンジジュースで良かったっすか?」
「イオリさん、ありがとうございます!」
「うぃ、どもー」
「こら、ファム! ちゃんとお礼を言いなさい!」
「はっはっは」
ぺこりとお辞儀するラティアに飲み物を渡しながら、伊織は快活な笑い声を上げる。
「でも、ファムちゃんは眠そうっすね。中で少し寝ててもいいっすよ。船が来たら起こすっす」
「んー……イオリの背中で寝たい。おんぶ」
「はっはっは。しょーがねーっすね」
「もう、ファムったら……」
「だって椅子、硬いから快眠出来ないし……」
無遠慮に伊織の背中にしがみつくファムだが、伊織は特に気にした様子も無く、言われるがままにファムをおぶる。
呆れるノルンの目の前で、ファムはあっという間に寝息を立て始めるのだった。
***
そこから少し離れたところにいるのは、桃色の髪の少女と、エアリーボブカットの処女がいた。
束音雅と、橘真衣華だ。
「んーと、もうちょっとお腹の辺りに意識を集中させた方がいいかも」
「おぉ、安定してきました!」
雅の全身を包む、白い光。
最初は弱々しい光だったのが、真衣華の指示通りに意識を集中させるポイントを変えると、発光が強くなる。
二人が何をしているのかというと、新しくなった『命の護り手』の練習だ。
実は昨日の夜、これまでの戦闘データを元に、防御用アーツ命の護り手が改良されたのである。雅達が先にウラに行くのは、他のメンバーの命の護り手のアップグレードが、まだ終わっていないからだった。
実戦の前に、使い方を確かめていたのである。
「よし、これで体を動かせば――あ、光が弱くなった。意外と難しいですね……」
「慣れれば簡単だよ?」
すぐに使いこなせるようになった真衣華とは裏腹に、雅は少し苦戦していた。気を緩めているつもりは無いが、攻撃に意識を向けると、たちまち命の護り手の制御が出来なくなってしまう。
それでも、そこから十分くらい練習すると、
「お、上手くいった。攻撃に意識を向けても、安定してますね」
剣銃両用アーツ『百花繚乱』を振りながら、雅は顔を明るくする。
「うんうん。いいねー。一応おさらいだけど、新しくなった命の護り手は、二つのモードを切り替えられるようになっているからね。一つは従来のモード」
「『少しの間だけ、がっつり防御力がアップする』モードですね」
「うん。で、もう一つが、今使っているそれね。『長時間、ちょっとだけ防御力がアップする』モード。一回使ったら、一時間は使用できないのは同じだから、注意してね」
「オッケーです。状況に応じて、使い分けなきゃですね。――ん?」
と、そんな話をしていると、雅が何かに気が付き、目を丸くする。
遠くから、こちらに飛んでくる人影が見えた。
雅もよく知っている人物だ。
「どうしたの、雅ちゃん? ……って、あれ?」
真衣華もそれに気が付いたようで、驚きの声を上げた。
その人影も、雅達に気が付いたようで、こちらに向かって降りてくる。
夜の闇でも目立つ、銀色のプロテクター。胸には紫色のアゲラタムの紋様が光る。
装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』を纏った彼女は、
「四葉ちゃんっ? 何でここにっ?」
浅見四葉である。
村上市にあるアーツ製造販売メーカー『アサミコーポレーション』に勤めており、先日、ライナと一緒に葛城と戦った少女だ。
四葉は雅の言葉に、フンと鼻を鳴らす。
「身内の起こした不祥事の責任を取りに来ただけよ。社長にも許可は取ってあるわ」
「でも、何でここが?」
「どこかから偶然、情報が転がり込んできたの」
真衣華の言葉に、四葉は目を逸らす。
実は雅達が今日ウラに向かうという話は、ライナから聞かされていたのだ。それを知った四葉が、急いで荷物を纏め、ここにやって来たというわけである。
そうこうしている内に、船がやって来て、乗船する一行。
そして夜明けと共に、出発するのだった。
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