第25章閑話
八月十九日日曜日。午前十時三十分。
新潟市東区にある喫茶店の出入口の扉が、カランと音を立てて開く。
出てきたのは、黒髪ハーフアップアレンジの娘。高校生くらいの歳の彼女は、浅見四葉である。
普段は日曜日だろうがお構いなく、自主的に仕事やトレーニングに勤しんでいる彼女だが、今日は珍しく休んでいた。
休日の過ごし方なんて、よく分からない。試しに喫茶店でお茶でもしようかと、入ってみたのだ。だが、こういうことの何が楽しいのか分からない内に、注文した珈琲を飲み終えてしまった。
何となくお金を無駄にしてしまった感があり、微妙な顔をして、目的もなくぶらぶらしていた、その時。
「あれ? 四葉ちゃん?」
「あら? 淡じゃない。偶然ね」
後ろから声を掛けられ、振り向けば、そこにいたのは目元が隠れるほど前髪の長いボブカットの少女。
何を考えているのかよく分からない程に無表情な彼女は、四葉の数少ない友人である、鬼灯淡だった。
「四葉ちゃん、今日は休み?」
「ええ。別に休むつもりは無かったんだけど、お母さんがうるさくて」
四葉に自覚は無かったが、ここ最近は働き詰めで、就業中も少し眠そうにしていた。戦闘訓練でも動きがやや鈍く、見かねた社長――四葉の母、杏が、彼女に休むよう命じたのだ。
社長命令とあれば、従わないわけにはいかない。
さらに、
「葛城……会社の人から嫌味も言われたし」
言いながら、それを思い出したのか、四葉の顔が渋くなる。葛城から『四葉様も、お疲れになることがあるんですねぇ。普段の精細な動きが、嘘のようです』と言われたのだ。
「まるで人を働く機械みたいに……あぁ、いや、ごめんなさい。こんなことを言っても仕方ないわね。淡こそ、今日は休み?」
「うん、夏休みだし。適当にブラブラしていただけだけど……」
「休みの日って、何をしたらいいか分からないのよね……」
そう言って、四葉は溜息を吐く。折角こうして休みの日が出来たのだから、充実した日にしたいとは思いつつも、上手くいかないことがストレスになっていた。これならトレーニングでもしていた方が、精神衛生上マシだと思ってしまう。
そんな四葉を見て、淡は空中で指をスライドさせると、ウィンドウを呼び出す。
少し考え込んだ後、
「……近くにボウリング場がある。折角だし、一緒に遊ぶ?」
そう提案するのだった。
***
十五分後。
ずっしりとしたボールがピンに激突し、ガシャンという音が響く場内。
その端のレーンでプレイする、四葉と淡の姿があった。
日曜だから客の数も多く、ボールとレール、ピンがぶつかる音や、辺りの歓声が喧しいと思ったのも最初だけ。
「よし、ストライク! これ、楽しいわね!」
思いっきりボールを投げる四葉の顔は、明るい。
ピンにボールをぶつけて吹っ飛ばす、というのが、今の四葉にはよいストレス発散になっていた。
「四葉ちゃん、楽しそうだね。それに上手い」
「ボウリングって初めてやったけど、こんなに面白いとは思わなかったわ! あのピンが葛城だと思うと、尚更スッキリするというか」
「ストレス、溜まっているね」
「ええ。本当に! ねぇ聞いてよ。あの男、私が簡単な報告書一つ持っていっただけで『流石です、四葉様』とか言うのよ? 一周回って馬鹿にしていると思わない?」
しかも、その言葉は本心から出ているようなものでは無く、どこか子ども扱いするような、そんな感じなのだ。イライラも募る。
「訓練中も、見かける度に『流石、四葉様。素晴らしい動きです』なんて寄ってくるし……。しかも、今日はちょっと調子が悪いなって思っている時に限って、そんなこと言ってくるのよ。あれは皮肉よ皮肉。全く、腹が立つ……あぁ、もう!」
思い出すとまたムカムカしてきて、四葉はボールの穴に指を突っ込むと、ピン目掛けて力一杯に投げる。
胸の内のムカムカを、ピンと共に派手に吹っ飛ばして見事ストライク。
「ふぅ。ほら淡、あなたの番よ」
「うん」
四葉に促され、淡はたどたどしい動きでボールを投げるが、脇の溝に入ってしまう。
四葉と同様、淡もボウリングは今日が初めてだ。
それでも、二回目の投球は運良くレーンの真ん中を転がっていき、ピンを倒す。スペアである。
ふと、四葉の目に、他の客の様子が映った。ストライクやスペアをとり、仲間とハイタッチする、そんな姿が。
「淡!」
何となく自分もやってみたくて、片手を上げてみた。
淡は一瞬その手を見つめ……四葉の意図を理解する。
控えめに響くパチン、という音が、四葉にはやけに心地よく聞こえた。
***
「誘ってくれてありがとう。いい気分転換になったわ」
一時間後、ボウリング場から出た四葉は、グーっと伸びをしながらお礼を言う。
「愚痴まで聞いてもらっちゃって、何だか悪いわね。これから、どうする? お昼、どこかで食べる?」
「一時から予定がある。そろそろ行かないと」
「あら、そう? 残念。なら、これで。今日は楽しかったわ」
「うん。私も楽しかった」
淡は「じゃあ、また」と手を振って帰っていく。
その後ろ姿を少しばかり眺めた後、四葉も淡とは逆方向に歩きだし――すぐにまた、淡の方を見る。
普段、感情を表に出すことが少ない娘だ。ボウリングでスペアをとった時も、特に表情も変えなかった。
なのに、だ。
「あの子……さっき、『楽しかった』って言ったわね。珍しい」
思わず、軽く笑みが零れる。
驚いたが、それ以上に、その感情を共有出来たことが、四葉には嬉しかった。
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




