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第25章幕間

 これは、ライナが『アサミコーポレーション』に潜入する、一日前。


 時刻は午後二時六分。日差しの強い、ある日のこと。


 新潟市中央区、鳥屋野潟の近くにあるスポーツ公園にて。


「やぁぁぁあっ!」

「はぁっ!」


 二人の少女の、気合の籠った叫び声と共に、金属がぶつかったような激しい音が鳴り響く。


 真衣華と、人間態のシャロンが、模擬戦をしている真っ最中だった。


 先の音は、真衣華の振るう二挺の片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』を、シャロンが腕の鱗で受け止めたことで発生したものである。


 一瞬だけ二人のパワーは、鍔迫り合いのように拮抗するが、すぐにシャロンが彼女を吹っ飛ばす。


「わっとっ?」

「隙ありじゃ!」


 跳ね飛ばされ、尻餅を付いた真衣華の首に、シャロンの爪が突き付けられる。


「そこまでっ!」


 模擬戦の審判をしていた希羅々の、鋭い声が轟く。


 周りからは、歓声も上がった。二人は戦いに集中していて気が付かなかったが、いつの間にか観客もいたのである。


「うっひゃぁ……シャロンさん、やっぱり強いね」

「大したことは無いわい。立てるかの?」


 真衣華が額に浮かぶ汗を拭いながら言う真衣華に、鱗も隠して完全な子供の姿になったシャロンは手を差し伸べる。


 シャロンは汗一つ流していない。真衣華は内心、流石竜だと舌を巻いた。


「ええい真衣華! 負けてしまうとは情けないですわ!」

「あっはっは、ごめん希羅々。でも、希羅々だってシャロンさんに負けたじゃん。――ちょ、脇腹止めて! くすっぐったいって!」


 頬を膨らませながら脇腹を指でつついてきた希羅々。


 完全にじゃれあい始めた二人に、シャロンは思わずクスリと笑みを零してしまうのだった。




 ***




「ガルディアルさん、どうぞ」

「お、キキョウイン。すまんのう」


 模擬戦が終わって十分後。


 ベンチに座って休み、遠くをボーっと眺めていたシャロンに、ペットボトルのお茶が渡される。


 日本に来て間もない頃は蓋の開け方が分からず戸惑ったものだが、今はもう慣れた手つきで開けられるようになった。


「……む? 何じゃこれは。不思議な味じゃのう」

「烏龍茶って言うんだよ。希羅々が好きなやつ。あれ? 飲むのは初めてだっけ?」

「祝いの場で出ておるのは見たことがある。じゃが、儂は専らジュースばかり飲んでおった。しかし、美味いのぉ」


 そう言うと、一気にペットボトルの半分くらいの量を飲むシャロン。


 中々に良い飲みっぷりに、烏龍茶好きの希羅々も思わず笑みを浮かべてしまう。


「それにしても、いきなり模擬戦のお誘いを頂いた時は驚きましたわ。(わたくし)達が相手で、本当によろしかったんですの?」

「あー、そうそう。シャロンさん強すぎ。私達じゃ相手にならなかったんじゃない?」

「ぷはー。……いや、そんなことは無い。色々参考になった」


 希羅々の言葉通り、この模擬戦を持ちかけたのは、シャロンからだった。


 きっかけは、先日のピエロ種レイパーとの戦いだ。手も足も出ず、無様に負けてしまったことで、今のままでは駄目だと思い、強くなるための方法を模索しているのである。


 特に、人間態での戦い方を、だ。


 シャロンにとって、人間態というのは仮初の姿だ。本来の力を振るうためには、竜の姿になる必要がある。


 しかし、ここ最近の戦闘を振り返ると、場所が狭かったり、周りに民家があったりという理由で、竜になれないシチュエーションも増えてきた。


 おまけに竜になれたとしても、その巨体が災いして、敵の攻撃を受けやすくなってしまう欠点も目立ってきた。小回りがきく人間態の方が有用な場面も多い。


 人間態での戦い方は、人間から学ぶのがベストだと思ったため、シャロンはこうして模擬戦を行っているというわけである。


 だが、


「正直、今の自分の力を使いこなすだけでは、駄目な気がする」


 ボソリと呟くと、シャロンは残った烏龍茶を一気に飲み干す。


 空になったペットボトルを見つめるシャロンは、見た目の歳不相応に、思いつめた目をしていた。


「お主らと戦って分かった。多分、今の儂に足りないのは、パワーや戦闘技術ではない。もっとこう、根本的な考え方を変えねば、今よりも劇的に強くなることは出来ん」


 今の自分の延長線上に、強くなった自分のビジョンが見えず、かと言ってどうすれば良いかも分からないシャロンは、心の中でモヤモヤとしたものを燻らせる。


「何か……何か一つで良いのじゃ。儂の戦いに幅を出すような、そんな何かが一つ、必要なんじゃ」


 シャロンのペットボトルを握る手に、力が籠る。


 そんなシャロンに、真衣華は「んー」と軽く唸ると、口を開く。


「じゃあさ。シャロンさんもアーツを持ったらどう?」

「……は? いや、お主。儂は竜じゃぞ? 使えるのか?」


 目を瞬かせるシャロン。


 すると、今度は希羅々が口を開く。


「問題無いのでは? 『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』は使えるわけですし」

「あっ……」




 ***




 そして、家に帰って来たシャロンは、皆と談笑している雅のところへ向かうと――土下座をする。


「すまぬ、タバネ! お金を貸してくれ!」


 呆気に取られる皆の前で、シャロンはそう言うのだった。

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