第224話『準備』
「ライナさん、どの色の歯ブラシにします?」
「うーん……じゃあ、赤で」
「ライナさん、やっぱり赤色好きですよね。なら、私はピンクで。これで必要なものは全部ですかねぇ? あ、そうだ。虫よけスプレー買って行かなきゃ」
「ティッシュも多めに買っていきませんか? カームファリアは、宿に置いてなくて困りましたし」
「そうだ、それがありました。流石です、ライナさん」
八月二十二日水曜日。午後五時三十二分。
ドラッグストアで楽しそうに会話をする、雅とライナの姿があった。
二人が何をしているのかというと、具体的な日にちは未定だが、数日後に異世界にある国『ウラ』へと向かうことになり、その準備のためである。
「それにしても、こんなに早く、異世界の国に行かないといけなくなるなんて思っていませんでした」
「ええ。私もです」
店内を歩きながら、二人は揃って眉を顰める。
実は『アサミコーポレーション』は、異世界にアーツを普及するため、ウラのいくつかの商会と取引を行っていた。
その仕事の一環で、上層部同士で食事会を行うことになっており、葛城は一週間程、ウラに滞在することになっていたのだ。
これだけなら、普通の話。
しかし警察の調べと、社内を調べていた四葉からの話から、食事会をする予定だった商会のいくつかが、実在しないと判明した。一週間の内、中二日は、まるまる葛城はフリーになると分かったのである。
ではその二日間で、葛城は何をするつもりなのか。
その答えは、ライナが入手したULフォンの中にあった。
『アサミコーポレーション』は商会に、通信用のULフォンを渡しており、それを使って葛城とやりとりをしていた。その中には、実在しないはずの商会とのやりとりを行ったメールも存在している。
その架空の商会のメールは、なんと日本から送られていた。
さらによく調べてみると、そのメールの送信者は久世の可能性が高いと判明。添付ファイルも隠されており、そこには本当のメッセージが書かれていた。
レイパーをパワーアップさせるためのお面の一つが、ウラで見つかったということが、だ。
そのことから、葛城がその二日間でお面を捕獲するつもりだと考えた警察は、雅達をウラに送り、彼の計画を止めることにしたのである。
「でも、ULフォンの情報を抜き取られたということは、葛城さんも理解しているはずですよね。計画を早めるか、中止するか……」
「敵の目的がお面の入手だと考えれば、捕獲のチャンスは逃したくないはずです。多少無理をしてでも、計画を実行するでしょうね」
渋い顔で言いながら、ライナはポケットティッシュの束を買い物かごに入れていく。
二回の戦闘で、葛城の実力は嫌と言う程理解出来たライナ。あれだけの力があれば、並のバスターが邪魔してきても、力技で捻じ伏せられると思った。
「葛城さんが日本を出る前に、何とか捕まえられれば良いんですけどねぇ」
「警察も探していますけど、見つかっていないですもんね。もしかすると、もうウラに行ったのかも」
そう言うと、ライナはかごの中に目を落とす。
「あの、ミヤビさん。……私達で、彼を止められるでしょうか?」
「大丈夫!」
ライナの質問に、雅は力強くサムズアップをして見せる。
「敵もどんどん強くなっていきますけど、こっちにだって計算外の希望がありますから」
魔神種レイパーとの戦いで発現した、雅の新しい力。
あれから結局再現は出来ていないが、あの力が使えれば、まだ雅は強くなれるのだ。
それに、だ。
「皆だって頑張ってくれています。だから絶対、大丈夫!」
強くなろうとしているのは、自分だけでないことを、雅はちゃんと分かっていた。
***
一方、その頃。
新潟県警察本部の応接室に、二人の人間がコーヒーを飲んでいた。
内一人は、短い髪に渋い相貌の男性。優の父親、優一である。
仕事中の彼は、目つきがヤクザよりも怖いということで有名なのだが、今日は珍しく柔らかい顔をしていた。
「今日は助かりました。お恥ずかしながら、彼らの口を割らせることが出来ず、捜査が難航しておりまして……」
「いえ。今回はお役に立てたようで、こちらもホッとしております」
優一の言葉にそう返したのは、短めの、ブロンドの髪の女性である。
彼女はニケ・セルヴィオラ。
カームファリアの病院の院長で、ミカエルの先輩だ。少し前にラティアの故郷の手掛かりを掴むため、彼女の持つ力を頼って訪ねたことがある。
そんなニケが、何故ここにいるのか。
それは、かつて捕まえた人工レイパーに変身する者達から、情報を引き出すためである。
彼らの内、何人かは捕まった後も、ずっと黙秘を続けていた。久世への手掛かりとなるため、何としても口を割らせたかったのだが、長期間に渡る取り調べも耐え抜き、警察側もほとほと困っていたのだ。
そんな中、優一はミカエルを通して、ニケに力が借りられないか頼み込んだというわけだ。
ニケも、以前のラティアの件ではあまり役に立てなかった負い目があり、快く協力をしてくれたのである。
ニケの持つ力とは……。
「それにしても、便利ですが恐ろしい力ですね。思考や記憶を読み取る魔法というのは……。あんなにあっさり、丸裸にされてしまうなんて……」
「普通は、もっと難航するのですけどね。こちらの世界の方々は、魔法が使えないとのことなので、私の魔法に抵抗する手段を知らないのでしょう」
その時の光景を思い出し、ブルリと体を震わせる優一に、ニケは苦笑する。
優一はカップのコーヒーを一気に煽ると、ほぅ、と一息吐き、再び口を開く。
「しかし、そのお陰で色々分かりました。彼ら、葛城から人工レイパーの薬を受け取ったのですね。あの男、バイヤーとしての側面もあったとは」
雅達が『StylishArts』で戦った、人工種鷹科レイパーに変身する男や、真衣華やセリスティア達が三条市下田地区で戦った人工レイパーに変身する男達。
彼らは葛城から薬を買った後、彼の紹介で久世と会ったと分かったのだ。
「惜しむらくは、のっぺらぼうの人工レイパー等の正体は、彼らも知らなかったことです。それが分かれば、もっと奴らを追い詰められるのですが……。まぁ、言っても仕方がありませんか」
その言葉に、ニケも曖昧な顔になる。
返答の代わりにコーヒーを飲み干し、口の中に残る苦みに若干顔を顰めつつも、口を開いた。
「また、何か力が必要でしたら、仰ってください。出来る限り、協力させて頂きます」
「ええ。助かります。さて、こんな時間ですし、ホテルまで送りますよ」
そう言うと、優一はニケと一緒に、応接室を出るのだった。
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