第222話『鰐蛇』
頭は蛇、左腕は鰐の頭、そして長い尻尾を携えた人工種蛇科レイパー、葛城裕司。
そんな彼に、装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』を纏った四葉が相対する。
ライナも戦おうと、鎌形アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』を構える……が。
「ライナ、あなたはそこで見ていなさい! こいつは私一人でやる!」
「そんなっ? 無茶です!」
四葉の言葉に、当然反対の声を上げるライナ。
だが四葉は、そんな彼女を一睨みして黙らせた。
四葉は基本、誰かと一緒に戦うより、一人で戦う方が好きな人間だ。実力の伴わない人間は、ただの足手纏いにしかならないからだ。
足手纏いといえど、ピンチになったら守らなければならない。
それを考えると、どうしても一人で戦う方が楽だと思ってしまう。
四葉は人工レイパーの方に視線を戻すと、軽く深呼吸する。
夜闇の中で睨みあう、四葉と人工レイパー。
その一秒後。
四葉の姿がブレたと思ったら、次の瞬間には、人工レイパーの懐に入っていた。
そのまま腹部に膝を打ち込み、間髪入れずに、頭部へと回し蹴りを叩きつける。
おおよそ蹴りがヒットしたとは思えない程、勢いのある、鈍い音が響く。普通なら、首が圧し折れていてもおかしくない一撃だ。
だが――人工レイパーの顔が、ニヤリと歪む。
「体重の乗った、良い一撃です。……でも残念。私の体の方が丈夫でしたねぇ!」
葛城は笑いを堪えながらそう言い放つと、左腕の鰐の顎を開き、四葉に向けて伸ばす。噛み付き攻撃を仕掛けるつもりだ。
四葉は胴体に喰らうまいと、咄嗟に右腕でその攻撃を防ぐも、すぐに小さな悲鳴を上げる。
四葉の腕に噛み付いた顎の力は、彼女が想像するより遥かに強かったのだ。
腕のプロテクターの中から、メキリと音が鳴る。骨が砕けたと錯覚する程の痛みで、マグナ・エンプレスを身に着けていなければ、あっという間に腕を千切られていただろう。
腕を脱出させようと抵抗する四葉だが、鰐の顎の力は強まるばかり。
ヤバい――そう四葉が思った、その時。
「はっ!」
人工レイパーの周りから、六人のライナが襲い掛かる。
全て、ライナが自身のスキル『影絵』で創り出した分身だ。
四葉には「見ていろ」と言われたが、そんなこと出来るわけもない。攻撃する隙を、ずっと伺っていたのである。
「小癪な!」
分身ライナ達は、人工レイパーの体を次々と鎌で斬りつけるが、ダメージは薄い。皮膚を覆う鱗は、刃を全く通さないのだ。
それでも、鬱陶しいのだろう。人工レイパーは尻尾を振り回し、分身ライナの体に叩きつけていく。
一体、また一体と消えていく分身。
だが分身ライナに気を取られたせいで、四葉の腕を噛んでいた鰐の顎の力が、僅かに緩む。
四葉は無理矢理腕を引っ張ると、プロテクターがガリガリ傷つく音と共に、何とか顎から抜け出すことに成功した。
「ちぃ! 余計なことを……!」
「不満を垂れ流す暇はありませんよぉ!」
「っ!」
葛城の声が聞こえたと思った瞬間、四葉の脇腹に重い衝撃が襲い掛かる。
人工レイパーが振り回す尻尾が、四葉に命中した。
体が横にくの字になり、肺の空気を全て吐き出しながら四葉は吹っ飛ばされ、地面に背中を打ち付ける。
「ヨツバさんっ?」
「そっちに気を取られている暇があるんですかぁっ?」
「っ!」
尻尾の攻撃が、今度は本体のライナへと放たれる。
咄嗟にヴァイオラス・デスサイズの柄で攻撃を防ごうと試みるが、遠心力を乗せた重い一発は、ライナを容易に吹っ飛ばしてしまった。
「さて、どちらから始末して――」
「はぁっ!」
葛城が最後まで言い終わるより先に、人工レイパーの体に、衝撃波が命中する。
今の攻防の間に立ち上がっていた四葉が、左手の平を突き出していた。そこから放った攻撃が、直撃したのだ。
四葉の攻撃は終わらない。
二発、三発と続けざまに、人工レイパーに衝撃波を命中させていく。
くぐもった葛城の声が聞こえても、四葉は攻撃の手を緩めない。寧ろその声を押さえつけるように、何発も衝撃波を繰り返し放つ。
その気迫は、ライナが立ち上がることすら忘れ、ただ見ることしか出来ない程だ。
衝撃波により発生した白い煙が、人工レイパーの体を覆っても、構わず攻撃を続ける四葉。
だが、
「ヨ、ヨツバさんっ! 止めて下さい! 建物が壊れます!」
衝撃波の余波により、『アサミコーポレーション』の壁に罅が入ったのを見たライナが、慌ててそう叫ぶ。
そこでようやく、四葉は衝撃波を放つのを止めた。
肩で息をする四葉。その目はギラギラと光っている。
流石にこれだけ攻撃すれば、如何に頑丈な体であろうと、ただでは済まないはずだと、そう思っていた。
しかし――
「い、今のは効きましたねぇ……!」
煙の中から人工レイパーが出てきて、四葉の目が見開かれる。
敵の体のあちこちが若干損傷しているが、それでもまだピンピンしていた。
ギリっと奥歯を鳴らす四葉と、より一層、険しい顔になるライナ。
葛城の怒りの咆哮が、闇に響き渡る――!
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