第221話『発語』
「葛城専務っ? 何故あなたがここにっ?」
ここにいるはずの無い人物の登場に、四葉もライナも驚きを隠せない。
そんな二人に、葛城の口元が不気味に歪む。
「ここ数日、誰かが私の部屋を漁っているようでしたので、餌を撒いておいたんですよ。引っ掛かった間抜けがどんな顔をしているのか見に来てビックリ。まさか四葉様とは」
その言葉に、四葉は舌打ちをする。
「そのULフォンには細工がしてあって、私以外の人間が開こうとすれば、それが分かるようになっているんですよ」
葛城に言われて、四葉は己の浅はかな行動を呪う。間抜けと言われてしまえば、返す言葉も無い。
そんな彼女を他所に、葛城は続いて、ライナへと目を向ける。
彼女はこっそりと葛城を睨みつけており、彼が隙を見せれば、すぐにでも飛び掛かるだろう。
にも拘らず、ライナを見つめる葛城の表情は、相変わらず気味の悪い笑顔のままだ。
何となく底知れない雰囲気に、ライナの背中も凍り付く。
「おまけに、可愛らしいお嬢さんまで釣れるとは。警察の手先ですね?」
「答える義理はありません。ところで、あなたも詰めが甘い。こんな証拠、どうして残しておいたんですか?」
「それは私も予想外でした。その手のものは、全て消し去ったはずなのですがねぇ……」
わざとらしく、困ったような顔になる葛城。
そんな彼を、四葉は馬鹿にしたように笑い飛ばす。
「私も間抜けだったけど、あなたはもっと間抜けだったわね。お蔭で尻尾を掴めたから助かったけど。安原に人工レイパーの薬を渡したのも、あなたかしら?」
「ええ。それなりに強い人工レイパーだったので、殺されてしまったのは残念です。――まぁ、殺すよう命じたのは私なんですけどね」
「屑が……」
もう言い逃れが出来ないと分かったからか、質問に素直に答える葛城に、四葉は吐き捨てるようにそう言った。
「クズシロさん。あなたはどうして、そんなことをしているんですか? 何の意味も無いのに……」
「意味も無い? んふふふふ……そんなわけないでしょぉ! 意味ならありますよ! 大いにねぇ!」
葛城が堪え切れない笑いを吐き出すようにそう叫んだ瞬間、彼の姿がぐにゃりと歪む。
その姿を見た瞬間、ライナの目が大きく見開かれる。
今まで葛城がいた場所には、異形の化け物が立っていた。
そしてその姿に、ライナは見覚えがあった。
蛇のような顔をした、長い尻尾を持つ人型の人工レイパー。鰐の頭のような形状の左腕をゆらりと上げるそいつは、『人工種蛇科レイパー』である。
そう。中央区山二ツの倉庫にて、久世を守っていた二体の人工レイパーの内の一体だった。
その事実に驚くライナを他所に、葛城は一オクターブ高い声で笑う。
そして、
「こんな素晴らしい力が手に入ったのですよぉ! 意味、大有りでしょぉ!」
「喋ったっ?」
「薄気味の悪い……!」
ライナは瞳を揺らし、四葉は顔を歪ませる。
人工レイパーとは言え、レイパーだ。それが人の言葉を喋る光景は、あまりにも悍ましい。
「おやおや! 知らないようですねぇ! 力をコントロールすれば、普通に喋れるんですよぉ? 最も! そこまで能力のある人間は、私くらいなものですが!」
「そんなもの自慢になりません! 化け物の姿に身を堕としてまで、どうして……っ!」
「この力をさらに極めれば、レイパーだって滅ぼせるんですよぉ! そうなれば、私は英雄でしょう!」
「ふざけないで! こんな化け物、誰が受け入れるっていうのよ! 英雄どころか、恐怖の対象でしかないわ!」
「最初はねぇ! でも、世界に平和をもたらしたのが誰なのか、真に称えられるべき人間は誰なのか……聡い人間はすぐに気が付くはずですよぉ!」
ギリっと、四葉は奥歯を噛み締め、己の拳を握りしめる。
こんな人間が、すぐ近くにいたことに気が付けなかったことを、彼女は今、大いに恥じていた。
「邪魔をするなら、死んでもらいますよぉ! 私の英雄譚の礎となって下さいねぇ!」
「ヨツバさん! こっち!」
「ライナっ?」
葛城が戦闘態勢に入った刹那、ライナが四葉の手を引いて、走り出す。
向かう先は――窓だ。
「しっかり掴まって!」
言いながら、ライナから伸びる影から、全長ニメートル程の紫色の鎌が飛び出してくる。
ライナの使うアーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』だ。
「その鎌……貴様、先日のっ?」
背中に響く葛城の声を無視して、ライナは鎌で窓を割る。
そして、
「ちょ、あなた――」
四葉を抱えて、そこからダイブした。
因みに、ここは三階だ。まともに飛び降りれば、大怪我どころか死ぬ可能性だって十分にある。
だが、そうはならない。
下には既に、十人のライナがいた。全てライナのスキル『影絵』で創り出した、分身達である。
それらが、落ちてくる二人をキャッチしたことで、ライナも四葉も怪我をせずにすんだ。
ライナと四葉がその場を跳び退くと同時に、空気を震わせるような重い着地音と共に、葛城も跳び降りてくる。
「驚きましたねぇ。あの時はフードで分かりませんでしたが、そのアーツには見覚えがありますよぉ。あの時はまんまと逃げられましたが、今日は確実に始末して差し上げましょう!」
「そう上手くいくかしら?」
静かな、だが怒りの籠った声が、四葉の口から漏れる。
瞬間、四葉の体に、銀色のプロテクターとバイザーが装着された。
装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』だ。
指をコキコキと鳴らし、四葉はバイザー越しにギロリと、葛城を睨みつける。
「始末されるのはあなたよ! 葛城!」
四葉の声が、闇夜に轟くのだった。
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