第24話『仮定』
ハーピー種レイパーとリザードマン種レイパーを倒してから十日後。午前十時を過ぎた頃。
雅はミカエルから連絡を受け、教員棟の彼女の研究室に来ていた。
部屋には雅の他に、ノルンもいる。
今から三日前に退院し、レイパーの攻撃によって受けた怪我もほぼほぼ治ったといっても良い。病み上がりなので激しい運動はNGだが、それでも後遺症も無く、普通の生活は問題なく行える。
因みにノルンからはお礼を言われた。彼女曰く、ミカエルとファムが以前よりも打ち解けているとのこと。何があったのか二人は言わないが、雅の名前を出したら分かりやすく動揺したため、察したらしい。
二人の間に壁があったことは、ノルンも頭を悩ませていたようだ。
レイパーの侵入により生徒が殺されたとあって学院は今てんやわんやで、教員も親御さんへの説明や謝罪、殺された生徒の葬儀の準備等で慌しい。
勿論ミカエルも教員の立場であるため、ここ最近は目の下に隈を作りながらあちこち走りまわっている姿を雅はよく見ていた。ドジって大騒ぎを起こしてしまっているらしいという話も三回程耳に入っている。
それでもノルンの見舞いは毎日欠かさなかったし、ノルンの両親へ謝罪にも伺ったとのことだ。ノルンの両親も娘からちょくちょくミカエルの良い話は聞いていたらしく、ミカエルがきちんと正式に謝りに来たこともあって大事にはならなかったと雅はノルンから聞かされた。
隙間時間を見つけては雅が依頼した『異世界と元の世界を自由に行き来する方法』についての調査も行ってくれたようで、今日はその件について報告があるとのことだ。
ただ、三人は長方形型のテーブルを囲んで座っているにも拘らず、その話はまだ始まっていない。
もう一人、ここに呼ばれた人物が来るからだ。
三人が雑談に興じていると、部屋の戸がノックされる。
「ちわーす」
気だるげな声が三人の耳に入る。
ファムが眠そうな顔でやってきたのだ。ここに来るもう一人の人物とは彼女のことであった。
「いらっしゃい! さ、そっちの席にどうぞ」
「全く……何で私が……」
「文句言わないの、ファム」
ミカエルに勧められるがままに席につくファム。ぶつぶつと何か言っているが、雅が笑顔でウインクすると、僅かに口角を上げる。
新たな客にミカエルがお茶を用意する間、ダラダラと女子トークを始める雅達。
ミカエルがお茶を運び、ファムに渡したところで、ようやく本題に入る――前に。
「早速話をしようと思うんだけど……」
「ファムちゃんには、最初から説明しないとですね」
「ん? なんだなんだ?」
実は雅はまだ、ファムには自分が別の世界から来たことを話していなかった。ファムもファムで授業があったりと忙しかったのだ。こんな状況ではあるが、大体の授業は通常通り行われている。学校側が『レイパーのせいで生きている学生の学ぶ機会が減るのは許すべきではない』としたからだ。
ファムからしたら「先生方も大変なんだから休講でいいじゃん」と学校の対応に大いに言いたいことはあったが、珍しく一度もサボっていないのは、入院していて授業に出られないノルンの為だからである。せめてノートくらいはとっておこうと思ったのだ。
偶に会った時もファムはかなり疲れた顔をしており、事あるごとに「私、騒動が一段落したら授業をサボるんだ……」等とうわ言のように呟いており、雅を苦笑いさせた。
そんな彼女に、さらに頭がこんがらがるような話をするのはあまりにも酷だろう。
よって、遅くなってしまったが雅はファムに事情を説明する。一部の話はミカエルとノルンにもまだ言っていないので、改めて自分の目的の全てを話すつもりだ。
自分がここでは無い、どこか別の世界からやってきたこと。
元の世界にも、レイパーは存在していること。
この世の全てのレイパーを倒し、全ての女性が明るく、前向きに生きられるような世の中にしようとしていること。
その為に、一緒に戦う仲間を探しており、さらに元の世界とこっちの世界を自由に行き来出来る方法を探していること。
ファムは最初、あんぐりと口を開けて話を聞いていたが、最初に雅に会った時に感じた率直な違和感――服装や名前、アーツの雰囲気等だ――を思い出したことや、何よりノルンとミカエルがその話を信じていることから、最終的には納得がいった様だ。
「――そんな中で、ミカエルさんの名前を見かけたんです。こっちと元の世界を自由に移動出来る方法について何か手掛かりがないかって相談したら、調べてくれるって仰ってくれました。それで、今日はその『手掛かり』について話があるってことで……ここから先はミカエルさん、お願いします」
そう言ってバトンタッチすると、ミカエルは大きく頷いて、やっと本題が始まった。
「過去の自分の研究を掘り起こしたけど、正直なところ、確信的なことは分からなかったわ。だからこれは、当時の自分が残した研究の記録から推測した私の予想だと思って話を聞いて」
申し訳無さそうに言うミカエルだが、雅は気にしない。
雅が自分で予想するより、余程予想の精度は高いはずだ。それが聞けるだけでも充分である。
「まず、ミヤビさんがどうしてこちらの世界に転移させられたか、だけど……皆、状況によっては、レイパーは逃げるってことは知っているわよね?」
「はい。前戦ったレイパーもそうでしたよね」
ノルンが、リザードマン種レイパーの行動を思いだして言う。あのレイパーも劣勢になった途端、ミカエルの攻撃の隙をついて逃げ出していた。
ミカエルはノルンの言葉に頷き、続ける。
「一部のレイパーは、逃げる際に瞬間移動するような奴がいるの。瞬きした瞬間に、忽然と姿を消すタイプのレイパーよ」
「へぇ、そんな奴がいるんだ。逃げる時にしか使わないの? 戦う時にも使えば相当有利じゃない?」
ファムがそんな疑問を口にする。
「逃げる時にしか使わない理由ははっきりとは分からないわ。消耗するエネルギーが多いから多用したくないのか、あるいは別の理由があるのか……」
「まぁ瞬間移動なんかホイホイ使われたらお手上げだし、なるべく使わないようにしてくれているならありがたい話だけどね……あ、ごめん。話遮っちゃった。続きをどうぞ」
「それで、その瞬間移動して逃げるタイプのレイパーなんだけど、どこに転移しているのかずっと謎だったわ。でもミヤビさんの話を聞いて考えたの。もしかして、この世界では無い場所に一度逃げて、傷を治したりしてからこっちの世界に戻ってきているのかもって。ミヤビさんがこちらの世界に来る前に戦っていたレイパーも、同じ能力を持っていたと思うの。何か心当たりは無い?」
「…………あ」
人型種蜘蛛科レイパーと戦った時の記憶を辿っていた雅は、思わずそんな声を出す。
「そう言えばあのレイパー……最初はちゃんと止めを刺せてませんでした。てっきり倒したかなーって思ったんですけど、でも爆発しないから不思議で。それでいざ近づいてみたらこっちの世界に転移して、そしたらあいつ、ムクッと起き上がったんです。そっか、あいつあの時弱ってて、逃げようとしていたんですね。それに私が巻き込まれた」
体を発光させた時の人型種蜘蛛科レイパーに意識があった様子は無かった。あのレイパーに関して言えば、もしかすると本当に緊急避難用として備わっている能力で、普段は自由に使えないのではと思う雅。
雅は自分の考えを三人に伝えると、三人とも肯定の意を示す。
「そういう訳で、レイパーを倒すのではなく瀕死の状態にすれば、もしかすると元の世界に戻れるかもしれない。勿論、確証があるわけでは無いし、あったとしてもとても危険だから勧めるつもりは無いわよ」
そこまで聞いて、雅は思わず天井に顔を向ける。
僅かだが、両方の世界を行き来出来る可能性が見えて、ホッとしたのだ。
改めて、雅は天井から顔を下げ、ミカエルを見る。
「勿論ミカエルさんの言う通り、あいつらを生かしておくのは危険だって分かってます。これはあくまでも最終手段。本当に切羽詰ったら、その時試してみるだけに留めるつもりです」
「……師匠、他に方法は無いんですか?」
「ある……かもしれないわ。実はこっちが、今日三人を呼んだ一番の理由よ」
するとミカエルは、テーブルの上に一冊の雑誌を出す。それを覗きこむ三人。
「『週間WN』? 何これ。初めて見たんだけど?」
「これは研究者向けに発行されている情報誌だよ。でもこれ、三年前のものですね」
ノルンは一目で分かったようで、そう説明する。ミカエルが雑誌の真ん中あたりのページを開くと、「見て欲しいのはここよ」とある一点を指差した。写真がでかでかと貼られ、大きく見出しがついている記事だ。
「えーなになに? 『ガルティカ遺跡にて、謎の装飾品が見つかる』? ガルティカ遺跡ってあれだよね? イーストナリアにある、でっかい遺跡」
「……あれ? これってまさか?」
雅は写真を見ると、自分の右手に目を落とす。
「ええ。そうよ」
ミカエルも、同じく雅の右手を見ていた。
つられて、ファムもノルンもそちらを見る。
四人が見ているのは、指輪。
雅がアーツを出し入れする際に用いている指輪である。
それとよく似た物が、写真に写っていた。
「結局当時はこれが何なのか分からなくて、この指輪はそのまま他の研究者の手に渡ってそのまま。私の記憶からもすっかり消えてしまっていたんだけど、一目見てピンと来たわ。これ、ミヤビさんの世界の物よね?」
「え、ええ。多分これ、そうだと思います。でも何で?」
「……ミヤビさんと同じく、こっちの世界に転移してきた人がいる?」
ノルンが気が付いたのかそう聞けば、ミカエルは「可能性は高いわ」と告げた。
「この遺跡は昔から色んな人が調査・研究してきたのだけれど、まだ分かっていないことが多いの。そこでこんな物が見つかった……。ここに行けば、何かヒントが見つかるかもしれない」
ミカエルがこれを見つけられたのは本当に運が良かった。雅がここを訪ねるきっかけになった論文を書いた当時、自分が集めた資料を片っ端から洗い直していたら、偶然目に留まったのだ。
「……ねえ、もしかして私が呼ばれたのって」
嫌な予感がする、と言わんばかりにファムが恐る恐るミカエルに尋ねる。
ミカエルは、良い笑顔をしていた。
「人手は多い方がいいと思うの。皆で一緒に行きましょう!」
「えぇ……めんどくさぁ……」
げんなりとした顔でファムはそう呟くのだった。
***
そして三日後。午前八時。
レイパー出現のせいで慌しかったあれやこれやもようやく落ち着きはじめた。殺された女子生徒と関わり合いが大きかった子達はまだショックが抜けていないようだが、大半の学生はほぼほぼ普通の生活に戻っている。
これを冷たいと見るべきか否かは分からない。
とは言え、この件に関してミカエルがするような仕事はもう無く、時間も出来たということで、今日ガルティカ遺跡がある『イーストナリア』へと向かう予定になっていた。
そして馬車停にて。
ミカエル、ノルン、ファムは既に荷物を持って集まっている。向こうには一週間滞在する予定となっており、三人とも荷物が多い。
後は雅が来るのを待つだけ……なのだが。
「あ、ミヤビさんだ……ってあれ?」
「誰か一緒にいますね」
ノルンとミカエルが、遠くからこちらにやってくる雅の姿を見て首を傾げる。
雅の横には、銀髪の少女がいたからだ。雅は勿論、銀髪の少女の方も大きな荷物を持っていた。
やがてノルンは気が付く。彼女は既にその女性と会っていたからだ。
ライナ・システィアである。
「あ、皆さん! おはようございます!」
「おいミヤビ、誰だよその子?」
ファムがちらっと目を向けて尋ねると、雅はライナを紹介する。
「ライナ・システィアさんです。私のお友達ですよ。彼女も考古学者なので、どうせなら一緒に行きませんかって誘ったんです」
「ミ、ミヤビさん! 考古学者じゃないです! 見習いです! み、皆さんごめんなさい! 突然お邪魔してしまって!」
ライナが慌てて雅の言葉を訂正する。
「あ、そう言えば」
ミカエルがふと思いだす。数日前に雅から「もう一人連れて生きたい人がいる」という話を聞いていたのだ。
それが彼女だと、ミカエルはようやく気が付く。
人手が増えることに問題は無いため、ライナの加入は歓迎された。
あれこれライナについて話をしていると、ユニコーンの馬車が来る。
五人が客車に乗り込むと、馬車はイーストナリアへと向かって走り出した。
感想やブックマーク、評価の程よろしくお願いします!




