第218話『変装』
八月二十日月曜日、午前十一時十三分。
雅と優は、新潟県警察本部を訪れていた。
人工レイパーの開発に関する報告書を書いた人物、『Y・K』を捕える作戦。これに二人も参加することになっており、今日はその作戦会議で来ていたのである。
ただの作戦会議なら、ULフォンを使えば家でも出来るのだが、今日は優香から『見せたいものがある』と言われ、直接こちらにやって来たというわけだ。
「それにしても、今の日本はどうなっているのやら。久世の他に二人もよ? 呆れるわ」
「さがみん、それ言うの、もう三回目ですよ?」
愚痴る優に、珍しくジト目になる雅。最も、優の気持ちも理解出来るから、あまり積極的に止めるつもりもないが。
件の『Y・K』という人物は、『アサミコーポレーション』に勤める人物だと推測された。
新潟にはアーツ製造販売メーカーが二つあり、一つは雅達の使うアーツの製造元である『StylishArts』。そしてもう一つが、この『アサミコーポレーション』である。
よもや、女性の味方であるはずの会社から、人工レイパーを生み出した人物が何人も出たことに、優は憤っているという訳だ。
何故、この『Y・K』という人物が『アサミコーポレーション』の社員だと考えられたのか。
それは、先日真衣華やセリスティア達が倒した、人工種ボンゴ科レイパーの変身者の『安原剛』という人物が、大きく関わってくる。
ピエロ種レイパーによる連続殺人事件があった日、ライナ達は中央区山二ツにて、久世を発見した。
久世を捕えようとした彼女達だが、隠れていた二体の人工レイパーにやられて敗走。しかしその後、別の人工レイパーが、彼女達を追ってきた。それが、この『安原剛』という男だ。
そんな彼は、紆余曲折あって真衣華やセリスティア達に撃破され、警察に身柄が引き渡されたのだが、その少し後に、何者かによって殺害されてしまった。
動機は間違いなく、口封じ。
そういう訳で、本人から久世達についての情報が得られなくなったのだが、警察が後日、安原の自宅を調べたところ、『人工レイパーになる薬』の取引で使われたと思わしきダンボールが見つかった。
しかもそのダンボールと一緒に、投薬方法や使用上の注意が書かれたメモが入っており、それを書いたのが、件の『Y・K』という人物だと分かったのだ。メモの最後に、イニシャルが書かれていたのである。
さらに調べてみたが、どうもこのダンボールは宅配で届けられたようなものでは無く、直接手渡しされたようだと判明。
安原は友人らしい人間もおらず、ネット上で何か取引をした形跡も無い。そうなると関わっていそうなのは、勤めている『アサミコーポレーション』の人だと思われた。
イニシャルが『Y・K』の人間は、『アサミコーポレーション』に十人いる。
その容疑者全てに事情聴取したが、なんと収穫は無し。だが事情聴取を担当した優一曰く、何人か『臭う』人物がいるという。
しかし、明確な証拠が無い以上、強引な捜査は出来ない。
ならばどうするか……潜入捜査である。『アサミコーポレーション』に忍び込んで、証拠を掴むのだ。
雅と優は、その捜査に関わるために呼ばれたわけだが、実際に潜入するのは、彼女達ではない。潜入の技術なんて持ち合わせていないから、当たり前だ。
では、誰が潜り込むのかと言うと、こういうことに長けた人物が、雅達の仲間に、一人いる。
「失礼します」
「あ、二人とも! 暑い中、ありがとー!」
警察署の小さな一室の扉を開けると、そこには二人の女性がいた。
一人は優香。
そしてもう一人の女性を見ると、優は首を傾げる。
「……誰?」
黒髪セミロングの女性で、見たところ、歳は二十代後半くらいか。黒縁の野暮ったい眼鏡を掛けており、何となく地味な印象を受ける。
こんな人物が来るとは、優も雅も全く聞いていない。
しかし隣で目をパチクリとさせていた雅たが、すぐに「あっ」と声を上げた。
「もしかして、ライナさん?」
「えっ? よく分かりましたねっ?」
女性の口から驚きの声が上がり、それを聞いた優はあんぐりと口を開ける。
見た目は信じられないが、声は確かに、ライナ・システィアのものだった。
普段は銀髪フォローアイの髪型をしており、年相応の見た目をしているライナが、まさかこのような姿をしているとは、誰が想像出来ようか。
そう。『アサミコーポレーション』に潜入する人物というのは、このライナ・システィアである。
ライナはヒドゥン・バスターだ。隠密行動を得意としており、当然、潜入捜査の心得もある。今回の任務には適任だ。
この変装だって、優香に多少必要な道具を用意してもらったとは言え、ライナが一人で行ったのだ。
優香が雅と優を直接呼んだのは、ライナの変装を実際に見せるためだった。
雅には見抜かれてしまったが、これは雅の目がおかしいだけであり、普通の人なら絶対にライナだと分からない。
しかし、ライナとしては、やはり悔しかったらしい。
「うーん……見破られてしまうなんて、私もまだまだです……。もっとクオリティを上げないと!」
そう言って、ライナは瞳を燃やす。
すると、
「……でもライナさんのOL姿、なんか新鮮で良いですねぇ」
と、雅がそんなことを呟く。
どことなくねっとりとした言い方に、優の眉がピクリと動き、ライナの顔もちょっと強張った。
二人には分かる。雅が、何となくセクハラしそうなことを。
「きゃっ?」
そして、その予感は当たった。
するりと雅が消えたと思った次の瞬間、気が付けばライナは背後を取られており、雅に抱きしめられていたのだ。
「うへへぇー。ライナさん、なんかいい匂いしますぅ」
「こら!」
「あいだっ?」
鼻息が荒くなりかけた雅に、優の強烈なデコピンが直撃。いつもなら鉄拳制裁だが、母親が見ているので、ちょっと手加減した。
因みに優香は、隣でクスクスと笑っている。雅のセクハラシーンは、実は久しぶりに見たのだ。
「あ、あのミヤビさんっ? 私、一応老けるようなメイクしているんですけど、何でそんなに興奮するんですかっ?」
「だって、二十歳のOLとか、なんかエロいじゃないですか!」
「言葉を慎め、この馬鹿みーちゃん!」
「ごめんなさいっ!」
再び直撃する、優のデコピン。
と、そんなやりとりが暫く続き、やっと雅が落ち着いた後。
「ところで、ライナさんがOLっぽい恰好をしているってことは、社員として潜入するんですか?」
雅の質問に、優香は首を横に振る。
「流石に厳しいわね。お客さんとして潜入する手もあるけど、そうなると誰かが付きっ切りになっちゃうでしょ? 行動に色々不自由が出るわ」
しかし、優はそれを聞いて、首を傾げた。
「じゃあどうするの? 潜入するって言っても、入る場合は生体認証が必要だし、難しくない?」
小さな町工場ならともかく、このご時世、部外者が会社の内部に入り込むなんてことは不可能な仕組みになっている。
だが、
「この国の、そういった事情は聞いていますが、大丈夫。任せて下さい!」
バチっとウインクを決めながら、ライナは自信タップリにそう言うのであった。
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