第217話『掛合』
八月十八日土曜日、午前十一時二分。
新潟県新潟市西区、新潟県警察本部の一室に、十三人の女性の姿があった。雅やレーゼ達である。
いずれも、部屋の床下の投影機によって映し出された立体映像だ。雅、及びレーゼ達異世界組は束音家から、優や愛理達他のメンバーはそれぞれの家から、この部屋にアクセスしている。
優香から話があるとのことで、集まるように言われたのだ。
「――それで、しばらくは定期的に改良するってさ」
「アフターフォローも手厚くしてくれるなんて、流石大手ですねぇ」
窓際で会話をしているのは、桃髪ボブカットの少女と、黒髪サイドテールの少女。束音雅と相模原優だ。
二人の近くでは、なよっとした娘の橘真衣華や、ゆるふわ茶髪ロングのお嬢様の桔梗院希羅々、中学生くらいの少女のファム・パトリオーラや、竜娘のシャロン・ガルディアルも話を聞いている。
三日前、優が使っていた弓型アーツ『霞』が壊れ、新たな武器であるスナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』を使い始めた優。先の会話は、その新型アーツに関するものだ。
霞の調子が元々悪かったこともあり、ガーデンズ・ガーディアの製作は急ピッチで行われていた。故に、細かいところの調整に、まだ甘いところがあるのだ。
これからしばらくは、優が使いながら改良点をピックアップしていって、メーカーに改善を依頼することになる。
「でも、スナイパーライフル型……だっけ? そんなアーツだなんて、ちょっと意外。てっきり、霞と同じ弓型のアーツにすると思ってたよ」
そう言ったのはファムだ。
実際のところ、彼女の考えは正しい。それまで培った戦闘経験を鑑みれば、武器の種類は同じものにするのが普通だ。
「いや実は、みーちゃんがライフルモードの『百花繚乱』を扱っているのを見てたら、ちょっと羨ましくてさ。弓を選んだことに後悔は無かったんだけど、もし何かの機会でアーツを買い替えることになったら、ライフル系にしようって思ってたのよ」
「あー、何となく分かるかも。私も、偶に希羅々のシュヴァリカ・フルーレ見ていると、ちょっとかっこいいから自分も使いたいって思う時ある」
真衣華が、うんうん頷きながらそう言った。
真衣華も昔使っていた小太刀型アーツ『影喰写』が壊れた際、新しいアーツは、それまでとは全く異なるタイプのアーツを買って貰った。最も、これは優のように誰かのアーツを羨んだ訳では無く、アーツが壊れたことのトラウマが原因で、なるべく頑丈なアーツを求めた、というものだったが。
「ところで霞の方は、今修理してもらっているんだよね?」
「え? あれ直せるんですか? 結構派手に壊れていましたけど……」
真衣華の言葉に、雅は目を丸くする。素人目に見ても、もう修復は不可能だと思う程、内部のあちこちが劣化、破損していたのだ。
「うん。私も驚いたんだけど、何とかなるって。まぁ、時間は掛かるけど。無事に修理が終わったら、状況に応じて二つのアーツを使い分けるつもりよ。それまでは、ガーデンズ・ガーディア一本で頑張るわ」
言いながら、優は右手の薬指に目を落とす。そこにはもう、指輪は無い。霞を修理に出した時に、一緒に預けてきたのだ。
霞を使ってから、もう四年くらい経つ。その間、ずっとここに指輪があったから、いざ無くなると、何だかムズムズするくらいには違和感を覚えていた。
「じゃが現実問題、慣れるまでが大変じゃろ?」
「いや、それが意外とそうでも無くて。多分、みーちゃんの戦い方を見ていたからか、ライフルの扱い方も、すぐ覚えられたのよね」
シャロンの言葉に、優はそう返す。様になっている、とまでいかないが、全くの素人という程、たどたどしくも無い。
「でも、あまり調子に乗り過ぎない方が良いですわよ。アーツを買い替えたタイミングで死ぬ方、結構多いというではありませんか」
「言われなくても分かっているっての。念のため、しばらくは一人で行動しないようにするつもりだし」
そう言った優の言葉に、希羅々はジト目を向ける。これでも、一応希羅々は優の身を案じているつもりだ。
果たして自分の気持ちが伝わっているのか不安になる希羅々。そんな彼女の心が何となく察せた真衣華は苦笑いを浮かべた。
と、その後も新型アーツの話題に花を咲かせていた優達だが、部屋に優香の立体映像が出現したことで、話が中断される。
「皆、集まってくれてありがとう。予定の時間よりちょっと早いけど、全員集まっているみたいだし、もう話を始めちゃおうかしら」
「ユウカさん、話って何ですか?」
尋ねたのは、青髪ロングヘアーの少女、レーゼ・マーガロイスだ。彼女達は、大雑把に『報告がある』とだけしか聞かされていなかった。
「詳しいことは言っていなかったわね。ごめんごめん。実は、例のフロッピーディスク、解析が終わったの」
優香の言葉に、レーゼ達から驚きの声が上がる。
彼女の言うフロッピーディスクというのは、以前レーゼ達が久世の手掛かりを求め、三条市の下田地区へと赴いた際に見つけたものだ。数少ない、久世への手掛かりである。
ただ、その際に乱入してきた『人工種のっぺらぼう科レイパー』との戦闘で割れてしまった。優香はそれを直し、中に保存されたデータをサルベージしたと言う訳だ。
ディスクが物理的に破損していたというのも勿論だが、このご時世、フロッピーディスクを読み込める機器なんてものは殆ど存在しないことが、優香が解析に時間が掛かった理由だ。
挙句、そこに保存された唯一のファイルは文字化けしており、それを解読するのも一苦労だった。
やっと中身が分かったのは昨日である。それまでの日々を思い出し、優香は遠い目をした。
しかし、彼女の努力に見合うだけの情報はあった。
「中にあったのは、報告書よ。人工レイパーの開発に関するものだったわ」
優香は早速、雅達に説明を始める。
この報告書は、とある実験の結果が纏められていた。
「結論の前に、ちょっとだけ概要を説明するわ。報告書の作成日は一年前。この頃には、人工レイパーの技術はもう粗方出来ていたみたいよ」
久世曰く、人間に特殊な薬を投与することで、人工レイパーに変身出来る力を得る。優香が言っている『人工レイパーの技術』というのは、そのことだ、
「それで、ここからが本題。人工レイパーの技術自体は出来ていたんだけど、一個、大きな問題があったの」
「問題?」
「ええ。変身出来るけど、普通のレイパーに比べて、圧倒的に弱かったのよ。勿論、人間に比べれば力も強かったけどね」
人間で言うなら、大人と赤子くらいのパワー差があると、優香は言う。それ故に、人工レイパーはまだ実践投入することが出来なかった。
「そこで久世は、人工レイパーをパワーアップさせるために、複数の動植物のDNAを掛け合わせることを思いついたみたい。この辺の話は……ミカエルちゃん、いやミカエル『教授』に話をしてもらった方がいいわね」
続きをお願い、という風に指名されたのは、金髪ロングの女性、ミカエル・アストラムだ。
全員の視線が、ミカエルに向く。その中には、「何故ミカエルが話をするのか」と疑問に溢れたものもあった。
しかし、そこで思い出す。ミカエルは、レイパーの研究者だということを。
ミカエルはコホンと咳払いをすると、説明を始めた。
「まずは前提の話から。レイパーの中には、複数の動植物の特徴を持ったものがいるのは、もう知っているわね? 世界が融合した後に出現したレイパーの多くが、それに当たるわ。具体例を出すと、ミヤビちゃんとレーゼちゃん、シアちゃんが、シェスタリア行きの船の上で戦ったレイパーなんかがそうね」
「あぁ、あの鮫とウミヘビを足したようなレイパーですね。世界が融合してから、私達が初めて戦ったレイパー」
その時のことを思い出しながら、雅が渋い顔をする。あのレイパーは、三人掛かりでも苦戦させられたのだ。忘れるはずもない。
「ミヤビちゃん達曰く、相当に強いレイパーだったそうだけど、それにはちゃんと理由があるの。詳しい原理は割愛するけど、結論から言えば、動植物二種類以上の性質が組み合わさると、レイパーというのは力が増すわ」
実は、これまでレイパーを倒した後、その場に残った残骸等を一部回収していたミカエル。
それをあれこれ調べて、分かったことだった。
「あ、じゃあもしかして」
「ミヤビちゃん、気が付いたみたいね。シェスタリアでは、何体か、合体するレイパーがいたでしょう? セリスティア達が戦ったリビングアーマ―のようなレイパーや、私達が戦ったゾンビみたいなレイパー。あれも合体したら強くなったけど、理由は同じようなものよ。
そして、最近よく出てくる『お面』を着けたレイパー。あれも、恐らくそのレイパー達と同じね。異なる二体のレイパーが合体したから強くなったのよ」
「そういったレイパーが見られるようになったのは、世界が融合してからのことだけど、久世はもっと早い段階から、そのことに気が付いたようね」
ミカエルの後にそう続けたのは、優香。
言われてみれば、雅達が戦った人工レイパーは、いずれも複数の動植物の特徴を兼ね備えていた。これには、そういった理由があったのだ。
因みに、何でもかんでも混ぜれば強くなるのかというと、そういうわけではない。
報告書には、実際にサルと猫、オオカミと海月、蟹とハエトリグサ、竹とムカデのDNAを混ぜた人工レイパーを創ったところ、内二種類の人工レイパーは、それまでの人工レイパーとは比べ物にならない強さになったという結果が記載されていた。
残りの二種類は、強さこそ上がったものの、実践で使えない程度のパワーだったのは変わらずとのことだ。
このことから、組み合わせ次第で、レイパーのパワーアップには大きな変化が表れることが分かる。
すると、そこまでの話を黙って聞いていた希羅々が、眉を傾けながら口を開く。
「以前、あの男が言っておりました。自分の創った人工レイパーは『失敗作』だ、と。あれを言葉通りに受け取るなら、二種類以上の生き物を混ぜたところで、今の人工レイパーは、彼の目標とする性能に達していないということでしょうか?」
「かもしれませんねぇ。だとすると、この間現れた、のっぺらぼうの人工レイパーがお面を吸収したのも、理由が分かったかも。普通に動植物を掛け合わせても、パワーアップに限界があったから、お面を求めたんでしょう」
希羅々の言葉の後に、雅がそう続ける。
のっぺらぼうの人工レイパーというのは、以前三条市の下田地区に訪れたレーゼ達の前に現れた、真っ黒な人工レイパーである。
その際、レーゼ達を圧倒し、しばらく姿を消していた。だがつい先日、火男のお面を着けた、ピエロ種レイパーを倒した雅と優の前に、再び姿を現したのである。
奴は、雅と優には目もくれず、その場から逃げようとしたお面を捕まえると、先の雅の言葉通り、お面を体内に吸収したのだ。
「ちょっと待って」
と、二人の発言にそう声を上げたのは、難しい顔をしたレーゼだ。
「あいつとは、前に戦った。四人掛かりでも、悔しいけど圧倒されたわ。でも、あいつには、他の生き物を掛け合わせたような様子は無かったわよ?」
「そうだ、おかしい。別々の動植物を混ぜないなら、本来は大した強さじゃないはずなんですよね?」
雅の言葉に、レーゼが頷く。
戦ったから、分かるのだ。のっぺらぼうの人工レイパーは、魔王種レイパーの次くらいの強さがあるということを。
「考えられる可能性は二つ。あののっぺらぼうが、実は普通のレイパーだということ。そしてもう一つ。――あの強さで、ミヤビが今言った『大した強さじゃない』っていう状態だということよ」
レーゼの言葉に、一同の顔が強張る。
いくら何でも、流石に久世が普通のレイパーと組むことは考えづらい。
ならば必然的に、答えは後者だということになる。
「お面を吸収したのっぺらぼうの人工レイパーは、まだ目立った行動をしていない……。となると、一つのお面を吸収しただけじゃ、まだパワーが足りない? もしかして他のお面を求めているんでしょうか? でも、何でそこまでパワーアップしようと?」
これまでに雅達が見つけたお面は三つ。一つは火男のお面。
そして残りの二つは、般若と姥のお面だ。
「どこまでパワーアップするつもりか分からないけど、あれがさらに強くなったら、もう手が付けられなくなるわ。そうなる前に、倒さないと……。何か、あいつに繋がる手掛かりは無いんですか?」
逃走した人工種のっぺらぼう科レイパーは、未だ行方が分かっていない。
何としても見つけ出さないと、取り返しのつかない事態になる。
すると、優香が、レーゼの質問にこう答えた。
「手掛かりになるか分からないけど、この報告書には、作成者のイニシャルが記載されていた。『Y・K』という人物よ。そしてこの人は、恐らく――」
そして告げられる、報告書の作成者『Y・K』の居場所。
それを聞いた雅達の顔が、驚きに染まるのだった。
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