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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第24章 新潟市中央区②
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季節イベント『卒業』

 これは、ライナ・システィアがまだ学生だった頃の話。当時、彼女は十四歳である。


 時は三月。


 セントラベルグの西にある学校では、卒業式が開かれていた。


 異世界の学校の卒業式も、やることは雅達の世界とあまり変わらない。おおまかな流れは、卒業証書が授与され、送辞と答辞が読まれ、校歌を斉唱して終わる。これが一般的だ。


 参加者は、卒業生に在校生、保護者。


 だがそこに、卒業生であるはずのライナの姿は無かった。


 風邪で休んでいるわけではない。現に、卒業生が始まる前は、ライナは確かに学校にいた。ライナの友達は、突如消えた彼女を心配し、式の途中で何度も会場の入り口に視線を向けている。先生方も、ライナを探して校内を走り回っていた。


 ライナは誰にも、何も言わずにいなくなっていたのである。


 その理由は、シンプルだ。


「はぁ、はぁ……」


 息を切らしながらも、ライナは物陰に身を潜める。


 彼女は今、学校の敷地の外にいた。学校の裏手には深い茂みがあり、そこに隠れていたのだ。


 手には紫色の(アーツ)、『ヴァイオラス・デスサイズ』が握られている。


 そして、ライナがこっそり茂みから顔を出し、視線を向けた先にいるのは……レイパーだ。


 一言で言うならば、見た目はゴリラ。分類は『ゴリラ種』レイパーだ。毛衣は黒く、腕は丸太のように太い。がっしりとした体形で、見るからに屈強そうな敵である。


 卒業式の直前、このレイパーが学校に近づいてくるのを偶然目撃したライナは、こっそり倒しに来ていた。


 何故なら、この時既に、ライナは『ヒドゥン・バスター』だったのだから。


 勿論、バスターとしての本格的な訓練はこれからだが、それでもレイパーを見つけたら、自分で倒しにいかない訳にはいかない。それが例え、自分の門出を祝う式の時でもだ。


 実力的にはまだ未熟であり、この時はスキルも無かったライナ。上司の父親に連絡して救援を依頼したものの、助けが来るまでは、一人でこのレイパーを食い止めねばならなかった。


 息を潜め、ゴリラ種レイパーが背中を見せた隙に、勢いよく飛び掛かる。


 だが、


「っ!」


 ゴリラ種レイパーの腕が、ライナの腹部に命中した。


 レイパーは、実は隠れたライナの存在には気が付いていたのだ。敢えて隙を見せることで、彼女の接近を誘ったのである。


 まんまと敵の策略に嵌ったライナは、今の一撃で吹っ飛ばされてしまう。


 それでも立ち上がり、果敢にレイパーへと攻撃を仕掛けるライナ。


 存在がバレているなら、真正面から戦うしかない。


 しかし、貧弱な少女とレイパーでは、余りにも力の差があり過ぎた。


 ライナの鎌の斬撃は腕で防がれ、返しのラリアットによるダメージは防ぎきれない。


 気が付けば、ライナは何度も何度も吹っ飛ばされていた。


 それでもライナは、震える腕に力を込め、鎌を握りしめる。


 視界が霞むのもお構いなしに、アーツを構え、レイパーにまだ戦う意思を見せた。


 ヒドゥン・バスターはその仕事上、単独でレイパーを撃破しなければならないこともある。


 故に、たった独りでも敵に立ち向かえる、強い意志が求められる。どんなピンチでも心が負けない、強い人間でなければならないのだ。


 実力的に未熟でも、ライナはヒドゥン・バスター。


 今は、彼女の強さが試される時だった。


「まだ……負けない……!」


 皆の卒業式を滅茶苦茶になんてさせない、という強い想いだけを支えに、彼女は戦っていた。もう体は限界で、いつ倒れてもおかしくは無いだろう。


 それでも、ライナは理解していた。自分が倒れれば、このレイパーは次に、学校にいる女性を狙うということを。


 だから、ここで殺されるわけにはいかない。


 ライナの眼は、まだ死んでいない。


 彼女から出る気迫に、僅かにレイパーはたじろいだ。


 ヴァイオラス・デスサイズが、淡い光を帯びて、ライナにその光を移していく。


 その瞬間、ライナから伸びる影から、何かが出てきた――。




 それからのことを、ライナはよく覚えていない。


 ただ一つ、あの瞬間にライナはアーツからスキルを頂いたのだけは、確かに分かった。


 実際のところ、あの時ライナは、スキル『影絵』により創り出した大量の分身達と共に、人海戦術でレイパーを追い払ったのである。


 逃げたレイパーは、救援に来たバスター達が何とか撃破したとのことだ。


 その後、気を失い、目を覚ませばライナは病院のベッドの上にいた。


 父親が、気絶したライナを担ぎ、ここまで運んできたらしい。


 表向きには、ライナはレイパーに襲われたものの、駆け付けたバスターによって救助されたことになっている。ライナがヒドゥン・バスターであることは、ごく一部の人間を除いて、知られてはいけない。


 退院後、ライナはセントラベルグのバスター署本部に呼ばれた。


 きっと事情聴取でもするのだろうと思ったライナ。学校の制服で来るようにという指示があり、そう思ったのだ。


 立場上、バスター署に行く時は一般人を装う必要があり、今回のように服装を指定されることもある。


 だが署に入ると、係の人に、父親のいる部屋まで案内してもらったところで、ライナの頭に疑問が浮かんだ。


 てっきり個室に呼ばれ、色々と話をするものだと思っていたのだ。まさか上層部の部屋に連れてこられるとは予想もしていなかった。


 そして、部屋の扉を開けると――。




 ***




「ぅ……ぅん?」


 チュンチュン、という雀の鳴き声で、ライナは目を覚ます。


 朧げな頭のまま辺りを見回すと、そこは雅の家の、客間だった。日本に来たライナは、この部屋に泊まっている。


 今までのは、ライナが見ていた夢だった。昔の記憶だ。


「あ、おはようございます、ライナさん」

「あぁ、おはようミヤビさん」


 ライナの隣で寝ていた雅が、起き上がる。


 昨日は、彼女と一緒に寝ていたのだ。ライナ達が来てからというもの、雅は毎日誰かと一緒に寝ていた。今回はライナの番だったという話である。


 何気無く挨拶したライナだが、雅は目を丸くしていた。


 どうしたのだろうと思っていると、


「ライナさん、怖い夢でも見ましたか?」

「え?」

「いや、泣いているから」


 言われて、手の甲で目元を拭えば、雅の言う通り、ライナは自分が泣いていることを知る。


「……怖くはないけど、ちょっと昔の頃の夢を見たからかも」

「昔の夢?」

「ええ。私、学校の卒業式に出られなくて、でも――」


 あの時、バスター署にある父の部屋に訪れた時のことは、ライナは今でも覚えている。


 部屋に入ると、入口から赤い絨毯が、奥のデスクまで続いていた。


 部屋の右側には椅子があり、父、ジョゼス・システィアからそこに座るように言われたライナ。


 何が何やら分からぬまま、父の言う通りにそこに座り、一拍。


 父親の口から出た、「ただいまより、ライナ・システィアの卒業式を行う」という言葉に、ライナは大いに驚いた。


「お父さん、どうしても私に卒業式を経験してほしかったみたい。それで、学校に無理を言って、私の卒業証書を貰ってきて……」


 卒業式を休んだ場合、後日、校長先生から直接、卒業証書を手渡しされる。


 ただ、普通に手渡しされるだけで、感慨も何もないものだ。保護者が側で見ることも出来ない。


 ジョゼスは、それが我慢出来なかった。頑張った娘のために、少しでも思い出に残るものにしたかったのだ。


 父から卒業証書を渡された時、ライナはジョゼスからこんなことを言われた。




『まずはセントラベルグのバスター署の人間として、言わせて欲しい。ライナ、よく頑張った。君のお蔭で、卒業式は無事に執り行われた。式が終わるまで誰も、あのレイパーの存在には気が付かなかった。これは大きな功績だ。

 次に、ライナの父親として言わせて欲しい。すまない、ライナ。君の折角の門出の式が、こんなもので。あれがライナの使命だと分かっていても、私は、やはり悔しかった。こんなことしかしてやれない父親を、どうか許してほしい。

 そしてライナ。最後に言わせて欲しい。……学校卒業、おめでとう』




「あの時のお父さん、珍しく泣いていました。まさか泣かれるなんて思ってなくて、私、凄くあたふたしちゃって……。でも、何だか凄く嬉しかった」


 ライナがヒドゥン・バスターの採用試験に合格したと聞いた時も、泣くことは無かったジョゼス。


 ライナが、父が泣くのを見たのは、あの時以外では、母親が亡くなった時以来だった。


「でも、お父さんの顔を見たの、久しぶりです」


 頭で父の顔を思い出すのと、夢で出てくるのでは、全然違う。


 どうしてあんな夢を見たのか。


 きっと、ライナは寂しかったのだ。


 突然、レイパーに最愛の父を奪われ、もう二度と会えなくなった。


 魔王種レイパーとの戦いの忙しさで忘れていたが、それが落ち着いたら、無意識の内に、父親を求めていたのだ。


 すると、


「えい!」

「ミ、ミヤビさんっ?」


 突然抱きしめてきた雅に、体を震わせるライナ。


 すると、ライナの耳元で、雅はゆっくりと口を開く。


「お父さんの代わりにはなりませんけど……こうしたら、ちょっとは寂しさが紛れるかなって」


 言語化されなくても、雅はライナの気持ちが何となく分かった。雅も、家族を失っているから。


「ミヤビさん……。ええ、ありがとうございます」


 そう言うと、ライナはギュッと、雅を抱きしめ返すのだった。

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また、近い内に0章や1章を改良するので、よろしくお願いいたします!

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